第4話_ゴジラ岩

小説『すずシネマパラダイス』第四話

【はじめに】

町おこしコメディー小説『すずシネマパラダイス』第一話~三話を読んでくださった皆さま、ありがとうございます!
「普段小説は読まないけれど、読みやすくて引き込まれた」
「続きが気になる! 更新が楽しみ!」

といった嬉しい感想を、連日いただいています。

TwitterやFacebookでシェアしてくださる方々もいらして、本当にありがたいです。
シェアは大歓迎ですので、皆さまどうぞお気軽に!(笑)

さて本日は、第四話を投稿します。
毎週火曜、金曜の週二回、最新話を投稿していきます。
引き続き、『すずパラ』をよろしくお願い致します!

☆第一話~三話をお読みになる方はこちら

☆前話までのあらすじだけをお知りになりたい方はこちらをどうぞ。
第三話までのあらすじ:

浜野一雄は「映画監督になる!」と東京の映画専門学校に進学したが、夢の糸口さえ掴めず、故郷の珠洲(すず)に帰ってきた。
珠洲は能登半島の先っぽの町。そこで民宿を営む老人・藪下栄一から一雄に、「珠洲のご当地映画の監督を務めてくれ」と依頼が舞い込む。
一雄は渾身のプロット(あらすじ)を栄一に読ませるが、栄一は「意味不明だ」と一蹴し、往年の人気映画『ギターを持った渡り鳥』を一雄に見せた。
それは荒唐無稽なようだがエンターテイメント性あふれる作品で、一雄は自分のふがいなさを思い知らされるのだった。

☆以下、第四話です。

【第四話】

 無視しようかとも思ったが、一雄は、栄一が酔っていたのが気になった。ろれつが回らないほど飲んでうろついているなんて、車に轢かれでもしたらどうするのだ。
 粋がって見せてはいるが気の小さい一雄は、一度悪い想像をし始めると、どうにも止まらなくなる癖がある。
 栄一は、自宅の固定電話からかけてきていた。切った後すぐに家を出たらしく、折り返しても繋がらない。携帯の番号は聞いていなかったので、一雄は飯田商店街に行ってみた。

 バイクでゆっくり商店街を走っていると、シャンゼリゼ美容室の前で栄一がワンカップの酒を飲んでいた。
「おっ、来たな」
「何なん、いきなり」
「まあ、付いて来い」
 栄一はおぼつかない足取りで、映画館だったという建物の方に向かっていく。
「えっ、いいんか? 勝手に」
 鼻歌を歌いながら進んでいく栄一に、一雄は付いていった。

 ボロい建物に近づいてみると、確かに映画館の名残がある。
 入口ドアの横のチケット売り場らしき場所に、色褪せた小さなタイルがモザイク状に張られ、汚れたガラス越しにカウンターが見えていた。

 栄一は、チケット売り場の脇の細い路地に入っていく。一雄も後に続き、二人は映画館の裏側に出た。
 栄一は、裏口の小さなドアに迷わず手を伸ばした。
「ここは、いつも開いとるがや」
 確かに鍵はかかっていなかった。ふらつきながら真っ暗な館内に入っていく栄一の足元を、一雄はスマホのライトで照らした。

 ところが、パチンという音と共に電灯が付き、埃っぽい廊下と汚れた壁が姿を現した。
「どういうわけか、電気が通っとる」
 栄一は裏口が開いていることを知っており、壁のスイッチも難なく見つけた。ということは……。
「しょっちゅう来とるんか?」
 栄一はニヤリと笑って先へ進んでいく。

 建物の表側に移動すると、ロビーの壁に、色あせたポスターが残っていた。前髪の長い男の写真の上に『チェッカーズ Song For USA』とある。母が観たというのは、この映画なのだろうか?
 栄一は『劇場入口』と書かれた扉を開けて中に入っていった。そこも埃まみれで、客席はすべて取り払われ、段ボール箱が乱雑に積み上げられている。そんな場所を、栄一は懐かしそうに眺めた。
「一階だけで、百人は入れたんやぞ」
「へえ……」
「上も見せてやる」

