蒼歌表紙版

蒼空の歌謳 -2-

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「なぁじいちゃん、白夜は具合はどうなんだ?」

俺は外から家の窓枠に左ひじを乗せ、頬杖をつきながらじいちゃんに尋ねた。
白夜はじいちゃんの前にある患者用の座り、様子を伺う。
あの後、俺と白夜は身体を具合を見てもらうために家に戻った。

俺と白夜は、村の中での唯一の村医者であるじいちゃんとばあちゃんの家で暮らしている。
俺の場合は父さんが王都の方で働いているんだけど、忙しいからと言うことで父さんの両親であるじいちゃんとばあちゃんに預けられている。
父さんは『転送士』という特別な資格が必要な術を使う術師で、いつも人手が足りなくて結構忙しいらしい。
そのせいか、俺は一度も見たことが無い。
白夜の場合は苗字からして分かるけど、俺とは血の繋がりないんだ。
でも、小さい頃に母親と一緒にいたところで魔物に襲われて、偶然そこに通りかかった俺のじいちゃんが母親から白夜を預かったということだ。
今、白夜の母親はその場所に埋められている。
白夜は、この事件のショックでそれ以前の記憶が全部消えちまった。

あ、ちなみに。先生に頼まれていた門の警備はというと・・・・・・

「ああ? 団長から頼まれた?」
「そういうことだ。なあデルア、俺も一緒に警備に参加するけどいい?」
「はんっ!! 見習いのガキがいても邪魔なだけだ。帰った帰った」

デルアは門の上に設けられている物見やぐらの上から俺を見下ろしている。
あ、デルアはシャレンとダンの兄貴なんだ。
ただでさえ俺はそんなあいつを見てカチンときているというのに、更にヤツは俺を見ながら鼻で笑いやがった。

「何だと・・・・・・? あ、そういえば、誰だったかなぁ?
この前俺が剣術の訓練のときにぎっくり腰になったのって」
「くっ・・・・・・お前、まだ覚えてたのか?」

俺はわざとらしく考える素振りをしながら、ぎっくり腰を起こした人がいるやぐらを見上げた。
デルアはそのときの痛みを思い出したせいか、腰をさすっている。うん、あれは痛かっただろうな。
普通に訓練用の道具を俺とフォノと一緒に運ぼうとしたら、一人で『ギックリ』ってなったんだから。
その後、一週間ぐらい動けなくてうめいてたんだ。クククッ。
お? さっきの人を見下すような笑いが消えた。
今は、両腕を組みながら俺を見下ろしている。

「ったく、とりあえず、白昼堂々魔物が襲ってくる可能性なんて滅多に無いんだ。
オレ一人で大丈夫さ」

・・・・・・つまり、断られた。まあ、そっちの方が俺にとっては楽だけど、何か納得いかない。

「ふむ・・・・・・この前戻ってきたよりも体力はついているな」
「おじさん、本当?」

じいちゃんの診察の結果を聞いた白夜は、いつも見せている表情よりも更に明るくなった。
まあ、白夜は体が弱いせいで色々と苦労していたからな。
どんな原因、病気があるかは知らないけれど、白夜は極端に体力が無かった。
小さい時には寝たきりでほとんど外に出させてもらえなかったし、少し体力がついてきてようやく歩けるようになったけど、まだ走ることができない。
俺が小さい頃、いつも走ってばかりだったから白夜もそれをマネをして走ったら、一週間ぐらい動けなくなってしまったこともある。
今は大分体力がついてきたおかげで少しは走られるが、大抵は元素霊を使って浮いて移動をしている。
今度は俺がそのマネをしたらとんでもない方向に飛ばさせてしまうけど・・・・・・。

「ああ、もう少し頑張ればリーンのように走れるようになる。
まあ、あのバカぐらい騒いでもらっても困るがな」
「じいちゃん!! バカはバカでも、俺は少なくとも九九はいえるんだからな!!」
「リーン、落ち着いてよぉ」

俺は窓枠から部屋に飛び込みそうなぐらいの勢いで叫ぶ。白夜はそれを、両手でまあまあとなだめた。
そうだ、この前ようやく九の段まで言えるようになったんだ。
これを覚えるためにどれだけの苦労をしたことか。くぅ。
診察を終えた白夜は、普段から二重に着ているマントを羽織りながら俺の方を向いた。

