【声劇台本】夏祭りの待ち合わせ

登場人物
 雄平(18)♂
 礼子(16)♀
 礼子(28)♀
※礼子(16)と礼子(28)は同一キャストでOK

上演時間:50分程度

※()内の状況説明は演者がイメージしやすいように付加したもので、必ずしも音を補う必要はありません。

※※フリー台本です。上演はご自由に。上演後であってもご連絡いただけると踊って喜びます。

【本編】

雄平・礼子(タイトルコール):「夏祭りの待ち合わせ」

雄平:(ナレーション)夏祭りの夕方。鳥居の下に、その女の子は、浴衣姿で、一人、佇んでいた。

雄平:ねえ、君さあ。

礼子:え? なんですか?

雄平:ずーっとそこに立ってるよね? 待ち合わせ?

礼子:はい。

雄平:本当に? だってすっごい前からずーっとそうしてるよね?

礼子:……ずーっと見てたってことですか?

雄平:いやそれは……
雄平:や、俺のことはいいんだって。今は君の話。
雄平:すっぽかされたんじゃないの?

礼子:そんなこと、ない、です。

雄平:ほら、自信ないんでしょ。

礼子:そんな、こと……。

雄平:スマホは? 連絡してみた?

礼子:え? あ、ケータイ、忘れてきちゃって。

雄平:あらら。なんなら俺の貸そうか?

礼子:本当ですか!? あ、でも……。

雄平:あー、番号覚えてないか。普通アドレス帳使うもんね。

礼子:……はい。

雄平:困ったねえ。

礼子:困りました。

(間)(十数分後)

礼子:あの……。

雄平:え?

礼子:えっと、いつまでそこに……。

雄平:君こそ、いつまで待ってるつもり?

礼子:あたしは、待ち合わせしてるから。

雄平:そりゃそうだけどさ。もう来ないんじゃない?

礼子:来ますよ。

雄平:そう? だって俺が来てからだけでももう……十五分くらい経ったでしょ。

礼子:それです。なんで関係のないあなたまで、そこで十五分もぼーっと突っ立ってるんですか。

雄平:いやあ実はさ……それこそ、すっぽかされちゃって。

礼子:え?

雄平:つーか、まあ、ふられちゃったんだよね、つまり。

礼子:それは……ご愁傷様です。

雄平:御愁傷様は大袈裟だけど(笑)
雄平:まあ、なんとなく、俺の方も、そろそろ終わりかなーとは思ってたんだけどさ。
雄平:何も、待ち合わせに来たとこに、別れの連絡よこさなくてもって思うよね。

礼子:それは。

雄平:おかげで暇なのよ、要するに。

礼子:でも、だからって、初対面のあたしに張り付かなくても。

雄平:あー、そっか、うん。
雄平:いや、なんていうかさ。一人で祭り見物って気にもなれないし、帰るのも寂しいし?
雄平:そう思ってたら、君が人待ち顔でずーっと立ってるじゃん?
雄平:それで、思ったんだよね。
雄平:君が待ってる誰かに会えたらさ、俺も、ハッピーなシーンで塗り替えて、今日を終われるかなって。

礼子:それで、ずっと。

雄平:そう。いや、声かけたのはさ、あんまり、寂しそうだったから。

礼子:なんですかそれ。いつもそう言ってナンパしてるんですか?

雄平:いや違うって。そんな、ナンパなんて、したことないし。

礼子:じゃあこれ、なんなんですか?

雄平:これは……
雄平:いや、とにかく違うんだよ。

礼子:説得力なさすぎ。

雄平:弱ったな。

礼子:ほら、言い返せない。

雄平:いや、でもさ、
雄平:その……君の、待ち合わせの相手さ、本当に、くる?

礼子:(ため息)
礼子:ですよね。
礼子:本当は、わかってたんです。
礼子:さっきだって、ほんと言うと、もう諦めて帰ろうかなって思ってたとこで。

雄平:うん。そっか。

礼子:約束したんだけどなあ。どうしちゃったのかなあ。

雄平:あの、だったらさ。

礼子:え?

雄平:よかったら、せっかくだし、二人で祭り、見て行かない?

礼子:やっぱりナンパじゃないですか。

雄平:あ、いや、そういうんじゃなくて……
雄平:無理にとは言わないし。
雄平:でもさ、せっかくそんな可愛い浴衣まで着たのにさ、勿体無いじゃん。

礼子:それは……確かに。

雄平:俺もさ、ちょっと悔しいんだよね、このまま帰るの。

礼子:悔しい?

