第3話_珠洲岬_m

小説『すずシネマパラダイス』第三話

【はじめに】

町おこしコメディー小説『すずシネマパラダイス』の連載を始めて三日が経ちました。
第一話二話を読んでくださった皆さま、noteのコメント欄やFacebook、Twitterで、感想を書いてくださった皆さま、本当にありがとうございます!
「面白い。続きが気になる」
「方言がかわいくて大好き」
「読んでいて、場面が眼に浮かぶ」
「書籍化、映画化の予感!」

等々うれしい感想ばかりで、はしゃいでおります(笑)

毎週火曜、金曜の週二回、最新話を投稿していきます。
引き続き、『すずシネマパラダイス』をよろしくお願い致します。

第一話、二話をお読みになる方はこちら

☆第二話までのあらすじだけをお知りになりたい方はこちらをどうぞ。
第二話までのあらすじ
浜野一雄は「映画監督になる!」と東京の映画専門学校に進学したが、夢の糸口さえ掴めず、卒業と同時に故郷の「珠洲(すず)」に戻ってきた。
一雄が生まれ育った珠洲は能登半島の先っぽの町。
そこで民宿を営む老人・藪下栄一から一雄に、「珠洲のご当地映画をつくるので、監督を務めるように」という依頼が舞い込んだ。
一雄はさっそくプロット(あらすじ)を作り、栄一に読ませるが、まったく理解されず一蹴されてしまう。

☆以下、第三話です。

【第三話】 

ムカつく、ムカつく、ムカつく!
 どうにも怒りが治まらず、それに突き動かされて、一雄は次なるプロットを書き続けた。
 翌日は土曜日で父が家にいた。部屋にこもっていても、母と話す声が聞こえて来て集中できないので、一雄はノートを持って外に出ることにした。

 スタバあたりでアイデアをまとめていればクリエイターっぽいのだが、この町にシアトル系カフェなどあるはずもない。自宅近くの道の駅『すずしろ』に行き、喫茶コーナーに長居して、コーヒーをお代わりしまくりながら書き続けた。

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 日曜日、再び民宿やぶしたの食堂で栄一と向き合ったときには、決闘を挑むような心持ちだった。
「これ、新しいやつ」
 今度はノートに手書きをしたので、ページを切り取ったものを栄一に突きつけた。栄一は前回と同じように老眼鏡をかけて読み始めたが、すぐに原稿から目を上げた。
「読めん」
「えっ?」
「字ぃが汚すぎて読めんわい。口で説明せえ」
「あっ、えっと……珠洲に二人組の殺し屋が来るげんけど」
 話し出したとたんに栄一の眉間にしわが寄った。
「そ、その殺し屋コンビは、ボスの命令で珠洲に来たわけ。組織の裏切り者を殺せって言われとって」
「その、裏切り者が珠洲におるっちゅうことやな?」
「そう。そいつが見附島に潜伏しとるって情報掴んで、だから珠洲に来たわけ」

 見附島は珠洲の人々にとって聖地とも言える場所で、祭りの期間以外は上陸が認められない。だから身を潜めるにはうってつけの場所なのだ。このアイデアを思いついたとき、一雄は一気にテンションが上がった。
 ところが栄一は、呆れ顔で原稿を突き返して来た。
「ダラくそうて、聞いとれん。もういっぺん、やり直しや」

 だが、今日の一雄は引き下がらなかった。
「こんなこともあるかと思って……もう一本書いてきた!」
 そう言って一雄は、ポケットに忍ばせていた別の原稿を突きつけた。
 栄一は受け取りはしたが、一本目と同様の悪筆に、すぐに読むのをあきらめた。
「……どんな話か言うてみい」
「ええと、女の殺し屋がぁ」
「お前、殺し屋好きやなぁ」
 鼻で笑われ、一雄はカッとした。
「いいから、ちゃんと聞いてや!」

