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【新しい断片集】Laks and Most (2016) "Early Greek Philosophy" (Loeb Classical Library)について


この本はなに?

初期ギリシア哲学、いわゆるソクラテス以前の哲学の資料集です。全9冊。
ソクラテス以前の哲学者とは、おもにタレスからデモクリトスまでを指します。(これに加えて、ソフィストの資料も収録されています)


彼らの文章は、まとまった作品としては残っていません。
残っているのは、後代の作家による部分的な引用のみ。「アナクサゴラスはこう言っている……」というようなものです。それを専門用語で「断片」といいます。

そういう引用をひたすらかき集めたのが、この断片集。要するに、まとめです。超大変、というか、超えらい。学者さんありがとうございます。

Laks という学者さんと、 Most という学者さんが編者です。
Laks Most とか、 LMと略称されます。以下 LM と言います。


『世界哲学史1』ちくま新書 での紹介

LMに関する紹介は、ごく簡単ながら上記ちくま新書でなされています。

「初期ギリシアの哲学者たちの情報は不正確さを含みながらも様々な時代の様々な書き手によって断片的に伝わってきたが、現在においては見通しが良くなっている。とりわけ重要な仕事は、ドイツの古典学者であるヘルマン・ディールス(一八四八~一九二二)が編集し、ヴァルター・クランツ(一八八四~一九六〇)が改訂した『ソクラテス以前哲学者断片集』である。この資料集は、それまでさまざまな著作に散らばっていた引用や言い伝えを哲学者ごとに整理し、さらに本人の著作からの直接的な引用である断片と、間接的に伝わる生涯と学説をまとめた報告に分類している。一九〇三年に初版として出版されたこの資料は版を重ね、現在では第六版となっているが、一世紀以上たってその不備が意識されるようになり、新たな方針で編集されたアンドレ・ラクスとグレン・モストによる『初期ギリシア哲学』(二〇一六年)全九巻に代わられつつある。現在、初期ギリシアの哲学者たちに関する文章を引用する際、それぞれの資料集編者の頭文字をとってDK、およびLMと表記し、『断片集』の整理番号を付すのが世界的な慣例となっている(本章はもっとも普及しているDK番号を付す)。」

松浦和也「古代ギリシアの詩から哲学へ」『世界哲学史1』第6章所収
(太字はネオ高等遊民による強調です)

これより、もう少しだけ詳しく紹介するのが拙文でございます。


全9巻の内容とショッピングガイド

第1巻が解説と索引、用語集などです。○○全集の総解説・索引巻みたいなものです。

Early Greek Philosophy, Volume I: Introductory and Reference Materials(Loeb Classical Library)


第2巻から第9巻が、断片集です。おおむね時代順に並んでいます。

第2巻以降をざっくり箇条書きすると

第2巻 初期イオニア哲学者=ペレキュデス+ミレトス学派(タレス・アナクシマンドロス・アナクシメネス)
第3巻 初期イオニア哲学者=クセノパネス・ヘラクレイトス
第4巻 イタリア学派=ピュタゴラス派
第5巻 イタリア学派=エレア派(パルメニデス・ゼノン・メリッソス)+エンペドクレスほか
第6巻 後期イオニア・アテナイ哲学者=アナクサゴラスなど
第7巻 後期イオニア・アテナイ哲学者=原子論者(レウキッポス・デモクリトス)
第8巻 ソフィスト(プロタゴラス・ゴルギアス・ソクラテス(!)・プロディコス・トラシュマコス・ヒッピアス)
第9巻 ソフィスト(アンティポンなど)

第1巻は、とりあえずなくても大丈夫です。(ふつうはとりあえず第1巻を買おうかなって思いますよね。でも、これは第1巻だけ買っても何にもならないので罠です。気を付けてください。)

まずは、読んでみたい興味のある哲学者のいる巻を買ってみるのが良いと思います。おすすめは第5巻です。パルメニデスはじめエレア派の超重要哲学者がいますし、エンペドクレスもいてシリーズ中もっとも分厚い巻です。

私はどうせ読みたくなるだろうと思って全部買いました。値段は、いずれの巻も税抜きで3000円程度です。およそ3万円です。(タイなら1か月暮らせる)

Early Greek Philosophy, Volume V: Western Greek Thinkers, Part 2 (Loeb Classical Library)


以降は、地味な話です。


いつ出版された?