雄平:だってさ、明かりはキラッキラだし、お囃子は楽しそうだし、ずーっとみんなニコニコ顔で目の前通っていきやがって。家族連れだのカップルだの。
雄平:孤独なのは俺だけかよ、って思ってさ。
雄平:このまま帰るのも、夢見悪そうっていうか。

礼子:でも……。

雄平:大丈夫。誓って変なことしないから。

礼子:そういうのが一番信じられないんだよなあ。

雄平:いやいやいやいや。
雄平:これでもよく言われるんだぜ、人畜無害って。

礼子:それ、馬鹿にされてません?

雄平:え、いや、褒め言葉っしょ?

礼子:(笑い混じりに)そうかなあ。

雄平:ほら笑ってんじゃん。
雄平:一緒にいたら、少しは楽しいって。

礼子:じゃあ……ちょっとだけ。

雄平:ほんと? やった!
雄平:じゃ、いこっか。どこから回る?

礼子:そうですね、とりあえず、お腹空きません?

雄平:じゃ焼きそばかな? それともお好み焼き?

礼子:うーん、先に目についた方で。

雄平:どれだけ腹減ってんの(笑)。


雄平:はい、たこ焼き。

礼子:ありがとうございます!

雄平:あ、いいよいいよ、俺が持ってるから。

礼子:あ、はい。
礼子:(ふーっ、ふーっ)
礼子:いただきま……あふっ、はふっ、はほっ。

雄平:あーあー、慌てるから。ほら、お茶。

礼子:はひ……
礼子:んくっ、んくっ……
礼子:はーっ。おいしー。

雄平:よかったの? たこ焼きで。腹足りる?

礼子:何言ってるんですか、他のものも食べるんですよ。

雄平:なるほど。

礼子:あ、えっと……あなたも。

雄平:雄平。

礼子:え?

雄平:俺の名前、雄平。

礼子:雄平くん、ですね。あたしは。

雄平:礼子さんでしょ。

礼子:えっ、あたし、名前言いましたっけ。

雄平:聞いたよ。だいぶ前に。

礼子:そうでしたっけ。

雄平:ほら、冷めないうちに食べた方がいいよ。

礼子:そうでした!
礼子:あの、雄平くんも、よかったら。

雄平:そ? んじゃ遠慮なく。
雄平:いっただっきまーす……あふっ、はふっ……。

礼子:慌てるからですよ。

雄平:ははっ。

礼子:ふふふっ。

雄平:おいしいね、これ。

礼子:はい! お祭りばなれしてます!

雄平:お祭りばなれ、か。
雄平:まあ確かに、俺の中のベストオブお祭りのたこ焼きが更新されたわ。

礼子:ベストオブお祭りのたこ焼き、って。語呂わるっ!

雄平:じゃあなんていうんだよ。

礼子:えーっと。たこ焼きアワード?

雄平:表彰するわけじゃないんだけど。

礼子:そっか、じゃあ、えっと。
礼子:ベストたこ焼き、でよくないですか。

雄平:お祭りが抜けてる。

礼子:細かいんですね、雄平くんって。

雄平:まあね。よく言われる。

礼子:褒めてませんよ。

雄平:えー。

礼子:ほら、早く食べないと。全部食べちゃいますよ。

雄平:あ、待って、せめてもう一個。


雄平:射的なんか久しぶりだな。
雄平:あの、ちっちゃいくまがいいんだっけ?
雄平:でっかいのじゃなくていいの?

礼子:いいんです。小さい方が可愛いし。

雄平:そういうもんか。
雄平:(一発目を撃つ)よっ、と。

礼子:どこ狙ってるんですか。

雄平:意外と辛辣だね。

礼子:だって、いくらなんでも今のは。

雄平:大丈夫、弾五発だから。
雄平:(二発目を詰めながら)あと四回もある。

礼子:そうですか?

雄平:(二発目を撃つ)ここだっ!

礼子:ああ、また……。

雄平:近づいてる近づいてる。
雄平:(三発目を撃つ)よっ!

礼子:また、離れましたよ。

雄平:誤差誤差。次こそ慎重に……
雄平:(四発目を撃つ)えいやっ!

礼子:……ラストワンですけど。

雄平:これで当たれば、もー、まん、
雄平:(五発目を撃つ)たいっ!

礼子:あっ!

雄平:当たった!

礼子:隣ですけどね。

雄平:いいじゃんいいじゃん。
雄平:ほら、この……えっと、
雄平:なんだこれ、かっぱ?
雄平:これだってよく見れば意外と可愛いと言えなくも。

礼子:いりません。

雄平:えー?

礼子:いいんです。もらっても、困るし。

雄平:そう言わないでさ、二人の思い出に。

礼子:思い出って、ふられた同士慰め合った思い出ですか?

雄平:そう言っちゃうと、身も蓋もないねえ。

礼子:他にどう言えっていうんですか。

雄平:いいじゃん。少しは楽しめたならさ、その思い出ってことで。

礼子:まあ、そりゃ、楽しいけど……。

雄平:え? 何?

