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第3部 南西部への旅 [21] Arizona を旅する

21-3 Ground Canyonへ

 砂漠の中に佇む「Taliesin West」に流雲は、遥かな永遠を見た。
 存在自体が印象深かったが、建築家ライトの半生は衝撃的であった。

「Taliesin West」を後にし砂漠草原を突っ切る。US-101 を経由しBlack Canyon Freeway を北上しGrand Canyon を目指す。フリーウエイを走り、標高が上がると眺望が開けた。
「Ryu, keep going on I-17 and when you pass Black Canyon, get off I-17 and take AZ-187 to Sedona.....このままI-17を進んで、Black Canyonを過ぎたら.....Sedonaに向かうからね」 
「Ok. Are we going to stop in Sedona? Sedona is a spiritual place, and holy ground for American Indians.....セドナはスピリチュアルなアメリカン・インディアンの聖地だよね」
「Just a minute....... the guidebook says there is a "vortex" and that it is a power spot!...... ガイドブックに.....『Vortex』がパワースポットになっているわね」

「What is a Vortex?」
「A Vortex is a place near Sedona that has a particularly strong magnetic field and is known as a power spot where paranormal phenomena and miracles occur....... セドナ近郊に存在する特に磁力の強い場所で......There are four famous Vortexes in Sedona: Airport Mesa, Bell Rock, Boynton Canyon, and Cathedral Rock......セドナには4つの有名なボルテックス......があるそうよ」
「A place with a strong magnetic field. That's interesting......磁場が強い場所か。それは興味があるな...... But the magnetic field of the Earth is at the North Pole and the South Pole, right?....... でも、地球の磁場は、北極と南極の筈だけど?」
「Let me check it out........ The Sedona area's brown-red land is magnetic because of the high iron oxide content in the soil....... セドナ地区の赤茶けた大地に酸化鉄が多く、磁性を帯びている....... The magnetic forces around the earth are attracted to the Sedona land, and a strong magnetic force falls on Sedona......地球の周辺にある磁力がセドナの大地に引き寄せられ、強大な磁力がセドナに降り注いでいる」
「So the land is a magnet.......つまり、土地が磁石になっているのか?」
「....... I don't know.....Ryu, we just passed the Village of Oak Creek......Village of Oak Creekを通過したから..... so when you cross AZ-179, go left.」

  AZ-179 を走る。殺伐とした砂漠風景の中にヒマワリのような小さなワイルドフラワーが咲き誇る平原に巨大な赤土色の奇岩が聳え立っている。 
「Ryu, Oh, that's what Bell Rock looks like!」
「Oh, are those the Vortexes? Awesome rocks!!!!」
「Ryu, Bell Rock has a trail. Do you want to climb it? 」
「Holly, Let's go!」

 駐車場に『鷹』を停めて、緩やかな赤土の坂道を登って行く。路肩の乾いた赤い大地にサボテンが鮮やかな花を咲かせている。サラサラの大地に原色の赤い花が、道しるべのようにポツンポツンと咲いている。

 ホーリーが、鮮やかな朱色がかった真っ赤な花をのぞきこんでいると、ハイカーが隣に座り込んできて.......。
「The bright red flower is a  Claret Cup Hedgehog and the reddish-purple cactus over there is Fendler's Hedgehog...... 真っ赤な花はクラレットカップ・サボテン、赤紫のサボテンはフェンドラーよ...... If you go up a little higher, you can see Engelman's Prickly Pear with its clear yellow flowers......上に登ると、透き通るような黄色の花をつけるEngelman's Prickly Pearを見ることができるわよ」
「Indeed, like the Hedgehog, the thorns are amazing...... ハリネズミのようにとげが凄いわね...... Thanks.」

 トレイルを登って行くと、ぐるぐると奇妙に捻じれた樹木が目立つ。幹が渦を巻くようにありえない方向に捻じれている。渦を巻くように捻じれたサボテンや歪んだ地層が辺りに広がっている。 樹木や地表の異常な捻れは、磁場が引き起こしているのだろうか。

