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コンプレックスに感謝しな


「えー、家にあるものだけで酒のつまみ作れる女になってよー。」

そう言って彼はスマホをいじりながら、不機嫌そうにハイボールを飲み干した。


自分の育った家の人間が誰ひとりお酒を飲まないので、「酒のアテ」という概念がわからなかった。
当然自分もその時はお酒を飲むという習慣がなく、外に飲みに行って8,000円使うという行為に激しく抵抗があった。
その8,000円で服を買うとかマンガ買うとか、ライブ行くとかしたい派だった。
24歳の私は、お酒を飲む楽しさや、酒のつまみの良さが全く理解できなかったのだ。


しかし、恋愛において私は「超」がつくほど強化系。
ゴン=フリークスもびっくりなオーラを纏った右ストレートをぶちかますことで有名な私は、「酒のアテ」という概念もわからぬまま、ネットで得た知識のみで酒のアテを作りまくり、
もともとクラピカに似た具現化系の特質系だったため、一年も経たない間に「酒のアテ」というもののレシピを覚えに覚え、
来る日も来る日も振る舞いまくり、気がつくと「自分は酒を飲まないのに、酒のアテばかり作る人」になっていた。

もともと何かを作ることは好きだったので、料理はあんまり苦にならなかったし、
自分で美味しいものが作れた時の達成感とか、それを食べて喜んでくれる人がいることが嬉しかった。

何より、美味しいもの食べて酔っ払って、ふにゃふにゃ〜と笑う彼の顔が、大好きだった。

もう二度と「えー、家にあるものだけで酒のつまみ作れる女になってよー」なんて言わせない。
私がいる限り、お前の好物を延々と出し続けてやる。
お前の食事は俺が制す。
お前がめちゃくちゃ幸せになって「ごちそうさま」って笑うまで、あたいのメシを、つまみを、たらふく食べな!!
と、本気で思っていた。

人はそれをメンヘラだねと笑ったけど、
当時の私にとっては苦じゃなかったし、
好きな人の笑顔を見るためになら、そんなことはお安い御用ですよ、みたいな顔してる自分のことも正直気に入っていた。


嫌な言われ方をして、
めちゃくちゃコンプレックスを植え付けられた結果悔しさが爆発し、あげく勝手に乗り越えて、気がつくと私は料理が好きになっていた。


おかしな話だけど。
別れた今でも、酒のつまみを作るのが私は好きだ。

食べきれなかった野菜も、チーズ乗せて焼けば酒のつまみになる。
家に、ニンニク、ベーコン、チーズ、胡椒さえあれば、8割の問題は解決できる。
Twitterに流れてくる酒のつまみレシピは信用出来るし、
外で食べた知らないつまみも、検索したら大体のものは家で作ることができると知った。

なにより、
食事が美味しい生活は、幸福なことなんだと学んだ。

節約するよりも、
季節のものを食べるとか、スーパーで美味しそうな野菜を見たらその場でレシピ検索して、作ったことないものを作ってみる楽しさとか。

「食事」はエンタメなのだ。
死ぬまで続く、人間の娯楽の一つ。

だったら楽しく向き合ったほうがいい。


「なんでそんなこと言われなきゃいけないんだよ」「うるせーな、てめぇで作れよ」と思ったことも嘘ではないけど、

今となっては、あの日、彼にバカにされたおかげで、私は料理を習得したとさえ思える。

そんなことを言ったらドヤ顔で「だから言ったじゃんw俺といたら、それがお前の正解なんだよ。」と笑われそうで、かなり癪に障るけど。

コンプレックスにありがとう、と
時々、素直に感謝する。


今日、人生で初めてレンコンを買った。

餃子の皮に乗せて、チーズとしらすと、刻んだ大葉を乗せてオーブンで焼いたら、
パリッパリの皮にシャキシャキのレンコンがマッチして、鼻から抜ける大葉の青い香りが最高に美味しかった。

ばりうま



レシピも見てない。
ただ『これ組み合わせたら美味しそう』と思って作った。

1人で食べてもこんなに美味しいのだから、いつか誰かにふるまえると良いな、と思った。


一緒にいる時は
「なんでこの人は毎日酒ばっか飲んでるんだろう」とか、
「ハイボール、これほぼストレートじゃん、なんでこんな薬品みたいな液体のんでるのこの人…」と思ってたけど、

大人になって、仕事ばかりしてる毎日の中で、
「あの時、あの人はこういう気持ちでお酒飲んでたんだろうなぁ」とか、
休日の朝からハイボール飲んで朝日浴びた時に、「あー、あの人、いつもこれやってたなぁ」とか、ふとした瞬間に彼の顔を思い出して

「自分は自分が思っていたよりずっと子供だったし、
あなたはあなたで、思っていたよりずーっとずっと、大人だったんだなぁ」と、
自分が大人になったことで「理解」出来てしまうことが増えて、時々懐かしく思ったりする。


人は、人と触れ合った数だけ傷つくけど
触れ合わないより、それはずっと素敵なことだと今は思う。

傷ついたり、ケンカしたり、コンプレックスだって増えちゃったりするけど、
それは何もないよりもずっと素敵で
長い目で見たら、絶対プラスに転じるんだって、最近は思えるようになった。

彼の近くにいると、私は自分の人生を歩めなくなると思って別れたけど
おかげさまで今は好き放題、自分のやりたいことをやって生きている。

まだ一緒にいたら
きっとこんなに仕事にも向き合うこともなかったし、
趣味でYouTube動画作ってみようと思うことも絶対になかった。
好きなYouTuberさえできなかったと思う。

彼の選んだ彼の好きなものの世界に染まって、自分の好きなものなんてひとつもないような、
外界と遮断された小さな世界で、
人と極力関わらずに、彼の尻拭いだけして死んでいったんだろうな。(ほんとに。)


別れた時はもう、何もかも終わりだと
あんなに絶望していたのに
今は嘘みたいに毎日楽しい。

美味しいご飯も自分で作れて、
お酒も飲めるようになって、
文句は言うけど、好きな仕事をして、

自分の意思で、ありとあらゆることを選べる人生。
当たり前のようでいて、それが当たり前じゃないことも知ることができて。

私の人生って、なんだかんだ言って100万点だ。間違いない。明日酒が抜けた時にも同じことを言うよ、だって本当に最高なんだから。


何もかもは手に入らないけど、
何もかもが思い通りには、ならないけれど。

自分の心に「楽しい」と「美味しい」さえあれば、人生は割と幸せで、
いつでも、いつからでもどうにかなれる。


まさか自分がこんなに酒浸りな生活を送るだなんて、想像したことすらなかったけど。

「美味しい」は、確実に世界の色を変えてくれる。
今日も明日も、私はおいしい物をたくさん食べて、たくさん笑って暮らすのだ。

すべてのコンプレックスに大感謝、だね。

このお金で一緒に焼肉行こ〜