 ロビーに出て、階段を昇っていく間、栄一は上機嫌で歌を歌っていた。
「木枯らぁしだけが~ 相棒さぁ~ そうさぁ~オイラはぁ風来坊~♪」
 ずいぶん古めかしいメロディーだ。懐メロってやつか、と思いながら付いて行くと、栄一が二階の客席の扉を開けた。
 そこには、思いがけない光景が広がっていた。

「えっ、畳!?」
 二階の客席は畳敷きで、階段状の桟敷になっている。畳の席がある映画館など、一雄は見たことも聞いたこともなかった。服が埃で汚れるのも構わず、一雄は桟敷に座り、スクリーンを見下ろしてみた。
「おぉ、こういう感じかぁ」
 映画館であぐらをかいているというだけで、新鮮な感じがする。
「ほんなら、わしの仕事場も見せてやるか」
 そう言って栄一は、映写室へと移動した。

「俺はぁ~俺はぁ~風来坊~♪」
 歌いながら入っていくと、中には小さな机と椅子、そして二台の映写機があった。古い映写機の周りには、缶のフィルムケースが雑然と置かれている。
「ここが、モナミ館の映写室や」
「モナミ館……」
 ここがそんな名前だったと、一雄は初めて知った。
「『モナミ』はフランス語で友達っちゅう意味や」
「ふうん」
 昭和の頃に使われていた映写機を一雄は初めて見た。どんな仕組みになっているのかとあちこち触っている間、栄一はワンカップの酒をすすり、客席に向かって開いた小窓を覗いていた。

 しばらくすると、ピィーッと耳をつんざくような音が響いた。
「わっ! なんや、いきなり」
 それは指笛の音だった。一雄が驚くのを見て、栄一はニヤリと笑い、二度、三度と繰り返し吹いてみせる。
「昔はな、映画が盛り上がると、この音でいっぱいになったもんや」
「えっ、映画の最中に?」
「おう。終わったときも、指笛やら掛け声やらで大騒ぎや。もちろん、いい映画のときだけやぞ」

 エンドマークと共に劇場内に拍手が起きる、ということならば一雄も経験したことがある。だが、声援や指笛なんて、まるで人気アーティストのライブだ。昔は、そんな風に映画を楽しむのが普通だったのだろうか?

「客席で煙草も吸えたさけ、こっから見とると煙草の煙がもうもうとしとったわい。蕎麦屋から出前取って、食べながら観とるモンもおったしなぁ……。まあ、自由な時代やったっちゅうことやな」
 煙草だの出前だの、一雄には想像もつかないことだったが、小窓をのぞく栄一の目は、当時の光景が見えているかのように輝いていた。
「きれいな女優のアップでも映ると、若い男どもが喜んでなぁ。興奮して『好きやぞ!』やら『嫁さんになってくれ』やら、叫んどった」
 スクリーン越しのプロポーズかよと、一雄は吹き出した。しかし、純情な昭和の青年たちを馬鹿にする気にはならない。映画監督を志すほどの自分でも、そこまで映画に熱狂したことはなかった。スクリーンに向かって指笛を吹き、声援を贈ったという人々を一雄はうらやましいと思った。

 もし、自分の撮った映画で、そこまで人を楽しませられたら……。
 そんな想像をしている一雄に、栄一は思い出話を続けた。
「上映中の一番大事な仕事は、フィルムの切り替えや。フィルムは映画の前半後半で、二巻に分かれとってなぁ。前半が済んだところで、後半に切り替えをせんならん。その合間があかんように映写機が二台あるわけや」
 一雄は、栄一の話に引き込まれていった。
「ほんでも、たまには失敗することもあってなぁ。映画が途切れてしもうと、客席から一斉に怒鳴られて大変やったわい。わしが映写しとることもみんなわかっとるさけ、『栄一、なにしとるがいや! しっかりせい!』っちゅうて」
「アハハ」
「急かされると余計にうまくいかんで弱ってしもうてなぁ。まあ、ほんでもあの頃は、みんながそんだけ映画に夢中やったっちゅうことや」
「うん」
「あの頃の映画は、わしらに夢を見さしてくれた。小林旭、浅丘ルリ子、石原裕次郎、芦川いづみ、吉原小織……」
 最後の名を口にしたとたんに、栄一の目尻が下がった。

