「朝の映画館」で登場人物が「髪を撫でる」、「手袋」

2011.03.19 Saturday

映画館でバイトをする俺には、気になるお客さんがいる。
いつも仕立ての良さそうなスーツを着て、ストイックな感じのする
男のお客さん。
ある日、彼が手袋を落としたのを拾ったのがきっかけで
顔なじみになる事が出来た。
新作の映画が封切りになる日のレイトショーが、彼と会えるチャンスの日だ。
なのに、今回は現れなかった。

――いつ来るんだろう。

そう思って、すでに2週間。
小さなため息をつきながら、朝一番の上映を観るお客さんたちを
誘導する為に、チケット場に立ってアナウンスを始める。
上映から2週間も経つと、人気映画でも人はまばらだ。

「左の通路にお進み下さい」

渡されたチケットで映画名と時間をチェックして、上映しているシアターの
案内をする単調な仕事。
何人目かを案内し終えた時、ふと目に入った手袋に見覚えがあった。

――あの人だ。

「おはよう」

「お、おはようございます!」

今日はスーツ姿ではないから気付くのが一瞬遅れた。
俺は慌てて挨拶を返すと、突然、手が伸びてきて髪の毛を撫でられる。

「あ、あの?」

何事かと、目を丸くするとその人はゆっくりと目を細める。

「髪の毛、寝癖ついてる」

おかしそうにそう言うと、シアターの方へと歩いて行ってしまった。

「久しぶりに会えたのに……」

恥ずかしくて、穴があったら隠れたい。
映画が終わるまでにはトイレに行って、寝癖を直そう。

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