蒼歌表紙版

蒼空の歌謳 -3-

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オークよりゴツゴツした肌。トロールみたいな感じだけど、肌は緑色ではない。
どちらかと言えば、濃い小麦色に近い。人間が酷い日焼けをしたぐらいの色かな。
その肌は所々見えるだけで、ほとんどの部分はそいつの毛で覆われている。
顔は狼のような形じゃないから、ウェアウルフでもないようだな。むしろ、顔は猿に近いような気がする。
大型のサルみたいに後ろ足二本で歩き、両腕は垂らして地面スレスレで左右に揺れている。
そして、がっしりとした肩から伸びる腕の先には真っ黒な鋭い爪。今は大部分が紅く染まっている。デルアの血だな。
何度か魔物に関する資料を見たことがあるけど(先生から半強制的に)、こいつは普通の魔物ではないことは俺にも分かる。
こいつは一体何だ・・・・・・?

「これが、お前らが言っていた切り札か?」
「チュイー!! そうだ!! こいつにかかれば チュイ!! お前達なんてイチコロだ!!」

あーはいはい・・・・・・いい加減、そのネズミみたいな甲高い声を止めて欲しいな。耳がキンキンする。
両手で棒を構えているから、耳栓しようにも出来ないし・・・・・・くそっ。
あいつらの『切り札』は相当マイペースなのか、体が重すぎて動くのが遅いのか分からないが、デルアが入って来てからしばらくして姿を現した。
入ってきてからは、首らしき場所を左右に動かして周りを窺っている。・・・・・・そう見えるだけかな。
そんなのんびりした『切り札』に、オーク達は先程からイライラしていたようで、とうとう爆発。

「チュイー!! このウスノロ!! さっさとヤツらを倒すんだ!! チュー!!」

ドゴッ!! リーダーらしきオークが、ヤツの左腕を蹴った。

「グゥルルルルル・・・・・・・・・」

すると、ヤツはヌーっと自分を蹴ったオークの方を向いた。やや黄ばんだ牙を覗かせ、敵意をむき出しにしている。

「チュイ!? 何だそのツラは!! チュー!! オレの命令が聞けないのか!?」
「グゥ・・・・・・グララララ!!!」

おいおい、この展開だと・・・・・・。
俺はとりあえず棒を近くに投げ捨て、固まったままのフォノの両目を急いで両手で覆う。
よーし、これで大丈夫だな。ん?
そういえば、何でさっきから俺の視界ははっきり、クリアなんだ?
これじゃあ、見たくもないものを見なきゃいけないじゃないか。
・・・・・・あ、両手を使ってるからか。なら、俺は何を使えば・・・・・・まあいいや。
何が起こるのか、この目で見届けよう。イヤだけど。
ヤツは垂らしていた腕を高く掲げ、そのまま一気にオークに振りかざした。

ザシュッ!!

鋭い爪が、オークを切り刻む。爪でえぐられた肉片飛び散った。
オークは自分の体重を支えきれずにそのまま地面へ倒れ、そこから鈍い赤色の液体が近くの地面に滲む。
うぐっ、鉄臭い。目を覆いたくなるような光景・・・・・・そうだ、目を瞑ればよかったんだよな。俺。

「・・・・・・リーン?」
「・・・・・・今、目開けないほうがいいぞ」
「・・・・・・音からして、さっきのオーク。殺されたみたいね。手、のけて」
「いや、見ない方が・・・・・・」
「放して」

うっ・・・・・・フォノ・・・・・・こんな光景が見たいのか?
俺は、ゆっくりと手を離した。フォノは先程ヤツの餌食となったオークを見て、思い切り顔をしかめた。ほらな・・・・・・。
オークの方は、仲間が殺されたショックで酷く動揺している。

「おい、お前ら。こいつを抑える方法はないのか?」

一匹のオークはピョーンと飛び上がった。

「チュイー!? そんな便利なものはない!!」

・・・・・・なら、そんな危険なもんを持って来るな!!
このままだと、ヤツはあいつらだけではなく、この村全体を襲うだろうな。
ならば、それを防ぐのは俺達自警団の役目。

ちっくしょう・・・・・・これは、最高で最悪の実践訓練じゃねえか!!

