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VOICEの広がり

前回投稿『STEPと現実社会との色々なつながり』ではstepという単語を取り上げましたが、この言葉が題名に入った曲、アメリカのサキソフォン奏者John Coltraneジョン・コウルトレンの『Giant Steps』(西暦1960年/昭和35年発表)はジャズの名作として知られています。

「複雑に変化するコード進行(1コーラス16小節中に長3度という珍しい転調を10回行う)と、♩=240を超えるハイテンポでの音数の多いサックス・プレイが話題となり」
ウィキペディア

テーマの旋律を演奏するだけなら難しくないですが、そのコード進行に依拠してアドリブ・ソロを、しかも高速でするのはどの楽器の奏者にとっても大変なことであるようです。

ウィキペディア英語版では次のように書かれています。

「The composition features a cyclic chord pattern that has come to be known as Coltrane changes.(中略)
Due to its speed and rapid transition through the three keys of B major, G major and E♭ major, Vox described the piece as "the most feared song in jazz" and "one of the most challenging chord progressions to improvise over" in the jazz repertoire.
(この曲はコウルトレン・チェインジズとして知られるようになった、循環する和音の型が特徴となっている。テンポが速く、ロ長調、ト長調、変ホ長調という3つの調を素早く移行していくので、ウェブサイト《ヴォックス》はこの曲を『ジャズにおいて最も恐れられている曲』とか、ジャズの曲目の中で『即興演奏するのに最も難しいコード進行の1つ』と評している)」

以前の投稿『「リズム」を英語で書いて…と言われてrizumとかではなくRHYTHMとスッと書ける人の割合は高くないと思うんですよ』の中で「rhythm changes」をご紹介しました。

この言葉は「ガーシュウィンの曲《I Got Rhythm》で用いられているコード進行」を意味しますが、「Coltrane changes」の方は「Giant StepsなどでColtraneが用いた特徴的なコード進行」ということです。

先程引用文の中にあった《ヴォックス》がYouTubeに開いているチャネルでColtrane changesの解説動画(英語)が上がっていますので、興味のある方はご覧ください。

『The most feared song in jazz, explained』
https://www.youtube.com/watch?v=62tIvfP9A2w

さてGiant Stepsのコード進行をそのまま使って別の旋律を乗っけた作品がこちら。

『Do You Hear The Voices You Left Behind?』
https://www.youtube.com/watch?v=i3JC-WH21xM

イギリスのギター奏者John McLaughlinジョン・マクラフリンの作品(西暦1978年/昭和53年発表)であり、参加しているその他の演奏家はベイスがStanley Clarkeスタンリー・クラーク、ピアノがChick Coreaチック・コリア、ドラムズがJack DeJohnetteジャック・ディジョネット。

それぞれの楽器で最高峰の水準にある達人たちが集まった強力な布陣です。

これにちなんで今回はvoiceを取り上げてみようと思います。

英語voice

物理的な音声

人間の「声」はもちろん、他の生物や自然の発する「音」のことも指します。

「I heard the children's voices at the back of the house.
家の裏手から子供たちの声が聞こえた
the voice of a cricket
コオロギの声
the voice of the wind
風の音」
(研究社新英和中辞典)

特に音楽の分野に絞った話では、日本語でも「男声」「女声」などと言いますが、そういった意味合いで使われます。

「a chorus of mixed voices 混成合唱」(同)

「声」が象徴するもの

みんなに代わって「声」を発してくれる「代弁者」のことを指します。

「He's the leading voice of his party.
彼は党の主な代弁者だ」(同)

「声を上げる権利」すなわち「発言権」のことも言います。

「He has a [no] voice in the matter.
その事(の決定)に対して, 彼には選択[発言, 投票]権がある[ない]」(同)

「意見」のことを表すなら、次のような諺(ことわざ)に使われます。

「The voice of the people is the voice of God.
《諺》 民の声は神の声」」(同)