礼子:なんでもありません。とにかく、もらっても困るんで。

雄平:そう? じゃあ……俺が大事にとっとくよ。礼子さんの思い出に。

礼子:やめてくださいよ。ふられたばっかりのくせに。

雄平:いいじゃん。せっかくのお祭りなんだから。

礼子:せっかく、って。そういう問題ですか?

雄平:だってさ、あのまま帰っちゃってたらさ。
雄平:これから先、お祭りの景色を見たり、お囃子聴いたりするたびに、思い出すことになるでしょ。
雄平:あのとき、あいつ、来てくれなかったなあって。

礼子:あれ、雄平くん、引きずるタイプですか?

雄平:そんなことないけど。
雄平:でも、そういうことってあるじゃん。
雄平:ソフトクリーム食べると遊園地に行ったこと思い出すとか、あの曲聴くと叱られて泣いてた時の気持ちが蘇ってくるとか。

礼子:花火を見ると思い出す人がいる、とか?

雄平:そうそう、そういうやつ。
雄平:とにかくさ、せっかくのお祭りを、悲しい記憶で終わらせたくないなって。
雄平:楽しかった思い出と紐づけとけば、次のお祭りの時も、ちょっとは楽しい気分になれるでしょ。

礼子:だけど、悲しい記憶が消えるわけじゃないですよね。

雄平:そりゃ、そうだけど。

礼子:それに……
礼子:楽しい記憶って、なくすのが、怖くなりませんか。
礼子:次のお祭りの時、幸せだったらいいけど。
礼子:そうじゃなかったら、あの時はあんなに楽しかったのにな、って、かえって悲しい気持ちになりませんか。

雄平:それは、そういうことも、あるかもしれないけど。

礼子:でしょう?

雄平:それでも、俺は楽しい思い出は多い方がいいと思うな。
雄平:だって、人が次の一歩を踏み出せるのって、結局、また楽しいことがあるかもしれないって思えるからでしょ。

礼子:そうでしょうか。

雄平:うん、俺は、そう思う。それに。

礼子:え?

雄平:俺みたいな、行きずりっていうか、ノリで遊んだだけの相手ならさ、いなくなったからって、悲しむ要素ないでしょ。

礼子:(笑いながら)そうですね。

雄平:あ、なんだよ、少しは否定してくれても。

礼子:自分で言ったんじゃないですか。

雄平:そうだけど。

礼子:うん、あたし、思い出せますよ、きっと。お祭りを見るたびに。
礼子:あの時、ふられたばっかとか言いながら、いやに馴れ馴れしく話しかけてきた男の子がいたなって。
礼子:自信満々のくせに射的ヘタクソだったなって。
礼子:本当に変な人だったなって。

雄平:ひっど。

礼子:そうですか? そのまんまですよ?

雄平:いや、そうだけど。

礼子:じゃあいいじゃないですか。
礼子:思い出すたびに、きっと笑えるし。

雄平:思い出して、くれる?

礼子:忘れませんよ、こんな変な一日。
礼子:あ、やきそば!

雄平:食べる? じゃ、その辺にいてよ。買ってくるから。


雄平:あっ!

礼子:また、破れました?

雄平:おかしい。そっちのポイ、何か細工があるんじゃないの?

礼子:そんなわけないじゃないですか。

雄平:いーや絶対おかしい。
雄平:おいちゃん、女の子には分厚いやつ渡してるんじゃないの?

礼子:やめてくださいよ失礼です……よっと(金魚を掬う)。

雄平:またとれたの? 何匹目?

礼子:四匹目ですね。こんなもんかな。

雄平:え、やめちゃうの? まだいけるんじゃね?

礼子:だって、あんまりたくさん袋に入れたらかわいそうだし。
礼子:それにそろそろ限界です……
礼子:(金魚を掬おうとする)よっ!

雄平:あっ。

礼子:ほらね。

雄平:破けた。

礼子:なんで嬉しそうなんですか。

雄平:いや、別にそんなことは。

礼子:性格悪くないです?
礼子:だいたい、あたしのが破けたのは四匹取ってからで、一匹もとれずにポイ三本も無駄にした雄平くんとは全然違うんですけど。

雄平:う、うるさい。性格悪いのはどっちだよ。

礼子:本当のことですよ?
礼子:(お店のおじさんに)あ、一つでいいです。

雄平:ですよねー。

礼子:え?

雄平:いや、いいよいいよ、分けてもらおうとか思ってないしほんと。

礼子:何言ってるんですか。はい、これ。
礼子:(金魚の入ったビニール袋を差し出す)

雄平:え?

礼子:あげます。

雄平:そんな、悪いよ、だって。

礼子:いいんです。うち、飼えないから。

雄平:猫でもいるの?

礼子:まあ、そんなとこです。それに。

雄平:え?

