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最後まで武田の妻を貫いた美しき若き女性「武田勝頼の妻」


「黒髪の乱れたる世ぞはてしなき おもひに契る露の玉の緒」

この歌を読んだのは今からやく400年前の当時17歳くらいの女性であります、この歌に込められた深い意味を今回の動画で紹介したいと思います、

きっと記事を見終わるころには、あなたはこの女性の生き方に感化さ感動している事でしょう。

是非今回の記事を最後までご覧になってください。


今回の人物は武田勝頼ではなく、その奥様でたる北条夫人のお話であります!


動画にしたのがこちら↓




この方北条夫人とな言い方をされますが、実際の名前は実は伝わっていないのです...

大名の奥様ではありますが、名前すら伝わっていない女性のお話なんです、日本の歴史というのは西洋史あるいは、東洋史とあるように王国貴族や英雄豪傑が築いたような歴史ではなく、

日本の歴史というのはあくまでも庶民が名もない一人一人が築いていった歴史というのが日本史の特徴なんです。


今回記事にした武田勝頼の妻という、人物を通じて男女が対等であったのだと!武田勝頼と言ったら武田信玄の倅です、超エリートの家系で生まれなんです、

そこに嫁いだあの北条氐から嫁いだが娘さんではあるんですが、でもその奥さんっていうのが本当に立派な教養を持ち、

心をひとつにして一時代を築いていったということは、忘れてはいけない歴史なんじゃないかなという風に思います。

天正十年(1582年)三月 織田信長らの甲州征伐により武田勝頼は最後の武田家は滅ぼされてしまうのですが、

敵の軍勢がも城に迫ってきてもう自分たちは城を枕に、もう死ぬしかないという事になった時に勝頼が言います、

「お前は北條氐の娘だ!だから小田原へ帰れ!俺ことは忘れてくれよ」


まだこの奥さんは10代です!しかしこの奥さんは...

「帰りません!嫁いで来たからには、私は武田の女でございます!国へ帰れとおっしゃいますけれども、それはできかねることでございます。最後までとのお供させていただきます」

と話されました...
最後の方にお亡くなりになるんですけがこの時に歌を残されます、

「黒髪の乱れたる世ぞはてしなき おもひに契る露の玉の緒」

黒髪の乱れたる世ていうのは、実は平安時代の和泉式部の歌の本歌取りをしています、

和泉式部がうつむいた瞬間に長い黒髪がハラハラとなりこうなった時に、その姿をみて心が乱れるという、

その情景を重なると見られて、まさに黒髪が乱れるかのように、いくらいくらで整えようと思っても、それでも乱れてしまう!


そういう世の中っていうのが果てしなくも続いている!その中に素晴らしい旦那と出会った、そうその旦那と旦那と契りを結ぶことができた、

でもその様な契りを結ぶことができた、この命も露の玉の緒として消えてしまう。

玉の緒って言うのも式子内親王という平安時代の後期の内親王殿下の歌からの本歌取りなんですが、

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば
忍ぶることの よわりもぞ


この歌は、自分の魂と肉体が繋がっているけれどいつぞやこの尾は切れてしまう、つまり魂と肉体の尾が切れてしまうという事は死んでしまうという事です。

思いの切れる露の玉の尾…
自分一人に死ぬのではなく旦那ともに心中することを決意したという事を示された歌です、

そして2人は本当に亡くなってしまいます、北条氏という立派な家から嫁いだわけですから、

逃げけ帰る事もできたのです、しっかりとした保護のもと北条氏の元に帰る事も出来たのですが。

命が大事か?何よりも大事な物命だと言いわれますが、実は命も大切なものがある!それが北条夫人にとっては武田勝頼、旦那との契りであったのです。

そういう想いを大切にしていこうとしたのは、日本の文化です、これは
大名だからとか、一般庶民だからどうだった実は関係ないんです。


命よりも大切な物って夜中にあるよと、
その事がこの武田勝頼の妻、北条婦人の物語として今でも伝わっています。

「武田の運命は今日も限りとなりましたお前は伴をつけて小田原の実家に送り届けよう、年来のお前の情けには深く感謝している甲府からどんな便りがあったとしても、お前は小田原で心案やすくお過ごしなさい」

まだ10代の言葉です今でいう女子高生です、年の離れた旦那にしてみれば、それぐらい言うと思いませんか?

その時に勝頼の妻が答えた言葉が

「おかしな事を聞くのでございます、たまたま同じ木陰に宿ることさえ、他生と縁と申すではありませんか。わけても七年あ。なたと夫婦の契りを結び、今こうして危機に遭ったからといって、早々に離別されて小田原へ帰るならば、わらわの名がけがれましょう。ただ夫婦は死生を同じうすべし、そのように思います」



この時に 夫人はずっと自分の付き人となっていた老女を振り返って
このように言います。

「この何年かの間、子ができないことばかり嘆いて神仏に祈っていましたが
今はむしろよかったのかもと思います。たとえ子がなくても小田原は跡弔い給ふべしきっと弔ってくれることでしょう」
そして故郷の手紙には女の身なればとて、北条早雲、北条氏康より代々弓矢
の家に生まれ、不甲斐なき詩をせしといわれんも恥ずかし。わらわはここで自害せりと申せ」

このように老女に伝え、そして手紙の上に髪の毛を
スッと切り巻添えて先ほどの歌

「黒髪の乱れたる世ぞはてしなき おもひに契る露の玉の緒」

という歌を残しています。

この時17歳くらいの北条婦人が400年前の17歳の若い女性がこれ
だけの教養を持っていました。

そんなことが許された国って世界広しといえども、日本だけです。

大変日本という国は男たちが戦国乱世を戦ったと言いますが、女性達も戦ったです、そういう立派な女性がいたから男性はこの女性たちを守る為にと思って必死になって戦ったんです。

一人の力っていうのは小さいです、自分の為だと思ったら戦えないです。

みんな為だから戦えるんです、そして愛する人だと思えば
男は真剣になって戦う事ができるのです。

そういう日本一ものを、皆さんと一緒に取り戻したい!

勝頼は、なんだなんだ言われますけど、幸せな男だったと思います、
こんなに素晴らしい女性を妻にする事ができ、

そんな素晴らしき女性と共に人生の最後を終える事が出来たのですから…
皆んさんはどう思いますか?コメント欄にて教えてください。

今回は以上になります最後までご視聴いただきありがとうございました。



参考文献↓



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