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「彫刻」の語釈を超濃く比較

『新明解国語辞典』(以下『新明解』)はその独特な、時に辛口の語釈で知られている。その傾向は第四版で特に顕著である。第五版以降、毒は抜けたように思うが(※個人の感想です)、独自性は健在であったことがとある語によって確認できた。その語とは「彫刻」である。

経緯

clubhouseでいつもお世話になっているルーム「声優うのちひろが新明解国語辞典を読む。あの声で。」では、その日の日付にちなんだページに載っている語と語釈を紹介いただいている。例えば、8月27日の【第171回】では827ページといった感じである。第四版のこのページにあった「彫刻」の語釈が話題になった。というのも、第四版と第八版で全く異なるのである。(用例は省略)

第四版
木・石・金属などに物の形や模様などを刻んだり 木・石・金属などで物の形を作ったりすること。また、その物。
第八版(第五版以降)
感動を受けたものの形や、心に浮かぶ理想(幻想)の線刻などを素材に彫ったり目に見える形に整えたりして、他者の共感を求めること。また、その作品。

筆者は第八版に書かれたような視点で彫刻を見たことが無かったため、この解説は非常に新鮮であった。と共に、このような語釈は他の辞書にあるのだろうかという疑問が湧いた。

他の辞書ではどうか?

手元にある辞書の語釈を以下に紹介する。

三省堂現代新国語辞典 第六版
木・石・金属などに、模様や像、文字などを彫ること。また、彫ったもの。
2020年12月10日 第3刷発行
三省堂国語辞典 第七版
木・石・金属などに、像・模様・文字などを彫ること。また、それをほったもの。
2020年2月10日 第6刷発行
見やすい現代国語辞典(三省堂)
木・石・金属などに、模様や像、文字などを彫ること。また、彫ったもの。
2020年4月1日 第9刷発行
新選国語辞典 第九版(小学館)
木・石・金属などに人物その他の形を立体的に彫り刻むこと。また、そのもの。
2018年1月20日 第9刷発行
学研現代標準国語辞典 改訂第四版
木・石・金属などをほりきざんで、物の形やもようを表すこと。また、そのほりきざんだもの。
2020年12月8日 第1刷発行
岩波国語辞典 第八版
木・石・金属などを彫り刻んで像を形づくること。また、模様などを彫り刻むこと。その刻んだもの。
2019年11月22日 第1刷発行
デジタル大辞泉(小学館)
木・石・金属などに文字や絵・模様を彫り込むこと。また、木・石・金属などを彫り刻んで立体的な像につくり上げること。また、その作品。
旺文社国語辞典 第十一版
木・石・金属などに物の形・文字などを掘り刻むこと。彫り刻んで像をつくること。また、その作品。
2013年11月16日 第十一版小型版発行 2019年 重版発行 
旺文社標準国語辞典 第八版
木・石・金属などに物の形や文字をほりきざむこと。また、立体的な像をほりあげること。また、その作品。
2020年12月4日 発行
常用国語辞典 改訂第五版(学研)
石・木などをほり、模様やものの形をつくること。また、その作品。
2020年9月8日 第1刷発行
ベネッセ新修国語辞典 第二版
木・石・金属などをほったりきざんだりして作品を作ること。また、その作品。
2018年2月 第6刷発行
例解新国語辞典 第十版(三省堂)
木や石、金属などに文字や絵をほりこんだり、木や石などで立体的な像をつくったりすること。そうしてできた作品。
2021年2月10日 第1刷発行
明鏡国語辞典 第三版(大修館書店)
木・石・金属などに文字・模様・絵などを彫り込むこと。また、木・石・金属などを彫り刻んで立体的な像をつくること。また、その作品。
2021年1月1日 第1刷発行
学研現代新国語辞典 改訂第六版
木・石・金属などをほりきざんで、物の形や模様などをかきあらわしたり、立体的な像を作ったりすること。また、そのようにほりきざんだ(芸術)作品。彫り物。
2017年12月19日 第1刷発行
大辞林 第四版(三省堂)
①ほりきざむこと。
②石や木などをほりきざんだり、または粘土や蝋などを肉付けしたりしてものの像を立体的にかたちづくる芸術。彫像と塑像。彫塑。
③板木に文字・絵をほること。
2019年9月20日 第1刷発行
広辞苑 第七版(岩波書店)
①ほりきざむこと。
②造形美術の一つ。木・石・金属などに文字や模様を彫り刻み、または物像などを立体的にほりきざむこと。また、その作品。丸彫・浮彫・透彫などがある。
2021年2月15日 第4刷発行
精選版 日本国語大辞典(小学館)
① ほりきざむこと。
② 木、石、土、金属などで物の像を立体的に彫りきざんで作ること。また、その作品。四方から彫り出したものを丸彫(まるぼり)、平面から浮き立たせたものを浮彫(うきぼり)という。彫塑。広く粘土などで肉付けして立体を作ることや、その作品についてもいう。
③ 版木を彫ること。

コトバンクには『日本大百科全書(ニッポニカ)』の解説が載っているが、かなり長く専門的である。

ほぼすべての辞書で「木・石・金属」〔材料〕と「文字や絵、模様」〔何を彫るか〕という単語が共通して見られた。これは『新明解』第四版の語釈に似ている。

ちなみに、『三省堂国語辞典』初版では

人間・動物・植物の形や仏像などを木などにほること。
1978年1月20日 第20刷発行

と現代の辞書とは全く異なる語釈であった。

結論:調べた限り『新明解』第八版(下に再掲)のような語釈は、
文字通り類を見なかった。

『新明解』第八版の語釈を鑑賞する

以降は雑記である。『新明解』第八版の語釈をもう一度書いておこう。

感動を受けたものの形や、心に浮かぶ理想(幻想)の線刻などを素材に彫ったり目に見える形に整えたりして、他者の共感を求めること。また、その作品。

筆者が注目したのは太字で示した2ヶ所である。冒頭の箇所はインスピレーションの元を表していると思われる。何かを表現したいという感情の裏には、強い心の動きがあるのだろう(2次創作もしかり)。もう1ヶ所は作品を作る理由について書いている。ただし「他者の共感」という点は意見が分かれるかもしれない。作者は時に問題提起のためや、あえて見た人の心をざわつかせるために作品を発表することもあるということを聞いた。

このような語釈の違いは「彫刻」の上位カテゴリに相当する「芸術」でも見られるのだろうか。今後の課題としたい。

画像はいらすとやさんから。

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