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読書【「自分の本」をつくる】感想

『「自分の本」をつくる』完読。

二十年前、芝居の脚本を書くことになりました。

その時、手当たり次第に脚本術の本や文章術の本を買いあさりました。

今回読み終えた本も、その時期に買ったものです。

内容も確かめずに買いました。
文章読本ぽかったので買いました。

自分史の手引書でした。

自分史。

てめぇの人生をてめぇで書いて人様に読ませるアレです。

今となってはSNSが自分史みたいなものですね。

内容は『原稿用紙に書けないなら、まずは白い紙に書いてみましょう』

だとか

『「。」の後には必ず改行しましょう。それで変なところがあれば後で繋げればよいのです。とにかく改行しましょう』

だとか文章の初歩の初歩を丁寧に解説した本です。

今の僕にはもう必要ない本。


「てめぇの人生をてめぇで書いて人様に読ませるなんて、そんな恥知らずなコトができるか!てっンだ」

父はそう言ってはいたが夕陽新聞自費出版サービスの折り込みチラシを、丹念に読み込んでいたのを私は知っている。

「オレはね。オレは、いいって言ったんだよ。だけどね、孫達が書け書けうるさいもんだから」

父より四つ年下の重里さんが綺麗に製本された小豆色の自分史を持ってきて

「ま、暇だったら読んでよ。なんなら、まな板にしちゃってもいいから」

と言い、へへへ、と照れ笑いしながら本を置いて帰っていった。

その日の夜、父は夕陽新聞自費出版サービスのチラシを引っ張り出してきて、こっそり読んでいた。

来年、父は85歳になる。
記念に自分史を作ろかと本人に提案したが、そんな恥知らずな事はできないの一点張り。

だけど、本当は作りたいと思っている筈だ。
素直じゃない父の性格は娘の私がよくわかっている。

そこで私は夕陽新聞自費出版サービスに父の自分史の作製を依頼した。

もちろん父には内緒で。

ところが自分史を創るにあたって本人へのインタビューが必要だと言われた。

「てめぇの人生をてめぇで書いて人様に読ませるなんて、そんな恥知らずなコトができるか!」

と言うような父だ。
インタビューに応じる訳がない。
なんとか内密に創ることはできないかと相談したところ

「異例ですが」

担当者はそう言うと本人の生まれ故郷に記者が出向いて、友人知人、親戚縁者から聞き込みをすることで客観的な自分史を創ることは可能だとの返答を得た。

もちろん、その分の費用はかかるけれども父の喜ぶ顔をみたさに私は取材を依頼をした。

一ヶ月後、担当記者から連絡があった。

「もう本が出来たんですか?意外と早いですね」

待ち合わせ場所の喫茶店【コピアルク】でアイスコーヒーを注文したあと私はそう言った。

「いや…それが」


長谷川と名乗った男性記者は何故か気まずそうに言った。

まだ二十代後半だろうか。
肩幅が広くてラガーマンのような体格だ。

「あの…本はまだなんですけど」
「そうですよね。いくらなんでも早すぎますよね」
「まだ取材中でして。先日、お父様の…本郷佐次郎さんの生まれ故郷である宮島県西芳群徳八村に行ってきました」
「あ、ありがとうございます。わざわざ」
「いえ。それで、佐次郎さんを良く知る人に幼い頃の佐次郎さんの話を伺ったんです」
「父を知っている人がいましたか」
「ええ、まぁ。殆んどの人が知っていました」
「へぇ、そうですか」
「報告書を起こしてお渡ししようと思いましたが、なんて言うか……。生の声を聞いてもらったほうがいいかと思って。何人かにインタビューをしたので、ちょっと聴いてもらってもよろしいですか?」
「え?は、はい」

そう言うと長谷川さんはICレコーダーを取り出してテーブルに置いた。

ICレコーダーからは静かなノイズが流れた。
暫くして突然、しわがれた声が飛びだした。

「え?なに?佐次郎?佐次郎って本郷のか?あんた佐次郎の親戚か?ちがう?じゃあ何なんだよ?え!とにかくあの野郎には散々ひどい目に遭わされてんだよ!この村の連中ほとんどがな!とにかく非道い悪ガキでよ。人の物は平気で盗むわ気にいらねぇ事があるとすぐ手がでるわ挙げ句の果てに放火だ」

放火?と言う長谷川さんの聞き返えす声が聞こえた。
マイクから離れているせいか遠く小さな声だった。

「そおだよ。放火だよ放火。と言っても証拠はないし戦争が始まる時分だったからうやむやになったけどよ、村の半分が焼けた大火事だよ。あの後すぐに家族揃って村を出ていってな。あれは本郷の悪二郎がやったに違いないって、俺の親父がよくいってたよ。あいつは本当に非道え野郎だよ」

長谷川さんはICレコーダーの再生を止めると、まだ聴きますか?と聞いてきた。

「……いいえ」
言葉を失いかけていた私は、かなり間をあけてそう答えた。

「自分史の方は……?」
「中止でお願いします」

帰り道。
私は自分の心を無理矢理、整理していた。

本人だって悔いている筈だ。
だけど放火だよ!

人間、誰だって過ちは犯すものだ。
だけど放火だよ!

過去の過ちよりも、その後どう生きたかが重要だ。
だけど放火だよ!

死者は出たの?
刑事責任はあるの?
賠償保険はどうなってるの?

時間が経てば経つほど心臓が騒ぐ。

どうにか家に帰り着くと父が珍しく玄関に出迎えてきた。

「洋子、この前のアレだけどな。ちょっとやってみようかと思うんだが」

夕陽新聞自費出版サービスのチラシを握りしめた父が、ぎこちない笑顔でそう言った。

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