「さぁて、どうする? こいつはこんな棒切れじゃあ倒せそうにないぜ」
「・・・・・・決まってるでしょ。呼び出すだけよ」

フォノは、持っていた木刀を左側へ投げ捨てた。俺は既に棒から手を離している。
まさか、こんな風にこいつを使うとは思ってもみなかったな。
だけど、やるしかない!!
俺は髪を束ねている布から一緒に垂れている霊石、黄色じゃなくて水色の方に意識を向ける。
フォノの方はあまり表情は変わらないが、俺と同じことをやっている。
そして・・・・・・

「出て来い 『氷龍(ひょうりゅう)』!!」
「出ておいで 『炎鎚(えんつい)』!!」

俺とフォノが同時に叫んだ『名前』に反応して、霊石がルミネを呼び出した時のようにほんのりと光る。
そして、一瞬強く光った。そこから出てきたのは・・・・・・残念ながら、ルミネじゃない。
俺の霊石からは氷の如く冷たい青白い刀身が特徴で、長く青白い布を筒頭から靡かせている青龍刀『氷龍』、フォノの霊石からは鈍い黒の片方が尖った鉱石が引っ付いたような形になっているハンマー『炎鎚』が出てきた。
俺は出てきた氷龍の柄を右手で握り、筒頭から靡かせている布を左手で持つ。刃の部分は地面へ、切っ先はヤツへ向ける。
フォノは、出てきた炎鎚の長く伸びる持ち手の部分を右手で握り、攻撃を行う大きな平面の部分を地面へ置いている。
そういえば、俺の氷龍よりもフォノの炎鎚の方が何倍も重いんだよな。何度か炎鎚を持ったことはあるが、本当に重い。
でも、それをいつも軽々と操るフォノは・・・・・・うぅ、男として情けない。

「さぁて、行くぞ」
「あ、そうだ。ここで一つ条件ね」
「ん?」

珍しいな。フォノが俺に頼みごとなんて。・・・・・・ん、まさか?

「氷龍、絶対に壊さないこと」

やっぱりそうくるか。氷龍はフォノが俺にくれた手作りの刀で、フォノの最高傑作でもある。
ちなみに、俺は一度たりとも壊したことも、手入れを怠ったことはない。
まあ、それはフォノが毎日のように武器の様子を見ているおかげだし、壊れないように念を入れて強化してくれている。
それを壊すとなると・・・・・・先程のオークよりも酷い目に遭いそうだ。

「分かってるよ。刃毀れしないうちに倒せばいい話だろ。俺は、あいつに攻撃を連続で仕掛ける。
お前はその隙に、あの・・・・・・炎を纏って敵にぶつけるやつ。あれを使ってくれ」
「ふう・・・・・・『インスタル』ね。あれは纏うんじゃなくて、武器に属性を添付するのよ。
それに、いい加減名前ぐらい覚えなさい」

はいはい。分かりましたよ。

「作戦はそれでいいのね」
「ああ」

フォノは確認した後、炎鎚を両手で握り締めて地面にほぼ水平に持つ。
そして軽く俯き、少し深く息を吸った。詠唱を始めるんだな。
俺は、先程オークに向かって叫んだときと同じように大きく息を吸った。

「おい!! そこのウスノロー!!」

さっきはこの言葉でヤツは攻撃を仕掛けた。つまり、ヤツにとってこの言葉はNGワードなのかもしれない・・・・・・。
思った通り、ヤツはゆっくりとこっちを向いた。
よーし、攻撃開始!! 俺はその場から一気に走り出した。そして、ヤツの足元へと近づく。
俺は左肩より少し上ぐらいまで氷龍を左側に上げ、右足を軸にして体全体を右側へと回転させる。
それと同時に上げた氷龍を一気に右斜め下まで振り下ろす。狙うは、ヤツの足元!!

「うりゃあああっ!!」

ヴーン!! 氷龍が風を裂き、勢いを殺さず一気に振り下ろされる音が俺の耳にしっかりと伝わる。
ガキンッ!!

「ぐっ!!」

だが、それと同時に金属に金属をぶつけたような音が響き、右腕全体が痺れて視界が一瞬揺らいだ。・・・・・・何故だ?
右斜め下に振り下ろされた氷龍を右上に振り上げ、右足を軸にして今度は左斜め下まで一気に振り下ろす。
ガキンッ!! また、さっきと同じ音。同じように右腕が痺れる・・・・・・。
おかしい・・・・・・普通にオークとか斬るなら、こんな音なんて出るわけない。
これはまるで、攻撃を特殊な術か何かでヤツを守っているか、吸収しているみたいじゃ・・・・・・そうか!!
これが、デルアが言ってたことだったんだ。今なら、あの言葉の意味が理解できる。
俺は、少しヤツとの距離を取るため、一歩飛びながら下がり布を掴んでいた左手を放して地面へ掌をズズズーッと擦りながら止まった。
うぅ、今日は手も足も痛くなる一日だな・・・・・・。

