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【小説】ブレインパートナー 第4話

ハッと気づいた時には、目の前のテーブルに、空になった発泡酒の缶が、一、二、三・・四個載っていた。そして、手にはもう一本持っているのだから、明らかに飲みすぎだ。
毎日、飲む量は一本と決めている。次の日の仕事に影響が出ないように。明日が休みであること、そして、今日あった仕事上の嫌な出来事を忘れ去りたいと思って、ピッチが上がった。

明音あかねにも呼び掛けていない。
こんなぐちゃぐちゃした感情の中、彼女に呼び掛けたくなかった。きっと、彼女には声で自分の様子がバレる。彼女は心配するなり、自分を宥めるなり、励まそうとするだろう。それが自分には何となく嫌だった。自分の情けないところというか、弱いところを見せたくなかった。

明音と話せば、自分の気持ちが落ち着くだろうことが分かっていても。

でも、これ以上飲むと、このままこの場に寝ころんで、いびきをかき出しそうだ。頭に手を当てて、軽く俯いた。目の前がぼやけてくる。
こんな夜は今までにも何度もあった。何の心配もしていない。朝になったら、きっと全て忘れ去って、それでも痛む頭を押さえて、家で苦しむことになるんだろう。

今日の分は、明日少し落ち着いたら、明音と話せばいい。彼女とはいつだって、自分が望む時に話ができるのだから。
そんなことを思いながら、自分のまぶたが落ちていくのを感じる。

一夜いちや。朝だよ、起きて。」

自分を呼ぶ声と共に、肩に手を当てられて揺さぶられる。
まだ、寝たばかりじゃないか。もう少し寝ていたい。

「せっかくの休みなのに、また、家で過ごすつもり?」

そんなのいつものことじゃないか。外に行っても特に何かすることもないんだから。

「今日はいい天気だよ。この間、外に遊びに連れてってくれるって言ったじゃない。」

それは言ったけど。

自分を起こそうとする声も、引き起こされる体の振動も止まないので、俺は仕方なく目を開けた。

「やっと、起きた。おはよう。」

鈍い視界の中、見たことのない女が、こちらに向かって笑顔を見せた。着ているのは、自分のジャージの内の一着だった。何も言えずに、顔を向けていると、相手の顔が少し心配そうに曇った。

「どうしたの?具合でも悪い?」

「・・・。」

自分の顔の前で手を振る。俺はその手を取った。
小さくて、柔らかい手。そのまま手元に引き寄せて、指先を舐めてみる。
彼女は「うひゃ」っとよく分からない叫び声をあげて、見る見るうちにその顔を赤くさせた。
相手には全く見覚えがなかったが、その声には聞き覚えがある。

「明音?」

彼女は一瞬表情を強張らせた後、優しく微笑んだ。

「寝ぼけてる?」
「そうか?」
「何で、舐めたの?」
「確かめるため。」
「赤ちゃんじゃあるまいし。」

明音は軽く息を吐くと、自分の手を取り戻そうと手に力を入れた。俺はそれを阻止しようと、彼女が痛がらないくらいに力を籠める。

「離して。」
「嫌だ。」
「これじゃあ、何もできないよ。」
「いいよ。そこにいてくれれば。」
「まだ眠いの?」

彼女の問いに答えず、俺は自分の瞼をこする。彼女は諦めたように、俺の肩を軽く叩いた。

「昨日も遅かったものね。仕方ない。」
「寝たら、帰っちゃう?」
「・・本でも読んでのんびりしてるよ。起きたら買い物行こうね。」
「わかった。約束する。」
「おやすみ、一夜。」
「おやすみ、明音。」

薄れゆく意識の中で、唇に柔らかいものが触れた気がした。

一夜いちや。朝だよ、起きて。」

顔の下に固いテーブルの天板を感じた。転がった缶。奥のカーテンに陽が透けて、部屋の中をぼんやりと照らしていた。

「明音?」
「一夜、おはよう。」
「何で、俺に話しかけてるんだ?」
「私を呼んだでしょう?」

まったく覚えがなかった。夢の中に彼女が出てきたのだろうか。寝言で明音の名を呼ぶなんて。

「昨日の夜は呼んでくれなかったけど、何かあったの?」
「いや、何も。・・何となく一人で飲みたかったから。」
「珍しい。でも、そんな日もあるよね?」
「明音もそう?もしかして、毎日呼び掛けるの、迷惑だった?」
「・・私は、一夜と話せないと、寂しいかな。」
「・・ごめん。」

テーブルの端で、例のマスコットが倒れて、こちらを向いていた。俺はそれを手に取って、座った状態で置き直す。何となく、明音が泣いている気がした。俺はぎゅっと目を閉じる。

脳裏に、声を出さずに、涙を流している女の姿が浮かんだ。
初めて見る姿が、泣いているところだなんて。

「本当にごめん。明音。」
だから泣かないで。と続けて、彼女のことを胸に引き寄せようとしてみる。でも、実体を伴わない彼女の体を抱きしめることはできなかった。
彼女が自分の声に驚いたように目を見開く。
「・・見えるの?私が。」
「見えるというか、前に明音が言ったように、頭の中に姿が浮かぶというか。」

その言葉を聞くと、彼女は泣くのを止めて、ふんわりと微笑んだ。そして、小さく「嬉しい」と呟いた。

第5話につづく


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