「あ、そうだぁ。リーン、フォノが今どこにいるか知ってる~?」
「ん? ああ、あいつならいつものように工房に・・・・・・」

「うわああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「きゃあああああああああああああああああ!!!!!」

突然、村中に響き渡るような悲鳴が上がった。
俺はすぐに後ろを振り返る。白夜とじいちゃんは急いで俺がいる窓の方へ向かい、身体を乗り出す。

「リーン、何が起こっておる?」
「さあな、村の門の方からだ。おおかた、魔物が入ってきたんだろう」

白昼堂々・・・・・・くそっ!!
先生達正規の人間がいないときに限って、どうしてこんな風に魔物が襲って来るんだ。
リティカ村を襲った魔物が実は二つの部隊に分かれていて、片方が襲われている間にこっちの村を襲うとか・・・・・・。
いやいや、魔物にそんな作戦を考える知能があるか?
少なくとも、俺の方が頭はいいような気が・・・・・・って、何考えてるんだ、俺。
正規の人間がいない・・・・・・ちょっと待て、じゃあ、デルアは・・・・・・?

「一人で警備をしてたデルアが心配だ。俺、行ってみる」
「僕も」

窓にぎこちない動作で足をかけようとした白夜を、俺は片手を白夜の目の前に見せて止めた。
白夜は、焦りながらも不思議そうな表情を見せた。

「白夜、お前はここにいろ」
「・・・・・・どうして? 村の人達が危ないんだよ?」
「お前、先生に歌謳禁止されているだろ。先生がいないときに使ってみろ、先生の拳が振ってくるぞ」

白夜は重要なことを思い出したようだ。
歌謳・・・・・・魔術みたいなものだったけ。これは、精神力と体力の両方を消耗するものらしい。
精神力については白夜は申し分ないほどある。だが、体力だけはほとんど無い。
そのため、ここ数年は先生が使用を禁止させている。『下手をすれば、命にかかわるから』と。

「あ、そうだった・・・・・・」
「だろ? だから、俺一人で大丈夫だって」
「う・・・・・・リーン、お願いね」
「ああ!!」

俺は急いで家を離れ、悲鳴の聞こえた門の方へと走り出した。
白夜へ言った言葉。あれは、半分は嘘、そして言い訳だ。
確かに、白夜がいれば術を使って簡単に敵を倒すことはできるだろう。
でも、万が一俺が・・・・・・小さい頃に魔物に襲われた時、逆にあいつが俺を庇ったように・・・・・・なるかもしれない。
自分の不十分な強さで、仲間を傷付けたくない。
この事件が終わった後、白夜にはしっかりと謝っておこう。うん。
色々と考えている間に、橋の近くの工房を通り過ぎようとした。
そこには、フォノがいた。
さすがに、あの工房の中でもさっきの悲鳴は聞こえただろうな。

「リーン、さっきの悲鳴は?」
「多分、門の方だ。魔物が村に入ったんだと思う」
「先生達は?」
「残念ながら、今はリティカ村に行ってる」
「・・・・・・チッ」

うわっ、舌打ちしたよ。フォノはいつも不機嫌な表情だが、今は更に不機嫌になり顔を少し俯かせた。
だが、すぐにガバッと顔を上げて俺の方を睨んだ。頼むからそんなに険しい表情をするなよ・・・・・・。

「で、どうするの? 行くんでしょ」
「当たり前だろ。俺達しかいないんだからな」
「白夜は?」

うっ・・・・・・。やっぱり聞くよな。

「あいつは・・・・・・その・・・・・・」
「また、『歌謳を禁じられているから、ダメ』って言ったの?」
「・・・・・・」

フォノは俺の表情を察したのか、それ以上追及することは無かった。
その代わり、俺に背を向けた。フォノが向いているのは門の方だ。

「急ぎましょ。仮にデルアが一人で戦っていたとしても、少しでも援軍がいた方が戦いやすいわ」
「・・・・・・ああ」

俺は急いで走り出した。後ろにフォノが続く。
気付くと、俺の後ろには足跡がくっきりと残っている。だが、これはフォノのものではない。俺のだ。
今のモヤモヤとした気持ちを踏み潰すぐらいの勢いで、俺は地面を強く蹴っていたみたいだな。

