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短編【マイ・フェラ・レディ】小説

午後21時の街灯の無い山道をマーダーレッドのレクサスCTが走っている。赤い車体に泥がはねる。運転席の西宮にしみやりょうは三年ぶりの運転なのだが、それを悟られないように片手運転なんぞをしている。免許を取ったのは五年前だ。 

後部座席の宮下みやした博敏ひろとしはCDケースを見ている。ジャケットはサザンオールスターズのアルバム『さくら』。

「おい。本当にこの道で当たってんの?」
「己が歩んできた道が正しいのか正しくないのか。それを決めるのは道にあらず。己なり」
運転している西宮にしみやりょうに助手席の番場ばんば純也じゅんやが答える。

「はぁ?」
「正しいと信ずれば正しく、過ちと思い煩えば迷い道。進め!ただただ己の道を信じて」
「おい!迷ってるのか!ふざけるなよ!お前が近道って言うから」
「昼間、通った時には近道だったんだけどねー。ホラ、この近くに老人ホームがあるじゃない?」
「知らねーよ!」
「俺のばあちゃんが、そこに居るじゃない?」
「知らん!」
「だからこの山道は良く通るじゃない?この山道通った方が下の道を迂回するよりも近いじゃないって思うじゃない。そしたら近道あるよって言うじゃない。案内するよって言うじゃない。だけど今は夜じゃない?昼とは雰囲気が変わるじゃない?分かんなくなるじゃない?こんな筈じゃない!こんな筈じゃないじゃないじゃない!!」
「じゃないじゃない、うっせー!!」
西宮にしみや。いま、俺たちに必要なのは、未知なる行き先を道に変える勇気だぜ」
「降りろ!お前、もう降りろ!」
「降りろと言いながらも、車を止めないお前がスキー!」
「停めるぞホントに!」

何年経っても高校時代のノリが変わらない二人に後部座席から宮下みやした博敏ひろとしが「なあ、西宮にしみや」と声をかける。

「なに」
「CDが有ったんだけど」
「え?ホント?車は貸せるけどCDは貸さないからな。って言ってたのに。ひとつだけ取り忘れたのか」
「車は貸せるけどCDは貸せないってなんだよ」
と助手席の番場ばんば純也じゅんやが言う。

「あー。昔ね、俺が兄貴から車借りてCD使った時に、ケースと中身をチグハグにして返したんだよ。そしたら無茶苦茶怒って『心と身体をバラバラにするな!』って」
「怖っ!なにその話」
「兄貴、精神科医だからね」
「あー。精神科医だったら仕方ねーか。ってならねーよ」
と言ったあと、純也じゅんやは後部座席の宮下みやした博敏ひろとしに「なんのCD?」と聞いた。

「サザンオールスターズ。三曲目のさぁ、『マイ・フェラ・レディ』ってコレもしかして」
「そう。フェラッチョの歌」
「やっぱり!」
「なんだよ!フェラッチョの歌ってー!聞いてみよ!聞いてみよ!フェラッチョの歌!」
「残念ながら入っておりません」

後部座席の博敏ひろとしはCDケースを開けて助手席の純也じゅんやに見せる。

「おいおいなんだよ!お兄さんよぉ!『心と身体をバラバラにするな』って、心がはいってませんけどーー!」
と純也は言い、続けて。
「それにしても桑田佳祐はスゲーな。フェラッチョまで歌にしちゃうなんて。なぁ、お前らさぁ、フェラッチョしてもらった事ある?」
「あるよ。お前は?」
と後部座席の博敏ひろとし
「あるよ」
と助手席の純也じゅんや

純也じゅんや博敏ひろとし、それぞれ後部座席と助手席から運転席のりょうを見つめる。

「俺もあるよ!あったりまえだろ!フェラッチョの一つや二つ!」
「うそつけ童貞」
と後部座席から一刺し。

「ぶっ殺すぞ!てめーら!表に出ろ!」
「表に出ろと言いながらもー、車を止めないお前がスキー!
「停めるぞ本当に!」
「そう言えば宮下、お前、彼女とパリ旅行に行ったんだよな?」

純也は急に博敏に話をふる。運転中の亮は、無視かーい!と半ば笑いながら叫ぶ。

「うん。偶然だったけど取った部屋が凱旋門とエッフェル塔とルーブル博物館とノートルダム寺院が横一列に等間隔に見えるので有名なホテルだった」
「彼女喜んでただろ」
「…まあね」
「なあ、お前の彼女って、どんなコだよ」
亮はライトで照らされた山道から目を離さずに後部座席に声をかける。そう言えば、コイツの彼女に会ったことないな。と亮は思っている。