 ベルロック・トレイルを中腹まで登り切る。眼下は見渡す限り、赤銅色に染まっている。
 赤い大地に巨大な「Bell Rock」が聳える光景は、火星の風景を彷彿とさせる。灼熱の太陽が大地を焼きつけて、赤い大地を創り出したのだろうか。見渡す限り乾燥した赤色大地には川も湖も水辺の痕跡さえ見当たらない。雨も降らないのだろう。

 カサカサに乾燥した大地のベル・ロック中腹に緑葉の樹木が生い茂る不思議な光景が広がっている。
「Bell Rock」 の地中から渦巻くエネルギーが放射しているのだろうか。樹木を捻じ曲げる巨大なエネルギーがあるのだろう。アメリカン・インディアンは樹木を捻じ曲げるパワーにスピリチュアル力を感じたのだろう。自然を感知する能力が高かった証なのだろう。

 Sedonaを出発し AZ-179 を走り、AZ-89A に進路をとる。
 山間部の緑が濃くなると、森林の香りが増してくる。森の香りが気分を和ませてくれる。

 セドナから北に約12分走る。前方に渓谷を渡る橋が見える。
 ホーリーが地図を見ながら......「Ryu, This is Oak Creek Canyon. They should make it a "mini-Grand Canyon"...... ここは Oak Creek Canyon.『ミニ・グランドキャニオン』だそうよ......Ryu, We'll arrive at the Grand Canyon in about an hour....... あと1時間ぐらいでグランドキャニオンに到着するはよ」

「Grand Canyon National Park」の標識を通過する。
「Visitor Center」に立ち寄り、情報を入手し「Mather Point Lookout」に向かう。
 マザーポイント展望台に到着した時、陽が傾き始めていた。

「Wow. It's a spectacular view. It's unbelievable...... 凄い。壮絶な景観だ..... It's more like a crack in the Earth than just a canyon!..... 渓谷と言うよりは地球の裂け目だ」
「Ryu, It's really amazing......本当に凄い..... The rock mountains there look like they're burning red with the sun reflecting off them...... 岩山に太陽が反射してまるで赤く燃えているようね...... Canyons stretch out that far. The scenery is beyond anything I could have imagined......想像していた以上の景観だわ」

 流雲が目にしたのは、遥か彼方まで広がる壮大な岩肌が織りなす豊かな色彩渓谷の姿。
 水平に幾層にも、折り重なる色層の岩が聳え立つ岩肌アートに圧倒される。
 陽が沈むにつれ、渓谷の空が藍色から黄金色に染まり、太陽が西に没すると岩壁の天辺がオレンジ色の残照に彩どられる。 渓谷全体が山火事のように赤く燃え、岩肌に反射している。「焼け空」に染まり、大渓谷が唐紅色に燃えた。

「Holly looks at the sky !!  it's a dark red sunset sky, deep crimson red as if dyed with safflower. I've never seen such a vivid sunset sky......凄い、紅花で染めたような濃い紅赤色の夕焼け空だ。こんな鮮やかな夕焼け空は初めて見た」
「Great ‼Fantastic!Magnificent.」

 流雲は自然に合掌し、自然への畏怖の念を起こさずにはいられなかった。
 眼下に広がる景観は、遥か彼方まで赤く燃える岩壁と岩壁を隔てる峡谷の深い裂け目。   太古の地球を彷彿とさせる壮大さ......。禍々しい魔力に地底世界へ引きずり込まれる錯覚に陥った。

「Grand Canyon」は、20億年の長き歳月をかけて隆起や沈降が繰り返された地殻変動の痕跡だ。流雲の自然観を覆す地球の神秘を肌で感じた。

「大峡谷」なのだろう......が、実感がわかない。流雲の知る峡谷風景は、緑の木々に囲まれた深緑の森とエメラルドグリーンの雄大な滝が望める「大杉峡谷」や深い自然の中を流れる躍動感あふれる「奥入瀬渓流」のような清涼感に溢れ、自然の色彩を肌で感じられる豊かな景色が、峡谷の景観だ。