 ムッとした栄一に向かって、一雄は話を続けた。
「とにかく、女の殺し屋がおってぇ、そいつ、すっげえ凄腕ねんけどぉ、ある男と結婚しようって決めてぇ、ほんで、その結婚式を須須(すず)神社で挙げることにするげん」
 珠洲市内にある須須神社は、紀元前に創建されたと言い伝えられる由緒正しい社だ。
「で、式の日に、花嫁衣裳着た殺し屋が控え室におったらぁ、そいつのボスの手先が乗り込んできて……」
「ああ、もういい、もういい」
「えっ?」
「とにかく、やり直しや」
 言いながら栄一は早くも席を立っていた。
「ちょっと! 最後まで聞きもせんと、勝手に決めつけんなや! この後、すっげえどんでん返しあるげんぞ!」
 それでも栄一は、素知らぬ顔で食堂から出ていこうとした。
 やっぱこのジジイ、超ムカつく!
 一雄は、つきあげてくる怒りを栄一の背中に向かってぶつけた。
「どうせ年寄りなんかに、アクションとかバイオレンスとか、そういう面白さなんて分からんげんて!」
 すると栄一が足を止め、こちらを振り返った。
「なんやと?」
「ジジイ向けの映画なんか、俺、撮る気ねえし!」
 栄一は黙ってこちらを見ている。眼光の鋭さに思わず一雄が怯むと、栄一は小声でつぶやいた。
「……ちょっと来い」
「え?」
「さっさとついて来い!」
 怒鳴りつけて食堂を出て行く栄一を、一雄は慌てて追いかけた。

 長い廊下の両側には客室が十ほど並んでいた。そこを通り過ぎ、栄一が向かったのは、一番奥の部屋だった。ふだん栄一が使っている居間らしく、六畳の室内には、ちゃぶ台や座椅子、戸棚やテレビなどが置かれていた。栄一は石油ストーブをつけると、さっさと出ていった。

 残された一雄は、部屋を見回してみた。男の一人暮らしにしてはきれいにしている。自分が東京で暮らしていたアパートの散らかりようとは大違いだと思った。
 だが、なんとなく居心地が悪い。掃除は行き届いているが、どこか、さびしい感じのする部屋だ。八十近い老人が一人で暮らしていると思うから、そんな気がするのだろうか? いや、今ここで、あのじいさんが奥さんと暮らしているんだとしたら、部屋の雰囲気も違っていただろう。

 例えば一雄の母は、花だの人形だの、そういう物を部屋に飾るのが好きだ。母の友だちが趣味で作ったという造花だったり、どこか観光地の土産物の安っぽい人形だったりと、大したものではないのだが、この部屋にはそういう「あってもなくてもいい物」が見当たらない。必要なものしか置かれていないということが、このさびしさを生んでいるのではないかと一雄は思った。

 あんな気難しいジジイのとこに、わざわざ訪ねてくるヤツも、そうそうおらんやろうしな……。
 そんなことを考えていると、ぴしゃりと音を立てて襖が開いた。
 入ってきた栄一の手には、DVDのケースがあった。黙ったまま、栄一はディスクを取り出してデッキに入れる。一雄は、DVDのケースを手に取って見てみた。
「ギターを持った渡り鳥……」
 一雄が小声でタイトルを読み上げると、26インチのテレビから壮大な雰囲気のオーケストラ曲と、見たこともないような映像が流れ始めた。