礼子:雄平くん、思い出が欲しいんでしょ? だから。

雄平:礼子さんは、いらないの?

礼子:あたしは……そうですね、思い出は、思い出だけで十分、っていうか。

雄平:なにそれ。

礼子:物とか、いらないんです。あっても困るし。
礼子:悲しい思い出に変わるのが怖いし。

雄平:ああ、さっき言ってたやつ?

礼子:はい。
礼子:臆病なのかな、あたし。でも、どこかで思っちゃう。
礼子:なくしちゃうものなら、ない方がいいって。

雄平:あの人のことも?

礼子:えっ?

雄平:礼子さんが待ち合わせしてた相手のこと。
雄平:その人のことも、そう思う? 
雄平:どうせ会えないなら、待ち合わせなければよかった、とか。

礼子:それは……。

雄平:俺さ、思うんだ。
雄平:人でも、物でも、何かを失って悲しい気持ちになるのはさ、それが本当に好きだったからでしょ。
雄平:それが大切だったから、無くしたことが辛いんでしょ。
雄平:だったら、最初から出会わなければよかった、なんてさ、矛盾だと思うんだ。

礼子:矛盾?

雄平:だってそうでしょ。
雄平:好きにならなきゃ悲しくならない。
雄平:悲しくならないなら好きにならない理由はない。
雄平:つまり、好きにならなかったら、好きにならない理由がない、ってことになっちゃう。
雄平:逆に、好きだから悲しいんだ、そう思えたらさ、悲しさも、好きになれそうな気がするんだ。

礼子:嘘つき。

雄平:え?

礼子:だって、自分だって、悲しいだけなのは嫌だから楽しい記憶で上書きする、なんて言ってたくせに。

雄平:いや、あれは。

礼子:いいじゃないですか。逃げ出したって。悲しいこと避けたって。
礼子:いっときの楽しさで忘れられるくらいなら、最初から辛くなったりしません。
礼子:忘れられなくて、逃げられなくて、苦しくて、どうしようもなくて、そんな思いするくらいなら好きにならなきゃよかったって、そう考えるのがそんなにおかしいですか?
礼子:矛盾? いいじゃないですか。矛盾しちゃいけないんですか?
礼子:そうでも思わないとやってられない、そんな経験、雄平くんにはないんですか。
礼子:忘れるために忘れたいなんて思ってるわけじゃないんですよ。
礼子:忘れられないから、忘れたいって、必死でその気持ちに縋り付くんじゃないですか。

雄平:あ、うん……ごめん。

礼子:えっ(我に返って)
礼子:あ、あたし……ごめんなさい、こんなこと、言うつもりじゃ。

雄平:いや、礼子さんの言うとおりだと思うよ。
雄平:きっと、逃げてるのは、俺の方なんだと思う。
雄平:それでも。

礼子:あ。

雄平:あっ。

雄平・礼子:花火……。


雄平:(ナレーション)次々上がる色とりどりの花火を、俺たちは声もなく見上げていた。夜空に大きく花開き、はかなく消えていく、音と光の饗宴。やがて、その合間を縫うようにして、切れ切れの声が聞こえてきた。


礼子:(嗚咽)

雄平:ちょ……礼子さん、なに、どうしたの?

礼子:あたし……ごめんなさい、忘れてて……。

雄平:あ……。

礼子:雄平くん……会ってたんだね。何度も、何度も。

雄平:正確には、今年で十回目かな。

礼子:なんで、黙ってたの?

雄平:なんでって、今までに何度も試したからね。去年のことやその前の年のこと、思い出してもらおうって。
雄平:いいかげん諦めるよ、そりゃ。

礼子:そっか。そうだよね。

雄平:ありがとうね、あの時。

礼子:えっ?

雄平:最初の時。迷子だった俺を、助けてくれて。

礼子:そうだったね。
礼子:雄平くん、あの時はあんなに小さかったのに。

雄平:九歳だからね。小学四年生。

礼子:目に涙いっぱいに溜めてるくせに、なんか強がっちゃてさ。かわいかったなー。

雄平:やめてよ。恥ずかしい。

礼子:次の年も、覚えててくれたんだよね。

雄平:そうなんだよ。
雄平:あ、あの時のお姉さんだって、駆け寄って挨拶したのに、礼子さん、覚えてねえんだもん。

礼子:うん、ごめんね。あたし、ずっと、繰り返してるだけだったから。

雄平:いや、そう気づいて納得したけどさ。最初は、ちょっと寂しかったし、怖かったな。

礼子:怖い?

雄平:だって、綺麗さっぱり忘れてるんだもん。
雄平:何このお姉ちゃん、ってなったよね。

礼子:それでも毎年話しかけてくれてたんだね。

雄平:それは……。

礼子:ん?