「お前には言わない」
「何でだよ!フェラッチョして貰ったのか!その彼女に」
「知らない方がいいと思うよ」
「なんでだよ!教えろよ!俺が知ってる人なのか?」

博敏は急に黙り込む。助手席の純也も黙る。どうやら純也は博敏の彼女を知っているようだ。その雰囲気を亮は察して「うそ!俺が知ってる人?俺が知ってる人がお前にフェラッチョしたの?教えて、おしえて、誰?誰?だれー?」と騒ぐが、博敏は「言葉って、不思議だよね」と脈絡なく言う。

「なに、いきなり!話をそらすな!」
「サザンの歌詞カード見てて思ったんだけどさ、一つの言葉に二つの意味を持たせてるやり方?ダブルミーニングだっけ?普通の言葉なのに角度を変えると急にいやらしくなる言葉ってあるよね~」
「ほう。たとえば?」
と純也も呼応する。


「ほとばしる」
といやらしい口調で博敏は言う。
「いやらしーーー!!」
と純也は叫ぶ。
「何が?何がいやらしいの?『ほとばしる』の何がいやらしいの?」
「いやいや。『ほとばしる』だよ?いやらしいだろが!」
真顔で純也は言う。

「何処が?」
「これだから教養の無いヤツは困るんだよなぁ。いいか?女性のアソコの部分は昔の言葉で『ほと』っていうんだよ」
「ほと」
「そう!それを踏まえてもう一度聞けよ、師匠!お願いします」
と純也は博敏に促し、博敏はもう一度、いやらしい口調で「ほとばしる」と言った。
「いやらしー!!」
「まだあるよ、いやらしい言葉」
「聞かせて、聞かせて!」

亮はまだ、『ほとばしる』の何がいやらしいのか、ぴんと来ていない。

「あまんじる」
いやらしさの粘度を上げて博敏が言う。
「いやらしいー!」
「ぬきんでる」
「いやらしーー!じゃ、コレはコレは、くりだす」
と純也が応戦。

「おお!いいねー!!喰らえ!くりひろげる」
「ぎゃーー!負けたー!」
「ハイハイハイ!これは!?かたくなる」
ひとり残された亮も、いやらしい言葉を言ってみるが「んーーー」と純也と博敏に却下される。

「それは、ちょっとちがうな。ストレートだな」
「じゃあ、ぬれている」
「それもちがう」
「たっている」
「ちがう」
「なんだよ!わかんねーよ!何が違うんだよ!」
「いいか?『ほとばしる』も『あまんじる』も『ぬきんでる』も『くりだす』も『くりひろげる』も、なんつーかなぁ、エロスの詫び寂びがあるんだよ。わかんねーかなぁ」
「なんだよ!エロスの詫び寂びって!!」
「おし!じゃあ俺が『ほとばしる』と『あまんじる』と『ぬきんでる』『くりだす』『く
りひろげる』を使った文章でエロスの詫び寂びを教えたる」

後部座席で博敏ひろとしは頼もしく言い放つ。

「お願いします!師匠!お前もお願いしないかい!」
「お、お願いします」
「あ、ちょっとまって!さっきのサザンの曲、『マイ・フェラ・レディ』だったっけ?ネット動画で検索してみよう。もしかしたらあるかも知れない。それに合わせて先生!おねがいします!」

しばらくして純也のスマホからサザンオールスターズの『マイ・フェラ・レディ』の淫靡なイントロが車内に流れる。

「では、行きます」
博敏は一度、咳をして喉をならし『マイ・フェラ・レディ』のメロディに乗せて、ねっとりといやらしい言葉を漏らす。

「………欲情したアキコは徐ろに下半身を『くりだす』。そして自分の細い指先で優しく卑猥なソレを『くりひろげる』。その濡れた花弁から糸を引くように『あまんじる』がしたたり落ち、秘密の割れ目に沿って『ほとばしる』。その様子を隣の部屋から覗いていたヨシオの未熟な肉棒は痛いほどにそびえ立ち、その先端から雄のエキスが『ぬきんでる』」
「いやらしぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
亮と純也は同時に叫ぶ!
「!おい!ちょっと!前!前!」
博敏も叫ぶ。

マーダーレッドのレクサスCTは道を外れて、そのまま藪の中へ。

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