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ショートショート 「自動湯沸かし器」

一週間にわたって行われた工事がようやく終わり、ボクたち家族は念願の自動湯沸かし器を手に入れた。
機器はかなりデカくて、高さは約4メートル、面積は4坪ほどあった。
見た目は、まんまプレハブだ。
家の裏の敷地にドンと建っている。
窓にはカーテンが掛かっていて中の様子は見えない。
まあどんな仕組みであろうが、自動でお湯が沸けばそれでいいのだ。
ボクは嬉しくて仕方がなかった。
自動湯沸かし器のおかげで薪を割る必要がなくなったから、今後は空いた時間を使って別のことが出来る。
さて何をしよう?
楽器の練習でも始めようかな。
あるいは外国語の勉強をするか。
それとも…。
そんなことを考えながら居間でソファの上に寝転がっていると、台所から母さんの声がした。

「ひろしー。もうすぐお父さんが帰って来るからお風呂沸かしといて〜」

ボクは母さんを喜ばせるために、わざとすっとぼけた。

「ええぇぇぇーっ。めんどくさいよぉ〜。薪割りヤダよぉ〜」

母さんはとても素直な人だ。
ボクが期待した通り、疾風のごとく台所から居間へ飛んで来て、エプロンで手を拭いながら、まるで誰かに自慢するような調子で言った。

「ひろしったら一体何がめんどくさいって言うのよ? ウチには自動湯沸かし器があるじゃないの。自動湯沸かし器はね、自動でお湯を沸かすことが出来るマシーンなのよ。だから未開人みたいに薪を割る必要なんてないの。廊下に出てごらん。壁にコントローラーが設置されてるわ。その前面に付いている『ふろ自動』ってボタンを押してちょうだい。そしたら自動で浴槽に暖かいお湯が溜まるから。自動で」

親孝行をするとやっぱり気分がいい。
ボクはその仕上げをすべく、頭を掻きながら、いかにも子供らしい口調で「イケネ。ボクうっかりしてたヨ。じゃあボタン押しちゃうネ」と答えた。
母さんは満面の笑みで「ヨロピコ :.。.*:+☆!」と言って台所に戻って行った。
やれやれ。
ボクは廊下に出てリモコンの「ふろ自動」ボタンを押した。
するとリモコンのスピーカーから男の人の声でメッセージが流れた。

「お湯張りをします。お風呂の栓の閉め忘れにご注意下さい」

なーんだ、栓は自分で閉めなきゃならないのか。
ボクはもう一度「ふろ自動」ボタンを押して動作を解除してから、台所へ行って母さんに訊ねた。

「ねえねえ、母さん。お風呂の栓って閉めた?」
「どうだろ? 確認して来てよ」
「うん。分かった…」
「あ、そうだ。ついでにこれ持ってって」

母さんはそう言うと、食卓の上のお盆を指した。
お盆の上にはカレーライスと生野菜のサラダと水の入ったグラスが載っている。

「持って行くって、どこへ?」
「自動湯沸かし器よ」
「自動湯沸かし器って、あのプレハブのことだよね?」
「そうよ。これ読んでごらん。18ページ」

ボクは母さんから取り扱い説明書を受け取り、18ページ目を開いて目を通した。

・湯沸かし器(プレハブ)の裏手に常時薪をストックしておいて下さい。
・リモコンの「ふろ自動」ボタンを押した後は「お風呂が沸きました 」というメッセージが流れるまで、決して湯沸かし器、薪ボイラーおよび風呂場に近寄らないで下さい。遠くから見るのもダメです。
・湯沸かし器の中から「パァーン! カランコロン…」という音がすることがありますが、気にしないで下さい。
・本器は電力を必要としません。その代わり成人男性ひとり分の食事を1日3回、朝昼晩用意して、湯沸かし器の扉の横手にある台の上に置いて下さい。
またその際に扉をノックして、湯沸かし器の内部に向かって「ごはんで〜す」と声を掛けて下さい。

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