雄平:いや、好奇心だよ。子供特有の。

礼子:いつ気づいたの? あたしが毎年同じこと繰り返してるって。

雄平:六年生の頃には、薄々そうなのかもって。

礼子:どうしてわかったの?

雄平:そりゃ、だって、毎年同じ浴衣だしさ。顔とか髪とかも、変わる様子もないし。

礼子:若くて綺麗なままだなーって?

雄平:いや、子供だったからそんなふうには考えなかったけどさ。
雄平:俺、年の離れた兄ちゃんがいてね。それと比べて、あまりにも変わらなさすぎるなって。

礼子:そっかー。

雄平:毎年言うこと一緒だったしね。

礼子:「お姉さん、ここで人待ってるんだ」って。

雄平:そうそう、それ。

礼子:いつごろからだっけ。遊びに誘ってくれるようになったの。

雄平:二年目には、もう言い出してたよ。一緒に遊びにいこって。
雄平:礼子さん、頑なに待ち合わせ場所から動かなかったけどね。

礼子:だって、離れてる間に来たら、って思うじゃん?

雄平:しょうがないから俺が食べ物とかおもちゃ買ってきて、入り口のとこで見せてたんだよな。

礼子:子供にあんまり冷たくもできなくてね。

雄平:え、でも冷たくなったじゃん、そのあと。中二くらいの頃かな。

礼子:だって、思春期越えるとさ、ちょっと、警戒心出てくるって言うか。

雄平:まあ、そうだよな。正直自分でもあの頃が一番危なかったなって思うもん。

礼子:危ないって、そんなに尖ってたの?

雄平:そういうわけじゃないけど。強引に手を繋ぐぐらいのことはしかねなかったかな。

礼子:なにそれかわいい。

雄平:いや、男子中学生のリビドー甘く見ちゃダメだって。すぐ天井知らずにエスカレートするんだから。

礼子:何よ、今は違うみたいに。

雄平:違うよ? 変なこと、しなかったでしょ?

礼子:確かに。さすが人畜無害。

雄平:まあね。

(二人で笑う)

礼子:……ねえ。

雄平:ん?

礼子:もう、知ってるんだよね。あたしのこと。

雄平:あ、ああ、うん。

礼子:よかったら、教えてくれないかな。あたしまだ、記憶が……ぼんやりしてて。
礼子:あれから、何年経つんだろ。

雄平:十二年。

礼子:そんなに? そっかー。あたし、そんなに繰り返しちゃってたのかー。

雄平:うん。

礼子:夏、だったんだよね。

雄平:うん。お祭りの日。
雄平:高校二年生だった礼子さんは、当時の彼氏さんと待ち合わせてて、そこに向かう途中で。

礼子:着付けとか髪のセットとかうまくいかなくてさ。遅れそうになっちゃって、焦ってたんだよね。

雄平:うん、それで、無理に道路渡ろうとして。

礼子:すごい音がしたのは覚えてる。トラック?

雄平:いや、普通の乗用車だけど。

礼子:相手の人は? 怪我とかしてない?

雄平:たぶん、無事。

礼子:でもきっと、賠償とか大変だよね。悪いことしちゃったな。

雄平:いや、礼子さんのせいじゃないでしょ。

礼子:慣れない服に履き物で無理な横断なんてさ、あたしのせいだよ。

雄平:うーん。

礼子:彼氏は? どうしてるか、知ってる?

雄平:あー。一応、調べたけど。

礼子:まさか、まだあたしのこと想ってたりは、しないよね?

雄平:それは、その。

礼子:いいよ変な気使わなくて。十二年も経ってるんだし。

雄平:うん、わかった。
雄平:いや、それでもね、しばらくは、礼子さんのこと、想ってたみたいだよ。
雄平:でも、やっぱりね、いつまでもは。

礼子:そう、だよね。

雄平:うん。
雄平:俺、祭りに連れてきたかったんだけどさ。礼子さんと、会わせたくて。
雄平:だけど俺みたいな見知らぬ高校生がそんなおかしな話ししたって、信じてもらえるわけなくて。

礼子:うん。ありがとうね、そこまでしてくれて。

雄平:いや。

礼子:幸せにしてる?

雄平:彼氏? うん、多分。去年、結婚したって。

礼子:そっか。よかった。

雄平:礼子さん……。

礼子:寂しいけどね。あたしにとってはついさっきのことなんだし。
礼子:でも、しょうがないよね。十二年って言われちゃったらね。

雄平:ごめん。

礼子:なんで雄平くんが謝るの?

雄平:いや、だって。

礼子:変に気使わないでよ、あたしみたいな……地縛霊なんかにさ。
礼子:お祭りのたびに、いけなかった待ち合わせ場所に、毎年毎年。

雄平:あ、いや、地縛霊ってわけじゃ。

礼子:え? ああ、動き回れるから? そっか、じゃあ……浮遊霊?

