見出し画像

【短編】一緒にいるだけでいい/有森・古内シリーズその9

私は高速道路を走る車の中で、まだ緊張から身体を強張らせて、窓の外を見つめていた。できれば、窓を開けて風を感じたいけど、高速道路上では、窓を開けるわけにもいかない。

「古内。」
私の隣から声がかかる。視線を声の主に向けると、有森君がどことなく心配そうな顔でこちらを見つめていた。
「大丈夫?元気ないけど。」
「もしかして、莉乃りのちゃん、車苦手だった?」
助手席に座っていた百合ゆりさんが、後部座席に座っている私を振り返って、声をかけた。

バックミラーにも、有森君のお兄さんである隆仁りゅうじさんの心配げな眼差しが映っている。
私は慌てて皆の心配を払うように声を上げた。
「大丈夫です。ちょっと昨日あまり眠れなくて・・。」
今日のことを考えていたら、普段よりも寝つきが良くなかった。それだけ、今日を楽しみにしていたということだけれど。
寝不足気味の状態で、窓の外の風景も変わらず、かつ車の振動もあって、頭がぼうっとしてきたのは確かだ。

理仁りひと。なにか、莉乃ちゃんの目が覚めるようなことをやってあげたら?」
「漠然とした要求しないでくれない?それより、眠いなら寝てていいよ。着いたら起こすから。」
前半は隆仁さんに、後半は私に向けて、有森君が言った。
「あと、1時間30分くらいかな。理仁君の言う通り、寝てていいよ。梨乃ちゃん。」
「・・では、お言葉に甘えますね。」
私は頭を座席に当てると、目を閉じた。

「理仁君、莉乃ちゃん着いたよ。」
名前を呼ばれて、ハッと目を開いた。ここがどこか認識する前に、頭の上から息を呑む音がした。
視線を上げると、口に手を当てて、顔を赤くした有森君の顔があった。
私の左半身が、彼の身体に大きくもたれかかっていた。慌てて体を起こすと、百合さんが笑いながら、自分のシートベルトを外している。
「ごめんね。連休だから道が混んでて、思ったより時間がかかっちゃった。理仁君も、莉乃ちゃんもよく寝てたよ。」

有森君の顔を見ると、彼は自分が寝ていたのを恥ずかしく思ったのか、顔をしかめている。
「有森君も眠かったの?」
「・・僕もよく眠れなかったから。昨日。」
有森君も、私と同じで、今日が楽しみで眠れなかったのだろうか?
そう考えると、顔がにやけそうになって困る。そんな私の様子につられたのか、彼も顔を緩めて、微笑んだ。

有森君とは、始業式の後、お互いの気持ちを確かめ合って、付き合うことになったものの、私達の関係は大きく変わらなかった。
学校では今まで通り、普段はお互いの友達同士で集まって過ごしている。
変わったことといえば、用事や部活がない時に、登下校を一緒にすることくらい。休みの日に2人で会った事もまだない。
誰かに2人が付き合っていることも言ってないから、時々あれは夢だったのではないかと思ったりもする。

そんな時、5月の連休に、少し遠くの国営公園に行かないかと、有森君から誘われた。電車で行くのかと思ったが、隆仁さんとその彼女-百合さんが、車を出してくれるので、一緒に行こうということらしい。
有森君がお兄さんに、私達のことをどう話しているのかがわからないが、きっと心配されているんだと思う。
もちろん、私は有森君との距離が縮められる機会にもなるのだから、その誘いを受けた。

そして、今、その国営公園に着いたのだ。

「じゃあ一旦、別行動。10時頃、またここで待ち合わせな。」
何かあったら連絡しろよ。と言って、隆仁さんと百合さんが手を振って離れていく。私達はその後ろ姿を、手を振って見送った後、顔を見合わせた。
「まずは、どこに行こう?」
「それは、見に行くだろ?ネモフィラ。」
この国営公園での、今の時期の目玉が、ネモフィラの丘だ。
「混んでるんじゃない?」
「だから、朝早めに出発したんだよ。今の時間ならまだ混んでないと思う。多分。」

有森君が私に向かって手を差し伸べた。私が以前『理想的』だと言った冷たくて長い指の手。あの時は、まさか手を繋ぐ相手になるとは思っていなかった。私は差し出された手を掴む。
「大丈夫?熱いよね?私の手。」
私は自分の手が好きではない。それは以前に有森君にも力説したので、知っているはずだ。実際に手を繋ぐと、有森君の手が余計ひんやりと感じられる。
「言ったと思うけど、僕は嫌いじゃないよ。古内の手。」

彼はそう言って、私の手の指に、自分の指を絡めた。
この手の繋ぎ方は恥ずかしい。でも、振りほどくのは何か違う気がする。逆に指の絡め方を深くしてみた。隣で歩いていた彼が足を止める。
「・・古内。」
「ここは学校じゃないよ。有森君。誰も知ってる人はいないよね?」
「それはそうだけど。」
私は繋いだ手を前後に大きく振って、笑ってみせた。
彼はそんな私の様子を見て、視線をそらしながらも、繋いでいた手に力を込めた。

「付き合うって、実際何をすればいいんだろうね?」
「・・それは、僕も分からない。」
目の前に広がるネモフィラを見つめながら、彼が私の問いに応える。
2人の手は、先ほどと同じく指を絡めた状態で、強く結ばれている。
歩く速さは、多分有森君が私に合わせてくれている。

「有森君は、今までに誰かと付き合ったことがあるんだと思ってた。」
「今までに好きになった子はいなかったから。」
「告白されたことはあるでしょう?」
「・・正直言うと、僕のこと、ほとんど知らないのに、なぜ好きと言えるんだろうと、不思議には思ってた。」
彼は私の方を見ながら、淡々と話す。話しながらも、私が何かにぶつかりそうになるのは、ちゃんと繋いだ手で誘導して避けてくれる。

普段よりは近い距離が気になるが、私達は付き合っているのだからと、思い直して、私は話を続けた。
「どこかで会ったことがあるとか?顔や外見が好みとか?」
「話すのは女子の方が多いし、一回くらい会った子の顔なんて覚えてない。中身も知らないのに、告白するなんて、そんな怖いことはできない。」
「有森君にとって、付き合うって深いものなんだね。」
「古内にとっては?」
「分かんない。私も、付き合うの初めてだから。」

「僕は、古内と、たくさんの初めてのことができればいいと思ってる。」
「こうやって、手を繋ぐこととか?」
「そう、この綺麗なネモフィラを見ることとか。」
「車の中で一緒に寝ることとか。」
「それは、予定にはなかったんだけど。」
彼は私の言葉に苦笑する。

一緒にいる時間が増えると、私は有森君のこと、まだまだよく知らなかったと分かる。
今までに見たことのない彼の表情が見られる。
今までに知らなかった彼の思いが分かる。
それを嬉しいと感じる私は、彼のことが好きなんだ。きっと。

「一人で見たり聞いたりしたことでも、二人でするのは初めてになるから。」
「それは・・ワクワクするね。」
「うん。ドキドキする。」
「付き合うって、そういうことでいいんだね。」
「一緒にいるだけでいい。僕と古内が。」

そう言って、彼はネモフィラの丘を見つめた。その瞳はとても澄んでいて、私はぶわっと沸き起こった感情を抑えるように、口を引き結んだ。

国営公園のモデルは、ネモフィラで有名な国営ひたち海浜公園です。個人的には、数年前に行ったことがありますが、あまり詳細を覚えていません。また行ってみたいとは思います。

私の創作物を読んでくださったり、スキやコメントをくだされば嬉しいです。