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短編【ネット検索】小説


「突然だけど、今日、お前の家に泊めてくれないか?」
ゼミ終了後、宮川みやがわあたるに飲みに誘われて大学近くの居酒屋【春夏酔陶しゅんかすいとう】にやってきた平田ひらた篤史あつしは、開口一番に言い放った宮川の言葉に少し驚いた。

「え?いいけど、いきなりどうした?その年で家出か?」
「みたいなもんだ」

宮川了と平田篤史は大学で同じゼミナールに通う二年次生で気が合い、いつしか互いに飲みに誘う仲になっていた。平田は地方から出てきてアパートに住み、宮川は地元で実家暮らしをしている。

「おいおい、どうした急に。何か悩みでもあるのか?」
「悩みって言うか・・・なんて言ったらいいのか・・・」
「なんだよ。俺とお前の仲だろ?なんでも相談しろよ」
「親父の事なんだけど」
「親父?お前の親父がどうした」
「最近、パソコンを教えてくれっていいだして」
「いいじゃないか。今日日きょうび、パソコンなんて八十過ぎたじいさんだってやってるぞ」
「まあ、それはいいんだよ。で、俺、親父に聞いたんだよ。パソコンで何がしたいんだって」
「うん」
「そしたらインターネットがしたいって言い出してさ」
「ネット!いいじゃない、教えてやれよ」

宮川は高齢出産で母親はずいぶん前に亡くなっている。父親はもうすぐ古稀を迎える。そういうプライベートな事も平田は知っている。

平田は【春夏酔陶】の人気メニュー、『にんにく醤油チキン唐揚げ』を奥歯で噛む。にんにくの風味が絡まった濃い脂の鶏肉の汁が舌根に満ちる。そこにすかさずビールを流し込む。くー!と平田は至福に顔を歪める。

「それはいいんだよ。で、ネットで何がしたいのかって聞いたら、将棋とか碁とかのネット対戦がしたいって」
「いいじゃないの、まだまだ若い証拠だよ」
「うん。それで、30分くらい使い方を説明したんだよ。うちの親父、要領がいい方だから直ぐに使い方覚えて、後は3時間くらい自分の部屋にこもって、俺のパソコン借りて親父一人でネットをしてて」
「ほう。いいんじゃない?あの年で何かに熱中できるっていいことだよ」
「それでさ、俺もちょっと作業しなきゃ成らない事があったから、パソコン返してもらおうと親父の部屋に行ったんだよ」
「ほう」
「俺が急に部屋に入ってきたもんだから、親父あわてプラウザを消して、なんだかソワソワしててるんだよ。んで「ノックくらいしろ!」って怒り出して」
「ほほう。読めてきたぞ。まぁ、親父さんも男だからな」

そう言って平田は『梅タコわさびの冷奴』に箸を入れ口に放る。梅肉よりわさびの量が多かったのか、鼻を突き抜ける刺激に眉間の皺を深くするが、それはそれで美味い。

「俺もこれは怪しいと思ってね。ノートパソコン返してもらった後でネットで何を検索したのか履歴を調べたんだよ」
「おいおいおい。そんな事するなよー。お前も男なら察してやれよー!で、なにを検索してたの?まさか洋物じゃないだろうな。いや!熟女物ってのもありえるな!お前の親父さん、60代後半だろ?熟女って言っても年下かもしれんしな。この場合はロリコンって解釈してもいいのかな?で、履歴調べたの?」
「うん。履歴を調べたら、そこには」
「そこには?」
「・・・・・・・・・『息子、殺害方法、保険金』って検索されてたんだよ」
「え?何だって?」
「『息子、殺害方法、保険金』・・・・・・・・・おれ、恐くなっちゃって、もう家に帰れないよ・・・」

そう言う宮川は、料理に全く口をつけていなかった。

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