門の方へ近づくにつれ、周囲の人が顔を引きつらせて怖がっている人をよく見かけた。
急いで家の中に戻っている女の人、自分の子供を急いで家の中へ連れ込む母親。
ここだけじゃなくて、おそらく村中大混乱だろうな。
自警団の連中がいないから、今村の戦える人間は俺とフォノ、門番をしていたデルアだけだ。
三人いれば十分だろうと言う意見もあるだろうが、俺とフォノはまだ見習い。つまり、実戦経験がほとんどない。
見習いはあくまで訓練に参加できるだけ。それ以上の行動については許されないんだ。
走り続け、ようやく門に辿り着いた。

「なっ、これは・・・・・・」

フォノより先に門についた俺は、見たくもない情景を見なければならなかった。
門は開かれたままなのは変わりない。だが、その扉が無残に砕け散っている。
その周辺には、数匹の魔物・・・・・・石を削って作ったようないびつな形の剣やグレーブを握っている。
先生から聞いた話からすると、あれはオークだな。そいつらがうろついていた。
横にフォノがやってきた。俺と同じく、この状況を信じられないという表情で見ている。

「九、十二・・・・・・十三匹ね。リーン、あいつらだけでも倒すわよ」
「分かってるさ!!」

ふむ、フォノはいつでも冷静だな。そして、一瞬でモノを数える能力としては俺よりも上か・・・・・・。
俺は急いで近くに立てかけてあった百七十センチほどの筒みたいに長い棒と七十五センチほどの木刀を掴み、そのままフォノの方へ木刀を投げた。
フォノはそれを掴み、何も言わずに構えた。俺も一緒に構える。
俺とフォノは一応剣とハンマーを武器として持っている。だが、こんな村の中で振り回したら大変なことになるからな。
特に、フォノの武器は・・・・・・。

「あら、何時棒術なんて身に付けたの?」
「別にそんなの習ってないさ。槍みたいに振り回せばいいんだよ!!」
「・・・・・・あんた剣士でしょ。しかも、槍は振り回さないわよ」

俺は呆れているフォノより一歩前へ出て、思いっきり息を吸った。

「おい!! そこで呑気に集まっているオーク共!!」
「チュイ!? お前、一体 チュイー!! どこから湧き出てきた!! チュイー!!」

くっ、先生からオークってのはネズミみたいに五月蝿いって聞いてたけど・・・・・・本当にうるさいな。

「これから村中暴れようって計画があったらしいが、残念だったな。お前らの相手は・・・・・・この俺だ!!」

俺はオークの集団へ走り出した。まあ、相手はせいぜい十匹程度。俺達で何とかできるはずだ。
後で帰ってきて驚くなよ先生。あんたの弟子が今、あんたがいない時に生涯初の魔物との戦闘に挑むんだからな!!
まずは集団から少し離れてたオークが近づいて来た俺に向けて、持っていた荒削りな剣を上からヴーンと振りかざす。
へっ、甘いな。俺は全身を左にずらし、攻撃をかわす。
そして、持っていた棒を一気に突き出す。狙う先はヤツのゴツゴツした額、目と目の真ん中だ!!

「はあぁぁぁぁぁ!!」

ドツーン!!

「チュイー!?」

オークは短く膨らんでいる両手で顔を押さえてよろめく。そして、俺は更にヤツのがら空きになったアゴに向けてもう一度突き出す。
ゴツッ!! うわっ、今度は鈍く当たったな。
オークは空を仰ぎながら仰向けに浮かび上がり、仲間の集まっている方へ飛んでいった。
ちなみに、約三名・・・・・・いや約三匹下敷きになっちまってた。一体どれだけのろまなんだ・・・・・・。
よーし、これで四匹は倒したな。ところで、フォノの方はどうだろうか。
俺は棒を構えながら、チラッと左斜め上方向の方を見た。現在、俺に攻撃を仕掛けようと考えている連中はいない。
フォノは三匹のオークに囲まれていた。持っているのは剣とグレーブ。どちらもかなりの重量がありそうだな。
どうやら、俺よりも女のフォノの方が倒しやすいと判断したようだが・・・・・・その判断は間違いだぜ。
まずは一番左端のヤツがフォノにグレーブを振りかざした。フォノはスッと横へ動きかわす。
真ん中のオークが次に剣でフォノに斬りかかった。だが、これもフォノはあっさりとかわす。
最後に同じように残りのヤツが剣で斬りかかる。これも、あっさりとかわした。お前ら、俺より学習能力無いな・・・・・・。
一番最後のオークの武器は少し重いらしく、地面に深くめり込んでしまっていた。
ヤツは必死にそれを引き抜こうとしている。そこに・・・・・・
ガツッ!! フォノはそいつのアゴを右足で思いっきり蹴り上げた。そして、そのままヤツの体の左側を木刀で叩きつける。
ヤツは、あっさりと右側の方へズズズズーっと滑って、モグラが掘る膨らんだ跡とは逆の跡がついた。めり込んでるからな。

