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写真にとって「ノスタルジック」とは何か

写真は記録・情報伝達という客観的な役割だけでなく、情緖的で主観的な表現手段にもなり得ます。

客観的な写真は誰が撮っても(いつ撮っても、何を撮っても)同じ写真になることが求められますが、主観的な写真では逆に撮影者が表現意図を反映する機能が必要です。

先日富士フイルムからGFX100Sが発表され、その中で「ノスタルジックネガ」というフィルムシミュレーションが新しく誕生しました。今回の記事はそれを受けて私が感じたことを少し書いてみたいと思います。

まずは現在の状況が生まれた背景についておさらいしておきます。



フィルムからデジタルへ

銀塩フィルムの時代には、フィルムを選択し、フィルムに応じた撮影をし、さらにフィルム現像とプリント現像を経て一枚の写真が生み出されていました。写真集などはさらに印刷というプロセスを経ることになります。

それがデジタルカメラになることで撮影から表示(再生)までカメラ内でおこなえるようになりました。レンズで取り込んだ光を電気信号に変換しデータとなった後も人間が見られる画像になるまでに幾つかの処理がおこなわれます。

これらを一つのメーカーが全て受け持ち「画作り(絵作り)」という言葉が使われるようになりました。

もちろんカメラ内で画像を表示するだけで満足というわけではありませんので、データをPCに移動させたり画像処理ソフトで様々な調整をし、さまざなな表示媒体を通して鑑賞されることになります。


ピクチャーモードとフィルムシミュレーション

各社の画作りは基本的に客観的で忠実性を狙ったものになります。ただしその中でも空の青や植物の緑、肌色のトーンなど各社の画作りの方向性がありそれがカメラ(ブランド)選択の一つになっています。

現在はさらにピクチャーモード(スタイル、コントロール)やフィルムシミュレーションといったより積極的に特徴を持った画作りの存在がカメラ選びの理由に移ってきている状況です。

ハードウェアとしてのカメラは表現に変化を与えられるほど他社や既存製品と差別化することが難しくなっていますが、ソフトウェア技術である画作りにはまだ多くの可能性があり、ブランドを表現する重要な手段となっているのです。


フィルムシミュレーションの変化

フィルムシミュレーションの第一世代は「現存したフィルムをデジカメ上で再現する」というニュアンスで登場しました。ただ現実のフィルム特性を再現するのではなくそのフィルムの「理想画質」を目指していると言うことで、エテルナ辺りまでのそのようなニュアンスの説明だったと思います。

その後に出てきた「クラッシックネガ」も富士フイルムが実際に発売していた一般的なネガフィルムが持っていた明度による色相の変化を「欠点=味」として再現したものという説明でした。ちなみにその欠点を解決したのが「プロネガ」で露出によって色相が変わらないリニアな特性がプロの撮影コントロールに適していました。

そのような流れの中で今回のノスタルジックネガでは、アメリカンニューカラーと呼ばれる「作風」を再現するという説明に変わっていました。つまりこれまでは素材となる絵具をシミュレーションしていたものが、印象派などのような作風やタッチを再現することに変化したように感じました。

この変化はフィルムシミュレーションの第二世代の幕開けと言ってよいと思います。これまでオリンパスのアートフィルターと対極的な思想で進んできたフィルムシミュレーションですが作風再現というところで直接対決が実現していきそうです。

実際、ノスタルジックネガvsネオノスタルジー、エテルナブリーチバイパスvsブリーチバイパスというように比較してみたくなるものが出てきており、今後もしばらくは両社の動きが楽しみです。

こちらの動画でノスタルジックネガの開発者トークを聞くことが出来ます。



クラシックネガとノスタルジックネガ

最新のノスタルジックネガだけでなく、2019年11月に発売されたX-Pro3に搭載されたクラシックネガの説明の中でも「ノスタルジックな画作り」と言う説明がありました。またそれよりも前2018年3月に発売されたX-H1のエテルナでも同様の世界観が特徴としてありました。

つまり富士フイルムはこの3年間ずっとノスタルジックな画作りに注力していることになります。フィルム特性から写真作風にまでシミュレーション対象を広げてまで実現したかったものとは何なのでしょうか?


写真にとってノスタルジックとは何か

情緒的な写真に求められるものの一つに「時間旅行」があります。それは昔の写真を観るということではなく、新しく撮るものに対してもその情景や被写体の中にある時間を表現することです。

富士フイルムのフィルムシミュレーションだけでなくオリンパスのアートフィルターには「ネオノスタルジー」、ニコンのクリエイティブピクチャーコントロールには「メランコリック」といった懐かしさをテーマにした画作りモードがあります。


「オールドレンズ」を楽しんだり、「写ルンです」などのフィルム写真が懐かしく、若い人にとっては新しさとして人気が出てきていることもノスタルジックな意味と繋がっています。

私はノスタルジックな画作りは写真の楽しさの一つというだけでなく写真が持つ価値の本質があるのではないかと考えています。富士フイルムを始め各社がここに注力する理由もそこにあるはずです。

全てのものはその瞬間だけに存在しているのではなく、その瞬間にそこに存在するためにたどってきた時間やエピソードが積み重なりそこに存在するという感覚が人類共通のものとして存在しており、写真というメディアにそのことを期待しているのです。

そこにある残像を写してみたい表現してみたいという撮影者の願望が各社のとりわけ富士フイルムのフィルムシミュレーションの中に色濃く表れているのではないでしょうか。


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