雄平:いや、っていうか、幽霊ですらないよ。

礼子:え? だって。

雄平:そもそも死んでないよ、礼子さん。

礼子:そう……なの?

雄平:そう。意識不明のまま。今も病院のベッド。

礼子:えっ? ちょっ、じゃああたしって……一体。

雄平:生き霊ってやつだね。

礼子:ええ……待ってよ、それじゃあたしは実際は……
礼子:えっと、最後に覚えてるのが十六の誕生日だから。

雄平:二十八歳だね。

礼子:こらっ、はっきり言うなっ!

雄平:あ、ごめん。

礼子:ていうか……マジで? 完全に十六の乙女のつもりなのに……アラサーとか……。

雄平:なんて言っていいか。

礼子:いいよ、余計なこと言わなくて。でも、ショック。

雄平:落ち込まなくていいと思うよ。綺麗だったし。

礼子:綺麗、って、ちょっと待って、雄平くん。
礼子:あなた、あたしの姿……。

雄平:あ、うん。見た。病院で。

礼子:ちょ、まじで……あーっ。

雄平:いや、だから大丈夫だって。そりゃ動けてないし、風呂だってままならないから色々と、その。

礼子:具体的に言わなくていい!
礼子:同世代だと思ってた男の子に、アラサーの自分を見られたってだけでも、なんていうか、こう……。

雄平:俺にとってはそれほど不自然じゃないんだけどな。初めて会った時も年上だったんだし。

礼子:それはそれでしょ! 年齢差もひろがってるし!

雄平:あー。まあ、少しはね。

礼子:どうしよう。いきなりそんな年齢だって言われても実感ないよ。

雄平:目が覚めたら、色々大変なんだろうね。

礼子:目……覚めるのかなあ。

雄平:わかんないけど、でも。

礼子:でも?

雄平:これまでで、初めてなんだよね。礼子さんが、全部思い出したのって。

礼子:そう……だっけ? いつも花火見て思い出してたんじゃないの?
礼子:だってあたし、彼氏と花火見るの楽しみにしてたからさ。
礼子:毎年、こんな感じで思い出してたのかなって。

雄平:いや、たぶん初めて。
雄平:最初のうちは俺が先に帰っちゃってたからわかんないけど。
雄平:でもここ何年かは、礼子さん、何も思い出さないまま、お祭りが終わる頃に消えちゃってたよ。

礼子:じゃあ、なんで今日だけ。

雄平:わかんないけどさ、たぶん……

礼子:たぶん?

雄平:意識、戻るんじゃない?

礼子:そうなの?

雄平:今まではさ、礼子さん、無意識のうちに、心残りだったことを何度も何度も繰り返してたんだよね?
雄平:その礼子さんが、他の記憶を取り戻し始めてる、っていうのは、つまり、現実の礼子さんの意識レベルが上がってきてるってことなんじゃないかな。
雄平:だからこのままいけば、多分、目が覚めるのかなって。

礼子:……やだ。

雄平:えっ。

礼子:やだよ、あたし……怖い。
礼子:十二年も世界から取り残されて、その間に起きたこと何も知らないんだよ?
礼子:心だけ十六歳のままなのに、いきなり大人の体の中に投げ込まれて、大人として扱われることになるんでしょ?
礼子:そんなの、やだ、怖い。

雄平:礼子さん……

礼子:目、覚ましたくない。このままがいい。
礼子:ねえ、雄平くんだって、そうでしょ? 毎年、今までみたいに、変わらないあたしとお祭りで会って、楽しく遊んで。それでいいよね? 
礼子:今までだってずっとそうしてきたんだもん。これからだって。

雄平:礼子さん、俺は……。

礼子:やだ、あたし、目なんか覚さない。ずっとこのままでいい。
礼子:ね、どうしたらいいかな? どうしたら、このまま眠っていられるかな?

雄平:礼子さん。

礼子:彼氏だって、もう待ってないのに。

雄平:聞いて、礼子さん。

礼子:やだ。やだよ。

雄平:聞いてってば!