 次の展望ポイント「Hopi point」に立ち寄る。
 目の前に遮るもののないパノラマ景色。峡谷の底に曲がりくねったコロラド川が望める。
 最北端のフェンスで囲まれた展望台から、渓谷の西「Havasupai Point」から「Great Scenic Divide」まで、約20マイルのエリアが望める。
 峡谷のメサ・ロックに挟まれた1.5Km下の谷底にコロラド川が波打って流れている。

 グランドキャニオンは夜半の気温が2度前後になる。公園内のロッジに宿泊する。
 早朝、未だ薄暗い時間に揺り起こされる。
「Ryu, wake up......起きて...... Let's go see the sunrise at Grand Canyon. Mather Point is the best view, they say...... マザーポイントからの眺めが一番だそうよ...... If we don't get there early, we won't be able to get a good spot.」
 早朝5時過ぎに、マザーポイントに向かって走る。
 渓谷全体を見渡せる場所を目指す。懐中電灯を片手に歩きながら、岩場に到着する。既に数組のカップルが毛布に包まって身を寄せ合っている。

 陽が昇るまで未だ時間がある。流雲は Grand Canyon に向けて三脚をセットする。岩場の片隅でホーリーと毛布に包まり、朝ぼらけまでのひと刻を東の空を眺めて待つ。  
 夜明け前。早暁の空が東雲色に染まり、色鮮やかなオーロラ色が大空一面に広がる。Grand Canyon は黒いシルエットに覆われている。
 岩壁の輪郭は微かに認識できるが、細部の輪郭は闇に隠れて見えない。微かな光が東空に突き刺さる。
 巨大な岩壁がスローモーションの映画のようにゆっくり、刻一刻とその姿を現す。

 朝陽が顔を覗かせると、黄金色の陽光に岩壁が彩られる。
 陽光が水平線を切り裂きゆっくりと闇のカーテンを流す。Canyon が姿を現す。峡谷に朝陽が昇り、現れた壮大な光景の雄大さに思わず息を呑む。 
「Wow. Amazing! It's Magic of Light time.」
 夕陽の沈む時の物悲しさに反し、朝陽の昇る姿は明るく昂揚感に包まれる。
 瞬く間に朝陽が輝くと、「薄明光線」の光が Canyon に放たれる。

 深く削られた渓谷の断崖に、一層一層に積み重なる地層が見える。これほど完璧な地層の重なりが見れるのはグランドキャニオンだけだろう。
 最深部の約20億年前の地層から、最上部の約2億3000万年前の地層まで、連続的に地層が積み重なる様が見える。露出する堆積岩・砂岩・石灰岩の厚さは 2,400〜5,000フィートにも達する。

 流雲は、慌てて撮影を始める。光芒の撮影には、露出設定が重要になる。露出 EV 値の設定はフィルム感度(ISO)に合わせて、シャッタースピードと絞り値で調整する。
 光芒の撮影時には、アンダーの曇天 EV値12に設定する。
「ハーフNDフィルター」を装着する。ハーフND は、半分がNDフィルター、残り半分が透明になっている。白飛び・黒つぶれを防止する効果があり「薄明光線」の光線が綺麗に表現できるだろう。
 
 トレイルの案内板を確認する。「South Kaibab Trail」は、標高7,260 feet (2,213 m)をスタートし谷底の「Colorado River」まで 6.3 マイル (10.1 km) 、約4,800feet を下るトレイルになる。
(凄い。1460mを下り、標高2,480 feet まで下がるのか......)

