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色褪せぬ色景色

家の前で頭に積もった真っ白な雪を払う。季節外れ
の雪だ。もう3月末である。
横にある倉庫はドアが開いていて、雪かきがこちらを覗いていた。久しく使われていないせいか、雪かきは綺麗なまま保たれている。やっと使われると知って、いつもより頬を赤らめているように見えた。

家の中に入ると、母が料理をつくっている後ろ姿が見えた。
おかえり。
ただいま。
毎日の挨拶だが、これが安心する。母は相変わらず少し小さい桜色のエプロンをしていた。あのエプロンはもうずっと何年も前から、いや、十何年も前から使っている。そう考えていると、キッチンからいい香りが漂ってきていた。家の前を通る人は気の毒だ。あまりの匂いに腹の虫がおさまらないに違いない。
今日はシチューだからね。
やったー!
無邪気に返事をしたが、こんなに良い匂いがして気がついていないはずもない。私は胸が高鳴るのを抑え、自分の部屋へと向かった。あれ、暖かい。私の部屋は家の北向きにあって、寒いはずである。ましてやこんな天候だと、外と変わらない気温で凍えてしまう。母が私を気遣って暖かくしてくれていたのだろう。と、考えていると、キッチンから母が私を呼んでいるのが聞こえた。
お父さんが裏で雪かきしてるから、手伝ってきてあげてー!
だから、倉庫が開いていたのか。そうつぶやいて、母に返事をした。また寒い外へ出るのは少し気が引けたが、母に頼まれたので我慢して行くことにした。ふと、クローゼットに厚手のコートが入っているのを思い出した。クローゼットは春モノから冬モノまで、カラフルでごちゃごちゃしていた。その中で1色だけ、どこか見覚えのある色がチラッと見えた。このときは気にもかけなかった。他にも防寒具を揃えて、外に出た。

もう雪は降っていなかった。倉庫から赤い雪かきを携えて裏に回ると、父が作業していた。
帰ってたかー。
長いこと作業しているはずの父は疲れを見せず言った。
ただいま。
今日の夕食はシチューらしいぞー!
そんなこと知ってると呆れながら、うん、とだけこたえた。
部屋暖かかったか?
わたしはつい作業を止めて父のほうを見てしまった。母と思っていたが、父が部屋を暖かくしてくれていたのだ。父の気遣いに顔がニヤけていたが、防寒具で表情は見られていないはずだ。
シチュー楽しみだね。
と言うと、父は声を出して笑っていた。雪かきは私が来るまでにほとんど終えていたらしく、すぐに終わった。

家に入ると母はリビングの机に食器を並べ、夕食の用意をしていた。脱いだコートは濡れていて、クローゼットにそのまま入れるのは気が引けた。
そうだ、お父さん。暖炉に火をくべてよ。
リビングにあるこの暖炉を使うのはいつぶりだろう。そんなことを考えていると、
準備できたよ!
母は夕食の準備を終え、テーブルの前に座っていた。みんなでいただきますをした。冷えた体にシチューが染み渡る。母のシチューは味はもちろん、言葉にできない何かを感じる。シチューを口にしたときには暖炉の火は大きく燃え上がっていた。父と母、みんなでテーブルを囲むこの時間が一番好き。急に体が火照ってきた。ああ、そうだ、きっと熱々のシチューや暖炉のせいだ。きっと。リビングは緋色に染まっていた。

夕食が終わった。置いておいたコートが乾いていたので、部屋へ片付けにいった。クローゼットにコートを入れる拍子に、見覚えのある色のモノが足元に落ちた。少し小さな桜色のエプロンだった。その時、小さい頃の私を思い出した。私は母と料理をするのが好きだった。一緒にキッチンに立つために、お揃いのエプロンを買ってもらった。母はその時のエプロンを今でも大事に使っていた。いてもたってもいられなくなり、少し小さくてキツいエプロンを身につけた。あの頃はブカブカだったのに。

リビングに行くと。母と父の姿はなかった。少し探すと、2人はキッチンにいて、再来週に迫る母の誕生日プレゼントの話をしていた。私はそこに割って入って、
私はもう決まってるよ。
と言った。父は悩んだ表情を浮かべていた。
何その格好?
母は驚き、嬉しそうな顔をしていた。
うん、ちょっとね。手伝うことある?
私は食器洗いを任された。3人分の食器洗いはかなり大変である。ふと窓から外を見ると、また雪が降っていた。季節外れの雪。

水が勢いよく流れている。私は2人に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で言った。
いつもありがとう。
何故だろう顔が火照ってきた。もうここには熱々のシチューや暖炉の火はないのに。
鏡に写る私の頬だけが桜色に染まっていた。

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