2016年です。
ちなみにそれ以前にも断片集成はあります。

以前の断片集は Diels という学者さんと Kranz というドイツの学者さんで、
Diels Kranz とか、 DKと略称されます。以下 DK と言います。

DKの出版年は、初版が1903年。それでも超絶使えるまとめだったので、改訂を重ね、第6版、1952年が最終アップデートです。

そしてDKは、岩波書店からも日本語訳が出ています。『ソクラテス以前哲学者断片集』全6冊です。

つまり、今回のLMは、初版から比べれば100年ぶり、最新版と比べても60年ぶりの新しいまとめです。


なんでまとめを更新する必要があるの?

まず、この60年のあいだに発見された、新しい資料などもあったりします。
それを資料に収めるためです。


でもそれなら、DKを更新してもいいのでは?

おそらく、そこが新しいまとめを作る最大のポイントだと思います。
つまり、DKとは異なる編集方針によってまとめているはずです。

DKのまとめ方では、今一つ見えてこなかった視点が見えてくる、というようなことがあるのだと思います。
具体的な例は、私にはわかりませんが、そうでなければDKを更新すればいい、という推論です。


どういう編集方針なの?

とりあえず私程度の素人がパッと見でわかることだけお伝えします。

分類の違い。

DKは「AB表記」
LMは「PDR表記」

意味不明です。つまり、DKでは資料をAとB、2分類しており、LMではPとDとR、3つに分類しています。わかるように詳しく話します。

まずDKの表記の例は

エンペドクレス A1 とか B2
アナクサゴラス A1 とか B2

などという感じです。

Aは、古代作家による引用(断片)を、そのまま書いています。
たとえばディオゲネス・ラエルティオス『哲学者列伝』(岩波文庫に翻訳あり)から、エンペドクレスの生涯はどうのこうの……という記述をそのまま書いています。

一方、Bは作品を再構成するように並べています。
一般に初期ギリシア哲学者たちの作品は『自然について』などという名前がつけられています。
もちろん巻物や冊子は残っておらず、部分的な引用が残っているだけ。

それで、たとえば引用が20個あって、そこから作品を再現するなら、それぞれの引用はどういう順序なのか、ということを考える必要がありますよね。引用1は5番目で、引用2は14番目だな、みたいな。

そういう作品の再現を試みたのが、Bの部分です。

なので、DKのBを1から順に読むと、あたかも『自然について』という作品が再現されたかのように読めるわけです。

これがDKです。


ではLMはどうか。PDR分類でしたね。これは意味があります。

Person =生涯に関する資料
Doctrine =学説に関する資料
Reception =受容に関する資料

の頭文字をとったものです。(第1巻にそういう説明があります)


画像を見ると、イメージがわきやすいかなと。2枚あります

画像2

PがPersonで、Chronology(年代)やFamily(家族)とあります。
DがDoctrineで、学説や作品の内容に関することですね。


そしてReceptionが、その哲学者についての後代による論評・理解などがRに収録されてます。


画像1

Dが学説ですね。結構具体的に分類されているのが分かると思います。

で、Rを見てください。

R1-R5が「パルメニデスの詩についての判断」(判断と訳すのか知りませんが)
R6が「プラトンによるパルメニデスの権威」みたいな感じですかね。

で、実際読むと、R1-R5は、キケロやプルタルコスがパルメニデスの詩について紹介してるところ。
R6は、プラトン『テアイテトス』でソクラテスがパルメニデスにビビり倒しているところですね。(この箇所、わたしはパルメニデス動画でもエンペドクレス動画でも紹介した覚えがあります)


ほかにもRに分類された資料は、たとえばアナクサゴラスだったら、弟子とされる悲劇作家エウリピデスがアナクサゴラスについて語ったと思われる一節。あるいは、プラトンやアリストテレスに悪口言われてますけど、そういうのがRに入ってます。(ただし論評の中に引用があったりすれば、そこはDに入ります。たぶん。)

まあこうやって分けることで、なにかDKによるAB分類と比べて、よく見えることがあるのだと思います。

ちなみにDKとの対応もしっかり表記されているのでご安心を。

100年使っているDKにみんな慣れていますから、「LM D20」とか言われてもわかんないんですよね。なので、たとえば「LM D20」は「DK B12」に対応するよーとかちゃんと参照できるようになってます。