「Ryu, I don't think we can day hike to the riverside.」
「OK, let's just go to Ooh Aah Point and see......取りあえず、Ooh Aah Pointまで行って見よう...... It will be a tough hike, for sure, because it's down a very steep slope.......確かにかなりの急斜面を下るから、大変なハイクになりそうだ」
「I agree. I heard that this slope is difficult to walk.  How will I feel if I don't wear hiking shoes?......登山靴じゃないけど大丈夫かしら?」
「If the trail becomes too difficult, we can turn around and go back.」
「I agree. Let's go anyway.」

 AZ-64を外れ砂利道のトレイルに入る。なだらかな針葉樹林のトレイルを歩く。針葉樹林を抜けて、岩場に造られた石段を降り崖路トレイルに一歩踏み出す。
 右手が崖淵のトレイルは、ひと一人がすれ違えるほどの道幅しかない。足を踏ん張らないと滑り落ちるような切り立った崖道が続く。

 右手の岩山を眺めながら崖道を下って行くと、カウボーイを先頭にしたラバに乗った集団が登ってくる。道幅に余裕が無く、すれ違うのに身体すれすれにラバ達が砂ぼこりを上げながら通り過ぎて行く。
 急な斜面を下る度に現れる峡谷の景観に感嘆し、ゆっくりと崖路を下って行く。赤土色の乾燥した大地に迫りくる岩壁と碧空に浮かぶ白い雲のコントラストに圧倒される。

「Mather Point」から、1時間20分掛けて下ってきた。視界が一気に開ける。
「Ooh Aah Point」に到着する。
 青い空を背景に光を浴び輝く赤い渓谷のパノラマ・ヴューは、地球の裂け目に引き込まれそうな存在感がある。「Ooh Aah Point」は、あらゆる色彩の地層グラデーションに思わず「オー、アー」と人々が感嘆したとされる。 
 このポイントから崖道の斜面は一気に急角度になる。目前に広がる20億年かけて築かれた Grand Canyon の造形美に、流雲は感嘆する。

 峡谷自然道の崖路を下る感覚は、ゆっくりと地底に下って行く不思議な気持ちにさせる。  標高が下がると、Grand canyon の壮大なパノラマが広がり、陽射しが強く照りつけてくる。歩く度に汗が滴り落ちる。「Ooh Aah Point」から約20分程で「Cedar Ridge」の広場に到着する。 
 広場にベンチがあり、倒れ込むように座り込む。
(下りの崖道で、これ程の疲労を覚えるとは........)

「Ryu, You look very tired, are you okay?」
「Holly, aren't you tired?」
「I am tired, but not as exhausted as you are.」
「There is a cabin in the back. Let's take a short rest there, shall we?」
(気軽に日帰りで楽しめるルートと勧められたが、自然のままの峡谷の崖道は帰路は苦労しそうだと不安になる)

 広場の奥に休憩するログハウスが建っていた。疲れた身体を引きずりながら、山小屋に入り暫らく休息する。
 山小屋の壁面に「ここから先の峡谷自然道は危険が伴う。日帰りのハイカーや登山装備が不十分なハイカーは戻ることを推奨する」と警告サインが掲げられてあった。

「Cedar Ridge」広場で休息しながら、三脚にカメラを固定しパノラマ撮影の準備に入る。
 正面に聳えるアンバランスな巨石の岩山にファーカスを当てて、パノラマ写真の構図を決める。横方向のパノラマは縦構図の写真をつなげる方がバランスが良くなる。
 カメラを縦位置に変更し標準レンズを装着する。ローアングルやハイアングルの構図は画像が歪む可能性がある。パノラマ雲台を三脚に取り付ける。
 歪みの少ないパノラマ写真の完成像を想像する。ゆっくりと水平方向にカメラをスイングしながら、270度のパノラマのリリースポイントを確認する。パノラマ合成ポイントの画像半分ぐらいが重なるように充分な重ねしろを取りながら撮影する。
(合成後のパノラマ写真の仕上がりが楽しみだ.......)

 コロラド川まで下るハイカー達は、完全装備で身を固めている。二人共、軽装備で下って来た。ホーリーと相談してここから引き返す。

「South Kaibab Trail」の登りトレイルは、予想通りの過酷な登坂トレイルだったが、登り切り頂上に到着した時の達成感は格別な喜びがあった。上からグランドキャニオンを眺めたり、横から下から体感するトレイルは自然の過酷さを体験するコースだった。


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