 どこや、これ。
 というのが最初の感想だった。画面の上半分に、茶色い山が大きく映し出されている。まるで書割のような空に白い雲が浮かび、画面の横幅いっぱいに広がった山の裾野からは、曲がりくねった一本道が伸びていた。きちんと舗装された道ではない。灰色の荒地を人々が踏みしめて行くうちに自然にできたような道を、画面の手前に向かって馬車が進んでいる。
 日本にこんなとこあるんか? それとも外国?
 判断しかねていると、カメラは馬車にズームインしていった。茶色い馬が干し草を積んだ荷台を引いている。馬車に御者台はなく、無精髭の男が荷台の上に立って馬を操っていた。
 髭の男は、道が二股に分かれるところで馬車を止めて降り、荷台の後ろの方に回った。
「もしもし、起きてください」
 荷台に積まれた干し草の上で、男が眠っている。だが、抱えたギターに隠れてその男の顔は見えなかった。
「函館はあっちですよ」
 そう言われて起きあがった男は革ジャン姿で、なかなかのイケメンだ。
「ああ……ありがとう」
 高めの声で答えると、イケメンはひらりと荷台から降り、ギターを担いで歩きだした。

 函館という地名が出て来たのだから、これは北海道の風景なのだろうが、画面を見ている限りでは、まるで西部劇の一場面のようだった。
 『ギターを持った渡り鳥』のタイトルが赤字で大写しになり、歩き続けるイケメンの姿に重ねてクレジットが表示されていく。キャストの一番手は小林旭、二番手が浅丘ルリ子。
 どっちも聞いたことがあるな、と一雄は思った。筆文字で縦書きのクレジットも、主題歌のメロディーも時代がかっているが、一体いつ頃の映画なのだろう?
 やがて映像は、函館の町の遠景に変わり、『監督 斎藤武市』の文字で、クレジットが終わった。

 いざ物語が始まると、一雄は画面に釘付けになった。
 小林旭演じる主人公・滝伸次は、夜の街でギターの弾き語りをする流しの歌手だ。滝は腕っぷしの強さと度胸を見込まれて、函館を牛耳る秋津組の親分のもとで働くことになる。
 浅丘ルリ子が演じるのは、秋津組の組長の娘・由紀だ。滝と由紀の間にほのかな恋が芽生えるのだが、滝は、かつて亡くした恋人の面影を忘れられずにいた。
 滝は函館で、麻薬の取引のために神戸から来たというジョージという男に出逢う。宍戸錠演じるジョージは、流れ者の滝の顔に見覚えがあった。それもそのはず。滝はかつて、神戸市警の刑事だった。
 滝の正体に気付いたジョージは、一対一の撃ちあいを挑んでくる。刑事時代の滝は、ジョージの相棒だった男を射殺しており、ジョージはそれを恨み続けていたのだ……。

 無国籍なムードの中で描かれる派手なアクションが一雄の目には新鮮で、展開の速いストーリーも好みに合っていた。七十八分という短い作品の中に、小林旭の魅力がたっぷり詰まっており、こんな日本映画があったのかと驚かされた。
「どうや? わしの好きな映画は古臭いか?」
 栄一に問われて、一雄は首を振った。
「いや……面白い」
「ほうやろ」

 栄一は楽しげに、この作品のうんちくを語り出した。
 『ギターを持った渡り鳥』は昭和三十四年に公開され、大ヒットした。そのため、その後三年間に『大草原の渡り鳥』『大海原を行く渡り鳥』など、八作もの『渡り鳥シリーズ』が制作された。
 ヒロインは八作とも浅丘ルリ子で、宍戸錠はシリーズ中、六作に出演している。「エースのジョー」と呼ばれた宍戸は、このシリーズで悪役スターとして人気を得た。
 小林旭は、ダイナマイトのような豪快な男「ダイナマイトガイ」、略して「マイトガイ」と呼ばれていた。

