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【声劇台本】雪景

登場人物
 順也♂
 琴美♀
※年齢は「成人、同年代」という制限内で自由に解釈可。

上演時間
 10分弱

【本編】

順也:琴美……?

琴美:あっちゃー。見つかったか。

順也:お前、なんでこんなところに。

琴美:ちょっとね、雪が、見たくなって。

順也:雪、って。

琴美:すごいよねー、改めて見ると。
琴美:真っ白でさ。すっごい綺麗。
琴美:何年ぶりだろ。

順也:嫌いだ、って言ってたじゃん。
順也:寒いのも、雪も。

琴美:うん。そうなんだよね。
琴美:そうなんだけどさ。

順也:なんだよ。

琴美:あの頃はさ、若すぎたっていうか。
琴美:焦ってたんだよね。

順也:焦ってた、って。

琴美:そう。
琴美:もっと、たくさん、見たことがないものに触れたくて。
琴美:雪ってさ、全部、隠しちゃうでしょ。
琴美:遠くの音も消えて、しーんとしちゃう。
琴美:怖かったんだ。自分も覆い隠されそうで。

順也:それで、行っちまったのかよ。

琴美:それだけじゃないけどね。
琴美:寒いの苦手なのも、ほんとだし。

琴美:……寒。
琴美:ね、あのお店、まだある?

順也:え、ああ、"金魚鉢"? あるけど。

琴美:そう! 久しぶりにさ、あそこのナポリタン食べたい!
琴美:ね、付き合ってよ。

順也:いや、俺、昼飯食ってきたとこなんだけど。

琴美:あたしまだだもん!
琴美:いいじゃん、珈琲でも飲んでれば。

順也:ええ……

琴美:さ、いこいこ! ね!

(間)(喫茶店に移動)

琴美:これこれ! いっただっきまーす!

順也:好きだねえお前。
順也:パスタならもっと美味い店あるんじゃねえの。

琴美:わかってないなあ。
琴美:これはね、パスタじゃなくてスパゲッティ。
琴美:太めのちょっともったりした麺、甘めのケチャップ味、しっかり炒めた焼き色。
琴美:どこをとっても、由緒正しい、喫茶店のスパゲッティ・ナポリタンでしょ!

順也:(苦笑しながら)由緒正しい、ねえ。

琴美:それこそ、おしゃれなお店とか、本格イタリアンとか、増えすぎてさ。
琴美:こういう、ザ・ナポリタンみたいなの食べられるお店、貴重なんだから。

順也:そういえば、イタリアにも行ってたんだっけ?
順也:絵葉書もらったような。

琴美:行ったねえ。
琴美:あんときはね、つらかった。
琴美:いや、本場のイタリアン、美味しかったけどさ。
琴美:遺跡とか、オペラとか、面白いものもたくさん見たし。
琴美:でも感動したのは最初だけよ。
琴美:しばらくすると、この、「日本の喫茶店のナポリタン」が食べたくなってさ。

順也:そんなもんかね。
順也:せっかく新しいもの探しに行ったのに。

琴美:いいじゃん別に。温故知新ってやつよ。

順也:……逆じゃね? それ

琴美:細かいなあ、相変わらず。

順也:いや、だって、新しい体験をして古いものの良さを知ったって話でしょ? 
順也:古きをたずねて新しきを知る、とは全く逆じゃん。

琴美:いいでしょ。伝わってるんだから。

順也:そんな大雑把な。

琴美:あんたが細かすぎるの。

順也:そうかなあ?

琴美:そうなの。

順也:ま、いいけどさ。
順也:どっちでもいいけど……勝手な話だよな。

琴美:何よ、それ。

順也:だって、結局元のものが良かった、なんて。
順也:そんなふうに思うくらいなら、最初からどこにも行かなきゃいいのに。

琴美:だって、行かなきゃわかんないってことだってあるじゃん。

順也:お前さ、残されたやつのことは考えないわけ?
順也:お前がいなくなったことに、喪失感を抱いた奴がいるかもしれないってさ。
順也:そいつがやっと慣れた頃に、勝手に戻ってきて、やっぱりこっちが良かったなんて。
順也:虫が良すぎるだろ。
順也:一度離れたなら、責任もって、自分が失ったものの重さを、抱えていけよ。
順也:翻弄される身にもなってみろっての。

琴美:順也、あんた……
琴美:それ、自分の話?