礼子:雄平くん……。

雄平:礼子さん、俺ね。
雄平:えっと、その……礼子さんが、俺の……
雄平:初恋の人、なんだよね。

礼子:え、ちょっと、いきなりなんの話よ。

雄平:いつからかな。
雄平:俺が買ってきたおもちゃ見て、礼子さんがすごーいって言ってくれた時かな。
雄平:なんだか態度がよそよそしくなってきてからかな。
雄平:いや、ひょっとしたら、最初に会ったあの時から、俺はその、「優しくしてくれた綺麗なお姉さん」のこと、好きになってたのかもしれないって思う。

礼子:雄平くん。

雄平:俺さ、今日、彼女にふられたって言ったでしょ。初めてじゃないんだよね、そういうの。
雄平:そりゃ俺だって、それなりに好きだと思うから、付き合いはじめるんだけどさ。
雄平:でも、どっかで礼子さんと比べたり、逆に礼子さんを重ねたりしちゃうみたいで。
雄平:大体いつも決まって「他の人のこと考えてるでしょ」って言われて、愛想尽かされるの。
雄平:当たってるから、何も言えないよね。

礼子:なんか……ごめんね。

雄平:いや、礼子さんのせいじゃないっしょ。完全に俺の問題。
雄平:でさ、今日、本当は、礼子さんに彼女紹介して……って言っても、どうせ礼子さん俺のこと覚えてないだろうから、一方的に俺が、彼女連れて、礼子さんの前通って、勝手に紹介したことにして、踏ん切りつけようって思ってたんだ。
雄平:でも、まさか先にふられるとはね、思ってなかったけど。

礼子:「そろそろ終わりかなーと思ってた」なんて言ったのは?

雄平:そんなこと言ったっけ。

礼子:言ったよ。

雄平:そっか。うん、まあ、本音が出ちゃったかな。

礼子:本音?

雄平:うん。
雄平:彼女も最近、「ちゃんとこっち見てる?」なんて言うようになってたからさ、だからここらできっぱり、踏ん切りつけようなんて思ったんだよね。
雄平:でも、もう一つ思ってたことがあって。
雄平:そこまでしても、もし俺が、礼子さんのこと、忘れられなかったら。

礼子:忘れられなかったら?

雄平:彼女と別れて、礼子さんに、告白しようって思ってた。

礼子:はあ? どうしてそういう話に。

雄平:いや、むしろ自然でしょ。抑えきれない想いをついに告げる決心をしたんだから。

礼子:それは、だって、普通の人ならそうかもしれないけど。こんな……生き霊の、おばちゃんなんかに。

雄平:おばちゃんじゃねえし。

礼子:いや、そりゃこの姿は若いままだけど。

雄平:それにさ、もうすぐ目覚めるんなら、生き霊でもなくなるじゃん?

礼子:そしたら今度は全方位おばちゃんでしょうが。

雄平:おばちゃんじゃねえし。

礼子:まだ言うか。十代の男の子にとって、十歳も年上の女が、おばちゃんじゃなきゃなんなのよ。

雄平:礼子さんは、礼子さんだよ。

礼子:何当たり前のこと。

雄平:優しくて、笑顔が素敵で、いくつになっても綺麗な、俺の初恋の人。

礼子:ばっ……。

雄平:だからさ、このままでいいなんて、言わないでよ。

礼子:……元カノたちもそうやって口説いたの?

雄平:してないよそんなこと。礼子さんだけ。

礼子:嘘つき。

雄平:嘘じゃないって。

礼子:だけど……雄平くんが好きになったのは、この姿のあたしでしょ? だったらやっぱり、目が覚めないほうが。

雄平:やだよ。年に一回しか会えないし、毎年忘れられちゃうし、それに……。

礼子:何よ。

雄平:俺は、若いままの夢より、本物の礼子さんがいい。

礼子:……ばか。

雄平:だからさ、目、覚まそ?

礼子:そんなこと言ったって。本当に覚めるかどうか、わかんないよ? 自分でどうにかできる気もしないし。

雄平:じゃ、おまじないする?

礼子:おまじない?

雄平:眠り姫には、王子様のキスが特効薬、でしょ。

礼子:ばっ……ばか!

雄平:いやかな?

礼子:だって……変なことしないって言ったじゃん。

雄平:礼子さんがうなずいてくれれば、変なことじゃなくなると思うんだけど。

礼子:えーっ、ずるい!

雄平:そうかな。

礼子:だって、そんな都合のいい言い方。
礼子:それに、あたし、言っとくけど、まだ彼氏のこと忘れてないよ? 傷ついてるし、なんならまだ好きだよ?
礼子:そんな女で……そんな気持ちのまま他の男とキスするような女で、本当にいいの?

雄平:悲しい気持ちはさ、楽しいことで上書きすればいいんだよ。

礼子:あーっ、もう! 雄平くん、人畜無害とか、絶対嘘でしょ!

雄平:人聞き悪いなあ。で、どうですか?

礼子:ばか。聞かないでよ。

雄平:へいへい。

雄平:(ナレーション)ますます大きく、立て続けに花火が上がる中、俺は礼子さんと、今日初めて、触れ合っていた。唇と、唇で。そして。

雄平:あれ? 礼子さん? 礼子さん!?

雄平:消え……ちゃった。
雄平:目、覚めたかな……


雄平:(ナレーション)何日かあと。病院で。

雄平:こんにちは。来たよ。

礼子:こんにちは。えっと……どなたですか?

