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メイクすることは気持ち悪いことだと思い込んでいた

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本記事の本文はWEB天狼院書店に掲載されたものと同一です。

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「うーん! 我ながら高校生みたいな買い物をしたなぁ!」

「買ってきたけど、こんなに沢山入るポーチを持っていないのは盲点だった……」

購入品を広げて記念写真を撮りながら、1人しかいない部屋で私は思わず声を出していた。まさかメイクグッズをいくつも並べる日がやって来るとは。私が1番、驚いている。

 

10日前、イオンで若い女子が集まっている売り場に、勇気を出して30代の私は突入した。彼女たちの顔を見たら、カゴに入れると決めて足を踏み入れた自分の決意が揺らぎそうなほど不安が膨らんでいた。不安が弾けてしまわないよう、商品だけに視線を向けた。

 

化粧品を購入してからの10日で、夫が言うには、私はキャッキャと天真爛漫に振舞うようになってきたらしい。2カ月前までは「メイクすることは気持ち悪いこと」だと思っていた私が、今は「メイクは私を可愛くしてくれるもの」だと思っている。可愛くなろうと決めてからの表情や行動の変わり様は、ライザップのCMのビフォーアフター並みかもしれない。

 

 

 

私は、女性ながらメイクをすることに嫌悪感を抱いて生きてきた。

友達が綺麗にお化粧をしているのは、全く気にならない。ただ、『私が』綺麗になろうとすることが気持ち悪いと思っていたのだ。

 

おそらくその原因は、母だ。私が小学生の6年間で、3人の男性と不倫していた。

 

当時の私は純朴で、不倫という単語は知っていたが中身を知らなかった。仲良しの男性と夜にコーヒーとクッキーとおしゃべりを楽しんでいるのだと思っていた。男の子の家に遊びに行くのと同じイメージで、大人だからジュースではなくコーヒーを飲むのだと。

 

母の不在時に彼から電話が固定電話にかかってきたら、私は父にバレないよう応対し、帰宅後の母に「◯◯さんから電話があった」と伝書鳩をしていた。洗い物をするお手伝いと同じ感覚だった。すると母は、部屋に籠もり子機で長電話をする。母子旅行に偽装した不倫旅行にも、金閣寺に行けるのが嬉しくて着いていき、夜は1人で寝た。

そんな私も中学生になり、不倫の意味を知り、母にも自分にも嫌悪感を抱いた。

 

母は、お洋服にもメイク道具にもこだわっていた。当時、地元にはDIORなんて存在しなかったのだが、東京のデパートへ電話して商品を送ってもらっていた。実家には『◯円以上ご購入でプレゼント』されたノベルティが大量にある。

 

大学進学以降、化粧っ気のない私に母は何度も様々なサンプルをくれた。それを使うと、ドラッグストアで数百円の化粧水しか使っていない私の肌も、陶器のようにスベスベに見えた。でも、綺麗だなという気持ちよりも、私は母のようにはなりたくないという感情が勝っていた。

何人もの友人が、私の顔にメイクをしてくれた。目が大きくなり血色が出て写真映りも良くなった。ただ、見慣れない自分の姿が気持ち悪く、友人と別れた途端に顔を洗っていた。

 

だから私は、紫外線対策と最低限の身だしなみとして、下地とファンデーションを塗るだけで過ごしてきた。鏡も見ずに塗り広げ、お直しもせず、眉も描かず、チークもリップもアイメイクもせずに。

 

冷静に考えると、四半世紀前に母が何をしていようと、今の私には全く関係ない。母は単にお洒落だっただけで、邪な気持ちから綺麗にしていたわけではないかもしれない。私は一体何に囚われ続けてきたのだろうか。

 

 

自分を見つめ直すことに時間を費やしている今日この頃なのだが、その中で『本当はかわいくありたい』自分を認めてあげよう、と思い始めた。

コスプレした人が気持ちまでキャラクターになりきれるように、なりたい自分のイメージに合う服装やメイクをしてみよう。そう決心して行動しはじめた。まずは、お洒落な人が使っている“ブルベ”とか“イエベ”とか“骨スト”とかいう単語の勉強から始めた。

 

冒頭の場面で私が買い揃えたのは、CEZANNEのチークとアイシャドウとまゆ墨とマスカラ、CANMAKEのコンシーラーとシャドウ、そしてリップモンスター。中高校生御用達のプチプラ商品で、30代の私には拍子抜けするほど格安価格でお化粧道具を揃えることができた。

 

そして勇気を奮い立たせ、この話を夜中に夫へさらけ出した。

 

 

化粧道具を揃えてから10日後の今。私は、眉を描き、チークを頬に、リップを唇にのせ、ライティング・ゼミの課題提出のためにネットカフェにいる。お会計とドリンクバーでしか人とすれ違わないネットカフェへ出向くために、メイクした。

 

分かっている、これは多くの人にとっては「わざわざ文字にすることではない」行動なのだと。だけど今、お化粧してネットカフェにいる自分が、とても愛おしい。今更だけど、私が嫌だったのは不倫であって、メイクは憎む対象ではなかったのだ。

 

この文章を書きながら、ピンク色のDIORのポーチから化粧品をカチャカチャ取り出す自分の姿を想像してみた。意外と、悪くない気がしてきた。お正月に実家へ帰ったら、「お母さんが使わないDIORのポーチ、できればピンク色がいいのだけど、1つちょうだい」と伝えてみよう。

 

私のトラウマが溶けて消えるのは、もう間もなくだと確信している。

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