順也:ばっか。ちげーよ。
順也:一般論だよ。
順也:そう言うこともあるかもしれないって話。

琴美:本当に?

順也:本当だって。だいたい、俺は慣れてるし。

琴美:そっか。そうだよね。
琴美:この街に引っ越すの決めた時だって。

順也:ああ、あん時はびっくりしたよ。
順也:自分がほぼ同時にこっちに転勤なったのも、驚いたけどな。

琴美:それ! すごい偶然よね。

順也:腐れ縁ってのはこう言うことかと思ったよな。

琴美:ほんとそれ。

(二人、笑う)

琴美:……ねえ

順也:ん?

琴美:雪、見たいな。

順也:もう見たじゃん。

琴美:じゃなくて、もっと広いとこで。一面の雪の原、みたいな。

順也:ああ。じゃあ……前田なんか、いいんじゃないか?

琴美:森林公園? 遠いなあ。

順也:そうでもないよ、こっからなら、バス乗っちゃえば。

琴美:そうだっけ。

順也:待って、調べてみる。
順也:ていうか、さっさと食っちゃえよ、それ。

琴美:あ、そうだった!

(間)(公園に移動)

琴美:これは……

順也:な?

琴美:うん。

順也:ほんっと、雪なんか嫌いって言ってたくせにな。

琴美:うるさい。さっき言ったでしょ。
琴美:離れてみたらさ、懐かしくなっちゃったのよ。

順也:満足した?

琴美:……うん。
琴美:ありがとね。つきあってくれて。

順也:いや、慣れてるからさ。
順也:お前のわがままには。
順也:それに……

琴美:ん? なに?

順也:いや、懐かしく思ってたとこだったからな。
順也:もう、そんなこともないんだって思ったら、さ。
順也:お前に、振り回されるのも、悪くなかったな、なんて。

琴美:あ……
琴美:知って、たんだ。

順也:そりゃそうだろ。
順也:家族ぐるみで付き合いのあった幼馴染だぞ。
順也:いくらお前が連絡絶ったつもりでもさ。
順也:実家に連絡が行く以上、俺にも伝わるっての。

琴美:そっか。そうだよね。
琴美:あの……ごめんね。

順也:謝るようなことじゃねえだろ。
順也:お前が飛行機落としたわけじゃあるまいし。

琴美:でも……
琴美:知ってたからさ。待っててくれてるの。

順也:別に、俺は……

琴美:違うの?

順也:いや。
順也:待ってた、っていうか。
順也:ただ、お前がいなくなってから、知ったこととか、見たものとかさ、
順也:そういうの、教えたい、見せたいって、そう思ってた。

琴美:うん。

順也:覚えておこうって、思ってたよ。
順也:お前に見せるまで、ちゃんと。

琴美:うん。

順也:本当いうと、ここもその一つなんだ。
順也:だから
順也:お前が雪が見たいって言ってくれて、良かったって思ってる。

琴美:うん。
琴美:ありがとね。

順也:おう。

琴美:……じゃ、もう行くね。

順也:うん。
順也:(慌てて)あ、あのな。

琴美:なに?

順也:また、雪、見にこいよ。
順也:待ってるからさ。

琴美:……うん。
琴美:そうだね。

順也:じゃあな。

琴美:うん。
琴美:さよなら。

順也:(ため息)
順也:結局、言えなかったな。


あとがき

Radiotalk ひやむぎ。様の企画「ラジオドラマシアター」向けに書いた作品。
2/25、ひやむぎ。さんのライブ配信にて初披露されました。
フリー台本として、ご自由に使用していただいて結構ですが、上演後であってもご一報いただけると大変嬉しいです。
タイトルは静岡のアイドルグループfishbowlの楽曲から。内容的にも同曲にインスパイアされた作品であり、いくつかのモチーフ、語句に歌詞を思わせる部分がありますが、楽曲そのものをけいりんがこう解釈しているというわけではありません。ただ、いい曲なのでよろしかったら聞いてみていただけると嬉しいです。各種サブスクでも聞けます。

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