これは次のようなラテン語を翻訳したものです。

「vox populi vox Deiウォークス・ポプリー・ウォークス・デイー」

ラテン語vox

これでお判りのように英語voiceはラテン語voxを先祖とする言葉です。

(引用したウェブサイトの名前がVoxだったのは偶然です)

この単語の意味する範囲はvoice、accent、remark、wordという英単語に相当するものです。

実はvoxはそのままのつづりで英単語として存在してもいます。

「vox
[名]声楽,声;(特に音楽記事で)ボーカル」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

音楽関係のvox

パイプ・オルガンはパイプ=管に空気を送り込んで音を出すわけですから、鍵盤楽器であると同時に管楽器であるとも言えます。

ピアノはすべての音高が1つの音色ですが、パイプ・オルガンでは音色が何種類もあって、それぞれに対して音高の範囲をカバーするパイプを用意する必要がある為、その掛け算の結果1台で何千本ものパイプで構成されているそうです。

「パイプの素材や形を工夫して、音色の違いを出し、いろいろな楽器に近い音を出せるようにしています。パイプオルガンでは、ひとつの音色のことをストップと呼びます。(中略)
どのパイプを鳴らすかは、ストップレバーと鍵盤を用いて選びます。ストップレバーは音色を切り替える装置のことで、鍵盤はドレミのどの音にするかというスイッチ役となるものです。」
(ヤマハのサイトにある「楽器解体全書:パイプオルガン」より)

「ストップ」にはそれぞれ名前が付いていて、その中に「vox humana」と呼ばれるものがあります。

ラテン語としては「人間の声」や「ある人が言うであろうこと」との意味ですが、英語としては「An organ stop having some resemblance to the human voice人間の声にいくらか似ている、オルガンの音色」(Wiktionary)となります。

こちらの動画で聴いてみましょう。

『Vox humana - the human voice in the organ | Netherlands Bach Society』
https://www.youtube.com/watch?v=te-NgU5xHh0

演奏が進んでいくと途中から、確かに人間の声に似た音色が聞き取れます。

Voxはまたイギリスの音響製品・楽器製造会社の名にも採用されています。

(現在は我が国の企業コルグの傘下にあるようです)

エレクトリック・ギターなどの音を電気的にamplify増幅する装置であるamplifierアンプで有名です。

顧客リストはこんな感じ。

「The company is most famous for making the Vox AC30 guitar amplifier, used by The Beatles, The Rolling Stones, The Kinks, The Yardbirds, Queen, Dire Straits, U2, and Radiohead」
ウィキペディア

『ブライアン・メイの9台のVox AC30!!』
https://www.youtube.com/watch?v=onn-sG-Hj4M

派生語

ラテン語の名詞には、英語学習であまり意識しない、「格」の変化があります。

主格・呼格ではvoxという形であり、oの次がxであるわけですが、その他(対格・与格・属格・奪格)ではoの次にcが来てvoc-という具合になります。

vocに色々尾鰭がついた派生語に、英語学習において色々と遭遇しています。

お馴染みのもの

一番分かりやすいのはvocalでしょうか。

「the vocal organs [apparatus]
発声器官
vocal chords [music, range]
和声[声楽,声域]
vocal opponents [critics]
口うるさい反対者[批判者]」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

そしてvocabulary。

「build up [expand, enrich] one's vocabulary
語彙を増やす[広げる,豊かにする]
the vocabulary of twentieth-century art
20世紀芸術の用語集
the vocabulary of jazz
ジャズ形式」(同)

「呼ぶ」

実は先程の「呼格」というのも英語ではvocative(ヴォカティヴ)であるのでvoxから派生した単語と言えます。

「呼格(こかく、英: vocative [case]、羅: [casus] vocativus)は、名詞・形容詞の格の一つで、呼びかけに使われる。(中略)
ラテン語の例を以下に示す。
Et tu, Brute! お前もか、ブルートゥス!(主格はBrutus)
Quo vadis, domine? 主よ、いずこへ行き給う(主格はdominus)」
ウィキペディア