 吉原小織の出演作なら、一雄もいくつか見たことがある。専門学校の講師の中に、吉原小織の大ファンがいて、授業中に出演作の話が出ることも多かった。
「あっ。じいちゃん、サオリストってヤツか?」
 吉原小織のファンをそう呼ぶのだということも、一雄は講師から聞いて知っていた。
「お前なぁ、わしをそんじょそこらのファンと一緒にするな。言うとくけど、わしは日本で最初のサオリストやぞ!」
「はぁ?」
「俺はぁ~俺はぁ~ 風来坊~♪」
 栄一は、先ほども歌っていた歌をまた口ずさんだ。
「何なん? それ」
「映画の主題歌や。『電光石火の風来坊』、公開は昭和三十五年」
 栄一の家で見た『ギターを持った渡り鳥』の翌年の作品ということになる。
「主演は青木翔一郎や。知っとるか?」
 一雄が首を振ると、栄一は顔をしかめた。
「しっかりせえよ、映画青年!」

 青木翔一郎は、タフガイこと石原裕次郎、マイトガイこと小林旭に続くスターになると目されていたのだという。愛称は「ショーン」で、和製ジョージ・チャキリスとも呼ばれたスターだったが、人気絶頂の昭和三十六年、つまり『電光石火の風来坊』の公開の翌年に、交通事故で亡くなった。
「青木翔一郎の『風来坊シリーズ』っちゅうががあってな、『電光石火の風来坊』もそん中の一本や。悪役は西田潤でな、小織ちゃんは青木翔一郎の妹役やった。金沢やら、能登のあっちゃこっちゃやら出て来てなぁ、珠洲で撮影した場面もあるがやぞ」
「えっ、 マジで?」
「撮影隊が、谷山旅館に泊まっとったんや」
 谷山旅館なら、今も飯田で営業している。あそこにそんなスターが泊まったことがあったのかと一雄は驚いた。
「谷山旅館の廊下に、今でも青木翔一郎のサインと写真、貼ってあるわい」
「そうなんやぁ」
「ほんでも、小織ちゃんのサインはない。女将が、小織ちゃんからはサインもらわなんだんや」
「なんで? あの人、大スターやろ」
「もちろんや! ほんでもなぁ、『電光石火の風来坊』の頃はまだ新人やった。あんだけのスターになるとは、まだ誰も知らんかったわけや」
「ふうん」
「見付海岸でも撮影があってなぁ。珠洲のモンらが大勢集まって、大変な騒ぎやった。みんな、目当ては青木翔一郎と西田潤やったわい。その中で、わしだけは小織ちゃんに釘づけやったんや」