雄平:えっ? 礼子さん、まさか、覚えてないの?

礼子:ごめんなさい、あたし、最近まで、事故で意識なくて。

雄平:それは、もちろん知ってるけど。

礼子:記憶も、あちこち曖昧なんです。
礼子:あれ? でも、事故の前の知り合いにしちゃ、お若いですよね。

雄平:えーっと、なんて言ったらいいか。

礼子:あれ? でも、どことなく。

雄平:あ、見覚え、あります?

礼子:安全、そうな。

雄平:安全?

礼子:はい、女の子と二人きりになっても、すぐ手を出したりしなさそうに見えるっていうか。

雄平:あー。よく言われますけど……なんの話ですか。

礼子:それでいて、女の子口説くのうまそうな。

雄平:え。それ、矛盾してません?

礼子:あと、キスが、うまそうな。

雄平:……一応、初めてだったんですけど。

礼子:へえ。そうなんだ。

雄平:あーっ、もう! なんだよ、からかわないでよ!

礼子:ごめーん。なんかちょっと、照れくさくて。

雄平:まったくもう。退院、いつ?

礼子:多分もうすぐ。大体検査も終わったから。

雄平:じゃあさじゃあさ、デートしよ!

礼子:十二年ぶりのシャバだよ? 家のこととか、これからのこととか、それどころじゃないよ。

雄平:いいじゃん。デートでリハビリ、社会適応!

礼子:また都合のいいこと言って。

雄平:前向きに考えないとね。

礼子:それにあたし、彼氏にふられたばっかりだし。

雄平:自慢じゃないけど俺だってそうだよ。

礼子:本当に自慢になってないんですけど。

雄平:あはは。

礼子:ねえ。

雄平:ん?

礼子:ほんっとうに、本気?

雄平:本気。十年来の恋ですから。

礼子:あたし、彼のこと、まだ好きだよ?

雄平:家庭持ちのおっさんに負けるか。

礼子:ひど。それ言ったらあたしだっておばさんなんだけど。

雄平:礼子さんは、礼子さんだよ。

礼子:なにそれ。

雄平:年齢なんか、超越してるってこと。

礼子:超越って。

雄平:はっきり聞きたい?

礼子:何を?

雄平:好きだって。

礼子:ちょ……やめてよ。

雄平:嫌なの?

礼子:嫌じゃ、ない、けど……あたし、こんなおばさんだし。

雄平:また言う。いいんだって。礼子さんは綺麗だよ。

礼子:やめてってば。

雄平:ま、すぐにとは言わないけど……とりあえず、さ。

礼子:え?

雄平:連絡先、教えて?

礼子:自宅の電話になるけど?

雄平:そうなの?

礼子:だって、十二年前のケータイなんかとっくに解約扱いだし。スマホ?も、まだ持ってないし。

雄平:自宅に電話か。ご両親といっしょだよね?

礼子:当面はそうだねえ。

雄平:きっつ……。

礼子:しょうがないなあ。ケータイの番号、教えて?

雄平:えっ。

礼子:落ち着いたら、こっちから連絡するから。

雄平:え? え? 礼子さんから、連絡くれるの? まじで?

礼子:ほら早く。そこにメモ帳置いてあるから。

雄平:待ってよ、自分の番号なんて……えっと、これか。

礼子:書けた?

雄平:これ。

礼子:はい。

雄平:本当に連絡くれる? 本当に?

礼子:まあ、忘れなければ。

雄平:えー?

礼子:いいじゃん、ここ調べたくらいなら、家も知ってるんでしょ。どうしてもと思ったら会いにおいで。

雄平:ストーカーだって通報したりしない?

礼子:どうしよっかな。

雄平:からかうなってば。

礼子:そんなことよりさ。

雄平:何?

礼子:そろそろ、親、来ると思うんだけど。

雄平:げ。

礼子:あたし的にも、こんな若い知り合いがいる説明は、ちょっとめんどくさいのよね。

雄平:お、おう。じゃ、帰るわ。

礼子:それがいいね。

雄平:じゃ、連絡、ほんとにくれよ? 待ってるから。

礼子:わかった。約束する。あのね。

雄平:え?

礼子:ありがとう。
礼子:まだ、雄平くんの気持ちに応えられるかはわからないけど……
礼子:嬉しいんだ、この世界に、そんなふうに思ってくれてる人が一人はいるのが。
礼子:みんなに取り残されちゃったあたしも、まだここにいていいんだって思えて。

雄平:……礼子さん。

礼子:ほら、早くいきなよ。ほんとにそろそろ来るよ。

雄平:あ、ああ。じゃ、またね!

礼子:うん。またね!


雄平:はいもしもし……え? あ、礼子さん!? おおおおお! すっげー待ってた! 何してたんだよ。

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