で、DKに収録されてない断片は「≠DK」と表記されてます。あ、これは新しい断片なのかな、などと分かります。ただしDK未収録の断片だけ読みたい場合に役立つ整理はありません。


以上が内容のごく簡単な紹介です。


以降は、結局手に入れる意味はあるのか、という話。

まず、原典の古代ギリシャ語はもちろん、対訳として英訳がついているという素晴らしい特典があります。

以前のDKはドイツの学者なので、ドイツ語との対訳です。(たぶん。私はDKの原典を見たことがないです。)

今回のLMは、英語との対訳がついてます。
私たちは一般的にドイツ語よりも英語のほうがなじみがあるので、英語対訳がついているのは、かなりありがたいです。

なので、初期ギリシア哲学者を勉強したいなーという方は、ドイツ語対訳のDKよりも、英語対訳のLMを買ったほうが、内容も理解しやすいかと思います。

とはいえ、よほど何か初期ギリシア哲学者について知りたい理由がない限りは、DKの日本語訳で十分だと思います。


参考:断片集の日本語訳は以下の3冊がおすすめです


☆『ソクラテス以前哲学者断片集』岩波書店 全6冊
DKの全訳です。1冊5000円程度。全部そろえると3万円くらいと、今回のLoebと同じくらいですね。絶版と思ってましたが、Amazonに新品がありますね。


☆廣川洋一『ソクラテス以前の哲学者』講談社学術文庫
前半に解説、後半にDKの部分訳があります。(Bのみ)
解説もたいへん上質なのでおすすめです。こちらも絶版と思ってましたが、Amazonに1300円ほどで新品がありますね。(中古価格は高騰遊民する可能性あり)


☆日下部吉信『初期ギリシア自然哲学者断片集』ちくま学芸文庫 全3冊

絶版。価格も高騰。私は実物を確認できていないのですが(最近買って日本のわが家にある)、これはDKの日本語訳ではなく、日下部先生独自の編集方針によってまとめられたものです。おそらく生涯と学説等に分けており、LMの編集方針にも近いと思われます。DKでいうBの部分も、著作断片として出典付きで整理されています。


日下部編訳は、廣川洋一先生の本とセットで使うといいと思います。

廣川洋一先生の断片翻訳は、DKのBのみで、そのB自体がどこからの引用なのか(A)は、廣川本では一切分かりません。

日下部編訳は、DKでいえばAのみで構成されていると言えると思います。なので、Bで紹介された学説の出典を確かめることができます。


なので関心のある方は、廣川洋一本に加えて日下部吉信編訳のものをそろえるとよいかと思います。筑摩書房におかれましては、こんな素晴らしい資料を絶版のままにしないで、ぜひ復刊してくださいませ。それか明石書店さんなどから出し直せばいいと思うと放言しておきます。


筑摩書房が絶版なので極秘情報

日下部吉信先生ご自身のブログで、断片の資料集を無料公開されています。

PDFで読めます……いやヤバすぎ……。


ちなみに高著『ギリシア哲学30講』(明石書店)のもとになる文章も公開されています。

とんでもない気前の良さです。やはりギリシア精神を現代において受肉するクサカベクレスは違います。アナクサゴラスやデモクリトスに匹敵する鷹揚さです。われわれは氏が街を歩くのを見かければ、神の格好をしていなくとも平伏すべきです。


ちなみに『ギリシア哲学30講』は上下巻、絶対に買うべき。買わない意味が分からないレベルの名著です。


初期ギリシア哲学者の断片は日本語で読めます→みんなで勉強しよう

ということで、私の利用法は、基本的に廣川洋一の解説とDK断片翻訳を見つつ、日下部先生のPDF資料集で出典を確かめています。ほとんどが日本語訳で読めるのは、本当に学者さんたちに感謝です。ありがとうございます。

なので、わたしがわざわざ希英対訳のLMをそろえた理由は、何すご哲学史の製作にあたって、わずかでもヒントになることがあればと思ってのことです。(ギリシア語を確認することも、ごくまれにあります。)


以上、素人による素人のための簡単な校訂版紹介でした。
研究者による研究者のための紹介は、こちらの書評翻訳をご覧ください。

書評:ディールス・クランツ(DK)からラクス・モスト(LM)へ
リヴィオ・ロセッティ Livio Rossetti(ペルージア大学)
https://clsoc.jp/agora/newbooks/2017/170808.pdf


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