「呼ぶ」という行為は当然「声」を使うわけですから。

天から「呼ばれること」という意味合いでvocationヴォイシャンは「天職」「使命」を表します。

「You will not make a good teacher, unless you feel teaching is your vocation.
教えることが自分の天職だと思うのでなければよい教師にはなれないだろう
He lacks any sense of vocation.
彼には使命感がない」
(研究社新英和中辞典)

そこまで大上段に振りかぶらない、「職業」という一般的な言い回しに使う用法もあり、形容詞形vocationalと併せて例文をご紹介します。

「choose [change] a vocation
職業を選ぶ[変える]
a vocational disease
職業病
a vocational school
職業(訓練)学校」(同)

「証人として呼ぶ」が原義のvouchヴァウチも、中間の母音字がoではなくてouですが、やはりvoxを源とする言葉です。

「I will vouch for him [his honesty].
彼の人物[彼が正直であること]は私が保証します
This document vouches for the accuracy of the evidence.
この書類はその証拠の正確さを証明している」(同)

そしてそんな「証明する紙」が名詞voucherヴァウチャーであり、いわゆる「クーポン券」のことです。

「travel vouchers
旅行用クーポン券」(同)

「a voucher for a free meal
無料食事券
a discount [gift] voucher
割引[ギフト]券」
(小学館プログレッシブ英和中辞典)

「声を運ぶ」

「ferry:フェリー」や「transfer:移す、乗り換える」など、ferという要素には「運ぶ」という意味合いが含まれています。

vox/vocにferを組み合わせた形容詞vociferousヴォウファラスは「大声の」とか「声高な」となります。

「vociferous demands [requests]
やかましい要求」(同)

「何において声高なのか」は前置詞inの句で表現されます。

「The minority population became more vociferous in its demands.
(少数派の住民その要求において、より声高になった)」
(ロングマン現代英英辞典)

先頭がvocじゃないと判りにくいですが…

ラテン語の接頭辞ad-は英語で言うとtoとかatという方向性を持つ言葉です。

これが付いた動詞advocareが源である英単語advocateドヴォカト(動詞としてはドヴォケイト)は「~に声を出して呼ぶ」を原義として、次のような使い方をします。

「Extremists were openly advocating violence.
(過激主義者達は公然と暴力を擁護していた)
She’s a passionate advocate of natural childbirth.
(彼女は自然分娩を熱心に唱道する人である)
an advocate for the disabled
(身体障碍者達のために主張する人)」
(ロングマン現代英英辞典)

1例目は動詞、2・3例目は名詞用法です。

その他に「法廷での代弁者」「法廷弁護士」といった法曹関係の使い方があり、以前の投稿『STORMは「嵐」だけではないし、「嵐」はSTORMだけではない』で登場した組織名「Judge Advocate General's Corps」のadvocateもそうした意味合いでしょう。

ラテン語advocareからはまた別に、avowという英単語が生まれました。

「声に出す⇒公然と認める」を意味します。

「avow one's principles
自分の主義を公言する
He avowed openly [publicly] that he was divorced.
彼は離婚したことを率直に[公然と]認めた」
(研究社新英和中辞典)

他言語では

ラテン語voxからはvoiceの他、フランス語voixヴォワ、イタリア語voceヴォーチェ、スペイン語vozボス、ポルトガル語vozヴォスが生まれました。

一方ゲルマン語系統のドイツ語で「声」はStimmeシュティメです。

「Die Stimme versagte ihm.
彼は声が詰まった
ein Chor für vier 〈gemischte〉 Stimmen
4部〈混声〉合唱」
(小学館プログレッシブ独和辞典)

「意見」の意味もあり、先程の「vox populi vox Dei」を逐語訳するなら「Volkes Stimme [ist] Gottes Stimme」となるようです。

このStimmeと同源の言葉が英語にかつて、stevenという形でありましたが、ラテン語系統のvoiceに駆逐されてしまったとのことです。

尚、人名のStevenはギリシャ語起源であり、「冠」が原義だとのことなので無関係です。

お読みいただき、ありがとうございました。ではまた。

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