 「やにさがる」というのはこんな顔を言うのだろうという表情で、栄一はその日を振り返った。
「一目見たときから、天使……いや、女神様が現れたと思うたわい。思い切って声かけたら、ニコニコ笑うて握手してくれてなぁ。なぁんも気取ったとこのない、愛想らしい女の子やった……。サインも、わしだけはちゃんともろたがや。もちろん、今も大事に取ってある」
「ああ、だから日本で最初のサオリストか」
「ほうや! 『いつかまた、必ず珠洲に来てください』っちゅうて、わしが頼んだら、小織ちゃん、かわいらしい声で『わかりました』て約束してくれたがや」
「へえ! ほんで? 本当にまた来てくれたん?」
「いいや。小織ちゃんはその後、スター街道まっしぐらや。ここで働いとったら、いつかは舞台挨拶にでも来てくれるがでないかと楽しみにしとったけど……あんだけのスターさんが、こんなさいはての映画館までお出ましになるはずないわいや……」
 寂しそうに言うと、栄一はまた小窓の方に目をやった。
「わしゃ、ここから客席観るがが好きでな……。みんなが映画に夢中になっとると、なんやらわしが、珠洲のモンらみーんなを楽しませとるような気ぃしてなぁ……。ま、別にわしが映画撮ったわけでもないし、ただの勘違いやけどな」
 苦笑する栄一に、一雄は尋ねた。
「その頃、ここの映写技師って、じいちゃん一人やったん?」
「いや、確か七、八人おったな。わしが一番の若手やった」
「フッ、じいちゃんが若手か」
「何がおかしい? わしかて、昔からじいさんやったわけでないぞ」
「そりゃそうやけど」
 頭の中で、栄一を五十歳ほど若返らせてみようとしてみたが、なかなか難しい。一雄は、当時の栄一の仕事ぶりをもっと聞きたいと思った。
「仕事、大変やったけ?」
「ほうやなぁ、映写だけでなしに、プログラムに載せる広告取りやら、看板の絵描いたりもしとったしなぁ」
「えっ、ほんなことまで?」
「何しろ、一番の若手やったさけな。体力もあるし、新しい仕事覚えるがも苦でないやろうちゅうて、社長が色々任してくれたんや。そういや、どの作品上映するかも、社長とわしで相談して決めることが多かったなぁ。『若いモンの喜びそうな映画はどれや?』っちゅうて、社長がわしの意見聞いてくれて」
「へえ」
「あの頃は二本立てを一日に三回上映しとったがや。最終回が済むと、もう夜の十時過ぎとってなぁ。晩飯はたいてい、ここで仕事しながら食うとった」

 話すうちに、栄一の口はどんどん滑らかになっていった。
 昔、珠洲にはモナミ館のほかに珠洲シアターという映画館もあり、人気作は、両方の劇場で同時に上映することもあった。それでも配給会社は珠洲市内に一本しかフィルムを貸し出してくれなかったため、前、後半にわかれたフィルムを、上映し終わる度に受け渡さなくてはならなかった。そのために二館の間を行き来するのも栄一の役目で、自転車に乗り、連日大急ぎで往復していたのだという。
 新作のフィルムは配給会社の名古屋支社まで取りに行くことになっており、その役目を任されたときは、泊まりがけの出張になった。大事なフィルムを失くしては大変だと、栄一はいつも、フィルムの丸缶をしっかり抱きかかえて移動していた。

 栄一が映写技師をしていたのは、昭和三十年から四十五、六年の間だった。当時はカラーフィルムの質がどんどん良くなっており、映像が目に見えて美しくなっていくのを実感していたという。
 そんな話を栄一は熱く語り続けた。一雄の方も夢中で聞いており、そうするうちに、夜が明けていた。

******************

 早朝、栄一と別れて家に帰ると、母に捕まり、小言をいわれた。
「どこにおったん?」
「心配してんからね」
「連絡ぐらいして」
「何回も携帯かけてんよ」
 矢継ぎ早に言う母に、「うん」とか「まあ」と返し、一雄は自室に向かった。

 ベッドで横になっても、寝付けなかった。あんなにたくさん映画のことをしゃべり続けたのはいつ以来だろう? 専門学校に入ったばかりの頃は、ファミレスや誰かの下宿で夜通し語り合ったこともあったが、一雄は徐々に孤立していったため、そんな機会もなくなってしまった。
 八十前のじいさんと徹夜でしゃべり続けるなどという経験は、初めてのことだった。栄一の話を思い返し、映画が娯楽の王様だった時代を想像すると、それだけで体が熱くなる気がした。

 全部、書き留めとこう。
 唐突にそう思って、一雄はベッドから飛び起きた。そしてPCの電源を入れ、栄一から聞いたことひたすらタイプして行った。

第五話に続く>

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※今回のトップ画像は、珠洲市馬緤町沿岸にある「ゴジラ岩」です。

※この物語はフィクションです。「珠洲市」は実在する市ですが、作品内に登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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