久しぶりに賢治の『銀河鉄道の夜』をめくったこの夏。
あらためて読んでみると、独特な言葉やその流れは、
どこか掴めなくふわふわしていて、
晩酌後のほろ酔いの時間のようでもありました。
旅は道連れ、銀河鉄道に相席したジョバンニとカムパネルラ。
彼らがそのままおじさんになっていたら、
酒場でも杯を合わせていたでしょうか。
ふたりの旅は、「友」を再認識する旅程。
彼らが旅したなんだか不思議な物語の景色を
ふわふわした気持ちで酒器に映してみました。
夏の酒を注いで、星空の下の小さな乾杯をどうぞ。
Ⅰ 天の川
「銀河鉄道の夜」の書き出し。授業中のこの先生の問いかけからジョバンニの旅はスタートします。
Ⅱ 活版所
籠った灯りの中で文字を拾う独り寡黙なアルバイト。ジョバンニの孤独性を感じるその時間は、その後の友との旅の喜びへとつながるシーン。
Ⅲ ケンタウル祭の夜
それは、祭りの夜。星巡りの口笛を吹いたり花火を燃したりして遊ぶ子らの側を独り深く首を垂れて駆けてゆくジョバンニ。黒い丘に登り賑やかな街の灯りを眺めた後・・・不思議な旅立ちの刻は訪れます。
Ⅳ 天気輪の柱
賢治の文には謎の言葉がちらほら現れます。でもそれをなんとなく読み流してしまっているのは、酩酊後にへらへらと相槌してるのと同じ・・・?酔ってしまえば細かいことはどうでもよく。
Ⅴ 銀河ステーション
不思議な字面を辿っていくと、いつのまにか駅へそしていつのまにか銀河鉄道に乗車して・・・と読者はすでにかなり酔わされながら誘われ夜空へ。
Ⅵ 天の野原
銀河鉄道の旅中、時々現れるりんどうの花。「悲しんでいるあなたを愛する」という花言葉は、なんとなくこの物語を象徴しているようにも思えます。
Ⅶ 白鳥の停車場
銀河鉄道が巡るのはいくつかの星座駅。車窓から見えるのは具体的な表現ながらもかなり抽象的な景色。天文学に基づきながらも賢治が連れ出してくれるのは想像という旅。
Ⅷ プリオシン海岸
車窓から眺めた地に降りたち、その描写は細部へと。遠景と近景を揺り動かされながら夢の中を歩くように続くジョバンニとカムパネルラの道程。
Ⅸ アルビレオの観測所
白鳥座の二重星にあるその建物を現すために、賢治はいくつもの読点を重ねます。字面とともに黄・青・緑と色にも惑わされる表現。それは水の速さを測る場所でした。
Ⅹ 蝎の火
オリオンを追いかけるように天を進む蝎。でも「銀河鉄道の夜」の中では命を奪うことへの懺悔の物語として描かれます。後悔の色を纏い静かに燃える紅の色。
Ⅺ そらの孔
南十字の方角にある暗黒星雲・石炭袋(コールサック)。その宇宙に空いた穴に畏れを抱きながらも「一緒に行こう」と奮うジョバンニ。でもその先にある野原が見えるのはカムパネルラだけでした。銀河鉄道の旅の終わり、ふたりが交わした最後の会話。
Ⅻ マジェランの星雲
ここまで物語に沿ってその景色を器に映してきました。最後の器は、最終稿ではなく賢治の第三次稿よりブルカニロ博士の言葉から。広くそして深いこの景色を見てジョバンニは佇みます。
この物語の中に何度も現れる「ほんとうの幸せ」という言葉。この禍の中で自分たち自身も何度か向き合った言葉かもしれません。カムパネルラがその旅程を伴してくれ、彷徨いつつもジョバンニの意志へと道はつながりました。この現実の世界で、ジョバンニの旅はたぶん今も続いています。