「っ!? リーン!!」

後ろを見ると、先程の奇怪な音と俺の様子を見てフォノは詠唱を止めて顔を上げ、こっちに向かおうと右腕を上げている。

「来るな!! こいつにはまともな攻撃は効かない!!」

俺は弾かれたように叫んで抑えた。そして、俺は改めてヤツの全体を見る。
ヤツには普通の攻撃が通じない。だから、デルアは手も足も出なかったんだ。
・・・・・・ならば、『普通の攻撃』を行わなければいいだけ!!
俺は、もう一度後ろを向いた。

「フォノ、お前は炎であいつに攻撃することだけを集中してくれ」

フォノはいきなりの発言に、後頭部をガツンと一発殴られたような表情を見せた。

「なっ・・・・・・いきなり何よ!! これから、そのつもりだったのよ」

俺は氷龍を持ち上げ右肩にかけ、フォノに僅かだが笑いかけた。

「じゃあ、頼むぜ。俺の氷龍だと、あいつには攻撃できないからな」

フォノは少し間を置いた後、目を閉じて一回深呼吸をした。そして、いつもの表情に戻る。どうやら、内容を理解できたいみたいだな。
今、ヤツに攻撃を与えられる可能性があるのはフォノの炎鎚のみ。上手くいくかは分からないが、やってみるしかない。
フォノはもう一度同じように構え、また深く息を吸った。
俺ももう一度ヤツの方に向き直る。そして、氷龍を今度は両腕でしっかりと握る。そして、ヤツの足元へ近づいた。
ヤツは詠唱を行っているフォノよりも、動き回っている俺を目で追っている。まだ攻撃してこないな。
今は攻撃しなくてもいい。あくまでヤツの気を逸らすだけだ。
俺は左側を走っている時、ヤツは俺に向かって左腕を振り下ろした。だが遅い!!
ヤツの攻撃はするりとかわし、何も当たることなく地に振り下ろされた爪は、硬い地面を柔らかいバターのように削り取ってしまった。
あの場所にいたらそこにある地面と一緒に綺麗サッパリ削り取られて・・・・・・おぞましい!!

「リーン!! 下がって!!」

そんなことを考えている内に、フォノの声が聞こえた。
俺は急いで横へ移動して右足を軸に上半身を逸らし、距離を置くために後ろに飛び上がる。
それと同時に、俺の横をフォノが走り抜ける。
フォノはそのままヤツの一メートル手前で一気に飛び上がった。

「――――・・・・・・纏え!! 『インスタル』!!」

ハンマーを振り上げたと同時に、炎が鈍い黒色の炎鎚を包み込む。
あの姿はまさに炎の鉄鎚!! フォノはそのままヤツの左肩に叩きつける。

「グギャララララ!!!!!」

よしっ、成功だ!! あの攻撃は、やつには通じる!!
しかし・・・・・・いつ見ても、あの攻撃は凄いな。少し離れている俺にも、あの熱気は凄く伝わる。
フォノは俺の前、ヤツから五メートルぐらいの場所に着地。いつもの冷静な表情を全く崩していない。

「・・・・・・ふう・・・・・・どうかしら?」
「ああ、大成功だ」

フォノがもう一度構え直した途端、フォノの攻撃に呻いていたヤツはそのまま左腕を振り上げブンブンと振り回しだした。
その腕が、偶然にもフォノの真上へ。くそっ、このままだと・・・・・・!!

「フォノ!!」

俺は急いでフォノの右側まで走り出し、フォノを左の方へ突き飛ばす。
上から迫ってくる赤い爪。俺は急いで氷龍を右手で柄を握り、峰の部分に左手を添えた。
ガキンッ!! ・・・・・・フォノが非常に怒り出すような音だな。それに、腕も痺れた。
ヤツの爪は俺の氷龍に当たった後、地面へ深く刺さる。そしてそのままもう一度振り上げる。
俺はまた同じように攻撃を受け止める・・・・・・つもりだった。
ガキンッ!! ・・・・・・さっきと同じ音だが、今回の攻撃は下から。
振り上げられた腕と同時に、内臓が下の方へ落ちていくような感覚。俺の体は一気に浮き上がった。

「うわぁ!!!」

くっ、いくらジタバタしても何も支えられるものが見つからない!!
ヤツは、振り上げた腕を無防備になった俺に向けた。だが、俺は浮いたままで防ぎようがない。

「リィーン!!」

ヒュオオオオオ!!