「この女 チュイ!! 只者じゃない!! チュイー!!」
「只者だったら、普通ここには居ないわよ!!」

キッ!! フォノ御得意のキツーイ睨み攻撃!!
睨み攻撃は別名殺気と呼ばれていて、睨まれたヤツは石のように固まるか、空高く飛び上がるんだ。
睨まれた残りのオークは、後者の反応。ひるんで十センチぐらい飛び上がった。ビヨーン!!
その後仲間が集まっているところへとっとと戻る。アハハ、見物だな。
俺はフォノの隣に立ち、棒を肩に乗せてトントンと叩きながら連中を見る。

「どうした? もう逃げるのか?」
「チュイー!! まだだ チュイ!! オレタチには、切り札がある!!」

切り札ねぇ・・・・・・これ以上、何を出すっていうんだ。

「おい!! ヤツをつれて来い!! チュイー!!」

リーダーらしき連中の中で体格の大きなオーク(一見誰が誰だか分からない)が門の外を指差した。
その先に向かって、一番小さなオークが走り出した。
そういえば、ここへ来てからずっと疑問に思っていることがある。

「なあフォノ・・・・・・おかしくないか?」
「この門と、デルアがいないこと?」
「まあな。たった十数匹で奇襲を仕掛けたオークに壊されるほど、この門は脆くない筈だ」
「それに、デルアの姿がさっきからから見えないわ・・・・・・まさか」

この反応からすると、フォノも、俺と同じ結論を導き出したみたいだな。

「おそらく、あいつらをまとめるリーダーみたいなのがいるみたいだな。オークではない何かが」
「そいつが、オーク達の言っていた切り札・・・・・・?」
「だろうな」

先程、村の外へ走り出していったオークが戻ってきた。その後ろからは・・・・・・

「!? デルア!!」

フォノが叫んだ。さっきまで笑いながらやぐらから俺を見下ろしていたデルアがよろよろと姿を現した。
デルアは自分のロングソードを鞘に収めて杖代わりにして両手で身体を支えながら歩いてきた。
頭部、右肩には血が滲んでいる。装備していたはずの皮鎧はズタズタだ。
なるほど・・・・・・これが、あいつらの言っていた『切り札』だな。
デルアは門を越え、左側の方へ少し歩いた後、倒れた。
俺は、急いでデルアの所へ走った。

「おいデルア!! しっかりしろ!!」
「・・・・・・おぉ、リーンか・・・・・・ゲホッ・・・・・・やられちまったな」
「デルア、一体何が・・・・・・」
「・・・・・・気をつけろ。ヤツには、普通の攻撃・・・・・・効かないぞ」

それだけを言い残すと、デルアは気を失った。息はあるからとりあえずは大丈夫かな。
俺は、デルアをできるだけ影の方へずらした後、フォノの所へ戻った。
デルアがいた方を見ると、今は村の誰かが急いであいつを運んでいこうとしている。行き先は、多分俺の家だな。

「デルアは?」
「大丈夫だ。とりあえず息はある。今、向こうで運ばれてる」
「そう・・・・・・っ!!」

フォノははじかれたようにサッと門の方を見た。・・・・・・いつもの勘だな。

「・・・・・・嫌な予感がする」
「お前が言うなら、結構危ういかもしれないな・・・・・・」

そして、連中が言っていた『切り札』が姿を現した。

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