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短編【お婆ちゃん店員】小説

「合計で713円になります。レジ袋は」
「あ、結構です。ありがとうございます」
そう言って綾部あやべ美香みかは千円札を出した。そして「大変ですね、お疲れ様です」と、つい言ってしまった。

言われたレジ店員は、照れ笑いなのか苦笑いなのか微妙な笑顔を作って「287円のお釣りでございます」と言った。

綾部美香はお釣りと商品を受け取って、なんだか居た堪れない気持ちになった。目の前のレジ店員が、自分の亡き祖母と同じくらいの年齢だったからだ。染め諦めた白髪、ファンデーションが塗り込められた目尻の皺。七十近くのお婆ちゃん店員。

お婆ちゃん店員以外は東南アジア系の女性店員が二人。若い男性店員は一人もいない。

なんだかなあ。と綾部美香は思う。どうなっちゃってんの?男ども。

「あの、頑張って下さい」
綾部は去り際に一言、そう言った。そしてコンビニエンスストア『リトルエレファント』の自動ドアを出た時に後悔した。頑張って下さい、ってなによ!私は、あのお婆ちゃんに頑張って欲しいわけじゃないのに!


正午。早朝六時から勤務していた藤場ふじば早江さえはリトルエレファントの象の皮膚を連想させるライトグレーを基調とした制服を脱いでロッカーにしまった。今年で七十一歳になるが、不自由なく動ける事に感謝している。そして、いつものように商店街を通ってコロッケやら魚やらを買う。あ、そうそう卵も切らしてたわね、なんて事を考えながら帰路につく。

そしてふと「頑張って下さい」と言ったお嬢さんの事を思い出す。

なんだかなあ。と藤場早江は思う。気持ちは分からないわけではないけれど。

「つまり、お祖母ちゃんは馬鹿にされたって事を言ってるの?」
「そうじゃないのよ。千枝ちえちゃんはすぐひねくれて考える」
「だって、そうじゃん。お祖母ちゃんみたいな年寄りがコンビニで働いてるから、頑張ってって言われたんじゃないの?それって年齢差別だよ。お祖母ちゃんみたいに元気で働ける人だっているのに」
「まあ、そうだけど」

午後三時すぎ。早苗は孫の藤場ふじば千枝ちえと、おやつ代わりにコロッケを食べている。

「お祖母ちゃんのコンビニって男の人、居ないでしょ」
「そうねえ。いまは女性だけだねえ。フォンさんもティエンさんも女性だし」
「女の人だけが働いてるから頑張ってって言ったんじゃない?だとしたら性差別だよ。あ!お祖母ちゃん以外に日本人が居なかったからかな?外人さんに囲まれて大変ですね、って。それだったら人種差別だよ、人種差別」

千枝は高校のグループ学習で差別問題に取り組んでいるせいか、やたらとディスクリミネーションを絡めてくる。

「人種差別って大袈裟ね。あのお客さんは、そんなつもりで言ったんじゃないと思うよ」
「そんなつもりはなくても、人は無意識に差別するんだよ」
「厳しい事を言うねぇ、千枝ちゃんは」
「とにかく、そのお客さんは、働いてるお祖母ちゃんを見て、憐れんだんだよ」
と千枝が三つ目のコロッケに手を伸ばす。早苗は、そうよねぇ、と溜息をつく。

「若い人はね、もっと他に良い仕事をすればいいのよ。コンビニの仕事なんて年寄りに任せておけばいいの」

お祖母ちゃん、それは職業差別だよ。ほら、やっぱり人は無意識に差別をする。

千枝はコロッケを齧って、そう思った。


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出し尽くしても出し尽くしても









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