 それらを栄一は一気に語って聞かせた。
「わしはな、お前の考えて来た話に、アクションやらどんでん返しやらがあるのがいかんというとるわけでない。それは、わかるな?」
 一雄は、こくりとうなずいた。もし栄一がそういう映画を認めない人間ならば、『渡り鳥シリーズ』を楽しめるはずがない。
「お前は一体、誰のために映画作る気や?」
 ずばりそう聞かれると、一雄はどきりとした。
「どんだけ面白いこと考えたつもりでも、それが誰にも伝わらなんだら、なんにもならんやろう? お前が書いてきたモンは、はっきり言うて独りよがりや。人に伝えようとして書いたモンとは思えなんだ」
 一雄の中に、怒りではなく、悔しさがこみ上げて来た。頭に思い描いている面白さを相手にうまく伝えられない自分がふがいなく、情けなかった。
「好き勝手に作って、わかるモンだけ付いてくりゃあいいと思っとるんか? もしそうなら、わしはほんなもんは映画とは認めん」
 言い返す言葉は浮かばなかった。いたたまれない思いで一雄は立ち上がり、民宿やぶしたを後にした。

******************

 帰ってからも一雄の頭からは、栄一の言葉が離れなかった。ふてくされて居間でゴロゴロしているうちに外は暗くなり、台所から母がやって来た。
「晩ごはんできたし、運んで」
 ぴしゃりと尻を叩かれて渋々起きあがると、いい匂いが漂ってきた。
 この日の夕飯のおかずは、一雄の好物ばかりだった。目玉焼きが乗ったハンバーグに鶏のから揚げ。ナポリタンスパゲティーにポテトサラダ、フライドポテト。

 一雄の食の好みは小学生の頃からまったく成長していない。二か月ほど付き合っていた専門学校の女子からは「味覚が子ども」と、からかわれていた。
 言われるままテーブルに料理を並べていると、母がぽつりと言った。
「元気出しさし」
「えっ?」
「カズちゃんが一生懸命やっとるがは、藪下さんかって、わかっておいでるって」
 落ち込んだ顔で帰って来たのを見て、母は事情を察したのだろう。それで一雄を励まそうと、夕飯を好物ずくしにしたのだ。
 母の気遣いがわかると、一雄は余計に情けなくなった。三本のプロットを栄一から一蹴された挙句、母親に同情されている。そんな自分がプライドを取りもどすには、栄一から言われたように、人に伝わる作品を作るしかない。でも――。
 そんなことできるぐらいなら、珠洲になんか帰って来るか。
 というのが一雄の本音だった。
「がんばって、もういっぺんやってみさし」
 笑顔で励ましてくれる母に、一雄はまた虚勢を張ってしまった。
「あんなジジイの相手、ダラ臭くてやっとれん」

 そこに、父が帰って来た。
「案の定やな」
 聞いてたのかよ、と歯噛みしたい思いだった。そんな一雄に追い打ちをかけるように、父は言う。
「どうせすぐ投げ出すやろうと思った」
 一雄がにらみつけても、父は平然としており、脱いだ上着を母に渡して部屋着に着替えている。
 一雄は父と一緒に食事をする気にはなれず、居間を出た。
「カズちゃん! ご飯は?」
 止める母の声を無視して靴を履き、一雄は表に停めた原付バイクにまたがった。

******************

 当てもなくバイクを走らせるうちに、一雄は珠洲岬に着いた。
 眼下の海に向かってせり出した場所には温泉旅館「ランタンの宿」があり、その一角はきれいにライトアップされている。
 明かりを見ながらぼんやり波の音を聞いていると、ポケットでスマホが鳴りだした。発信者名が「藪下栄一」だったので、思わず声が漏れた。
「えっ」
 渋々出るてみると、栄一の大声が響いてきた。
「おう、わしや! あのなぁ、今から……まで、来い」
酔っているようで、ろれつが回っておらず、聞き取ることができなかった。
「えっ、どこやって?」
「飯田や! 飯田の、商店街や!」
「はぁ? なんで?」
「いいさけ、来い!」
 一方的に言って、栄一は電話を切ってしまった。

第四話に続く>

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※今回のトップ画像は、第三話に登場する「珠洲岬(通称:聖域の岬)」の景色です。

※この物語はフィクションです。「珠洲市」は実在する市ですが、作品内に登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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