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西の魔女は死んだ

祖母のお通夜が終わって、少しゆっくりしていた時だった。埼玉で留守番をしていた旦那さんが、亡くなった雪くんを見つけ、僕にメッセージが飛んできたのは。

雪くんは元々、東京で母と一緒に住んでいた時に飼い始めたハムスターだった。ハムスターをお迎えするのは4回目、4代目となった雪くんは偏食がすごくて、目が大きくて、人懐っこい、小さな男の子だった。

1代目は陸くん、2代目は空くん(1代目と2代目は2匹同時に飼っていた)、3代目は海ちゃん、4代目が雪くん。どの子も、本当に良い子だった。ジャンガリアンで、3代目の海ちゃんまでは灰の毛色だったが、4代目の雪くんだけは白の毛色だった。手のひらでコロコロと動いて、時折僕の指を噛んで、ひまわりの種を欲しがって、バナナの白い皮が好きだった。

哺乳類のペットを亡くすのは5回目だ。最初はイングリッシュのモルモットを7年間くらい飼っていた。神戸から東京へ引っ越しの準備をしていた8年前の3月初め、モルモットのモルちゃんは、不意にスッと息を引き取った。引っ越し先はペット可の物件で、モルちゃんのケージの置き場所だって決まっていた。だけど、亡くなってしまった。

気を遣われたんだな、と僕は思った。

陸くん、空くん、海ちゃんは、3匹とも大きな腫瘍が出来た。手術は出来ないと言われ、弱っていくのを見守るばかりだった。雪くんには外から見える腫瘍はなかったし、僕が出かける前の日は元気だった。だけど、亡くなった日は朝から元気がなかったらしい。2年半くらい生きていたから、寿命だったのかもしれない。

今、東京に住んでいる母は、以前から来年の春に神戸に帰ると言っていた。それが、今年の秋に早まった。祖母が亡くなり、祖父だけになったからだ。雪くんは、僕が埼玉に引っ越した時に、東京で母と暮らしていたのだが、母が神戸に帰る時は、僕が引き取る手筈になっていた。

僕の家はペット可の物件ではなかったから、いくらハムスターにしても後ろめたさはあったし、旦那さんはそこまで動物が得意ではない(ただし雪くんのことは可愛がっていたし心配していた)こともあった。雪くんが、いつまで生きるのかを考えていた矢先のことだった。

また、気を遣われたんだな、と僕は思った。

西の魔女の祖母は、雪くんを連れて行った。

冒頭のnoteに書いてある通り、祖母は自死をした。自宅で首を吊った。死亡診断書には「縊頚」と書かれていた。安置所で数年ぶりに会った従兄弟と祖母の顔を見た。ドライアイスが積まれ、まだ化粧もされていない顔だった。祖母が好きだった、綺麗で派手な服が置かれていた。

お通夜の日、納棺式があった。僕は納棺師の漫画を読んでいて、納棺師に質問をしながら、納棺式を見守っていた。訪問入浴で使われるような湯船で髪と体を洗ってもらい、祖母が使っていた化粧品で、化粧をしてもらった。自死をする直前に撮られた、背景が薔薇でいっぱいの写真(遺影)と同じ色の、鮮やかなピンク色の口紅。祖母の唇の血色はなく、何度口紅を塗っても唇の色が薄かったことが、虚しかった。本当に綺麗で、今にも起き上がりそうだった。

お葬式の日、棺は花で埋められた。大好きだったバラもたくさん。ピンクに赤に黄色にオレンジ。ユリ、ピンポンマム、かすみ草。花を入れるたびに触れる祖母の体は、冷たかった。その冷たさが、もうこの世にはいないのだと、当たり前の現実を突きつけられた。「あんたら、何しとん?」って、目を開けて、笑って言ってくれそうなのに。

僕を含めた3人の孫が書いたお手紙も入れた。「死にたい気持ちに気づけなくてごめんね」。どうしたら、どうしたら、良かったんだろう。自死の遺族は、この先、一生考えることになるのだろう。東京の旅行だって約束してた。詩集の出版記念パーティだって予定してた。家のリフォームだって楽しみにしてた。自死をしたのは、何でなの。自問したって答えは出てこない。

お通夜もお葬式も、泣かなかった。だけど、帰りの新幹線の中でこのnoteを書きながら、滲む涙を抑えられないでいる。僕は感情のラグがあるから、物事から距離を置いて、初めて気づくのだ。事の重大さと、大切さを。

祖母が自死をしてから、胸にぽっかり穴が空いたような、胸がきゅうっと締め付けられるような、悲しくて寂しくて虚しくて怖くて、誰かに抱きしめられたくて、そういうどうしようもない感情が、僕を襲っている。

もう、祖母とは一生会えない。
もう、雪くんとは一生会えない。

大人だから、分かっている。死というものが、どういうものか。取り返しのつかないことだって、骨の髄まで分かっている。だけど、やっぱり、時を戻したくなる。

祖父の妹と、祖母の親友が、お通夜に来た。「孫です」と挨拶した時、「よく貴方の話をしていたんですよ、自慢の孫って」と言われた。

自慢の孫は、祖母のお通夜でもお葬式でも泣けずに、独りで帰り、泣いている。だって、いなくなるって、聞いてなかった。会えない、触れられない、話せない。もっと、もっと、気にかけたら良かった。

色鉛筆の使い方で色が七変化することも、自然の木々の彩りが美しくて映えることも、世界の色を教えてくれたのは、おばあちゃん、貴方でした。家にあるたくさんの画材を使って、表現するおばあちゃんの世界は、本当に素敵でした。棺に入れた色鉛筆と僕のクレパスで、絵を描き続けてください。

もうすぐ、新幹線が東京に到着する。

おばあちゃん、ありがとうね。
ばいばい。

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