フォノの叫んだ声が聞こえて、真上から紅く染まった爪がやってきて、同時に強い風が吹いて・・・・・・風?
爪が俺の一メートルぐらい上に迫ってきた途端、横から突如現れた強い風を纏った三日月のような形をした・・・・・・その風はヤツの顔面にまともにぶつかった。

「グラララララララ!!」

同時に俺の身体の近くに柔らかい風が周りに集まり、俺は風に引っ張られるようにゆっくりと降下。
両腕を地面について両足を投げ出した形で地面に着いた。風が衝撃を和らげてくれたみたいだ。
不思議だな。例え偶然だとしても、こんな風が普通現れるか?
地面の方をよく見てみると・・・・・・やっぱりな。これは、普通の風じゃない。
俺の周りには、淡い黄緑色の丸い核を持って竜巻のような風を纏い、三日月のような円を二つほど竜巻の上からつけているモノが三匹。

「リズ・・・・・・」

これは風の元素霊、名前はリズ。風そのものに溶け込み、風を操ることが出来る。
フォノが、急いで俺の側まで走ってきた。

「リーン、大丈夫? 今の風は一体・・・・・・」
「あ、ああ・・・・・・あの風は・・・・・・」

風を起こしてた人の名前が、もう少しで喉から声として発せられる直前。

「リーン~!!、フォノ~!!」

はは、はははは・・・・・・さすがだな。ナイスタイミングだよ。

声が聞こえてからやって白夜が来るまで、そう時間はかからなかった。
白夜は地面スレスレを浮きながら、上半身を前の方に傾けて走っ・・・・・・いや、文字通り飛ぶようにやってきた。
その間も、ヤツは両目を押さえてうめいている。どうやら、結構ダメージを与えたみたいだな。
俺は氷龍を杖代わりにして立ち上がり、フォノはその横に立ったまま。
白夜は俺とフォノの正面まで来ると、風の精霊ようにふわっと地面に着地。
あいつの二重に羽織っているマントが僅かだが風の抵抗を受けて靡く。

「びっ・・・・・・白夜!! どうして来たんだ!! お前は・・・・・・」

白夜は僅かに顔を俯かせる。それと同時にフォノから突き刺さるような毒々しい視線を感じた。どちらも非常に痛い。

「だって・・・・・・二人のことが心配だったんだもん。
さっきの魔物の声が何回も聞こえて、それで不安になってきてみたんだよ」

どうにかして言葉を繋げなければならないと思ったが、何も見つからない。
フォノの方を見たが、フォノは俺達の様子を見ながらも一切口を開かない。というよりも、無関心を装っている。
これはあなた達の問題だ、と目がしっかりと述べているみたいだ。

「・・・・・・でも、お前は歌謳は使えないだろ」
「・・・・・・ふぅ」

俺の発言に、白夜は軽いため息をついた。

「そうやってリーンはいっつも僕を置いて戦いに行っちゃうんだから・・・・・・。
でも、もうその言い訳は聞き入れないよぉ」
「なっ!! どういうことだよ」

白夜はにっこりと笑った。

「僕はリーンの後ろにきちんと居るから・・・・・・僕も、二人と一緒に戦いたい」
「でも、俺はお前やフォノを守るぐらい強くは・・・・・・あの時みたいに・・・・・・」
「言い訳しないの!!」

俺の弱気な発言を、白夜はぴしゃりと遮る。
さっきから心の隅で燻っていた暗い気持ちが一気に切り裂かれた。

「いつまでも、自分だけで昔のことを全部背負うのは止めてよぉ。
この戦いだってやってみなきゃ分からないんだし、やる前から諦めちゃ駄目」

白夜は、更に一呼吸置いて言った。

「それに、リーンがどれだけ強くなったのか、僕この目で見てみたいもん」

話の結果が見えてきた頃、フォノは俺達の方へ一歩近寄った。

「どうやら、結果は見えたみたいね。
いつまでも過去を引きずっているなんて、リーンらしくないわよ」
「よく言うよ・・・・・・これからだな。白夜、協力よろしく」
「うん!! 僕頑張るよ~」

『自分の所為で、誰かを傷付けはしないだろうか』という迷いは、もう何処かへ消えていた。
さぁて、これからだぜ『切り札』。

反撃開始だ!!

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