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最高を演出しろ

舞台に座る彼は、輝いていた。

パリッと着こなされた艶やかなスーツ、ライトを跳ね返すような深紅のネクタイ、身長は高くないものの、スラリとした手足と首は白く、ベロア調のシルクハットを掲げ、観客に向かって手を差し伸べた。

「最高ってこういうことでしょ」

舞台の中央に腰掛け、手にしたステッキを優雅に動かす。ライトはオレンジ色から白色に変わり、舞台袖から続々とサブの役柄が登場する。鳴り響くファンファーレ、段々と降りていく幕、私はパイプの椅子に座ったまま、ずっとその情景を見ていた。ずっと、見ていた。

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「あの、私やりたいです」

引っ込み思案を絵に描いたような存在だと、親に言われ続けて10数年、私は初めて学校行事の委員に手を挙げた。周りのクラスメイトは多少驚いたが、快く拍手をしてくれた。文化祭の舞台、高校生が作る演劇を、私はやってみたかった。「なら、僕も」と手を挙げたのは、私の弟の友人で、昔から少々顔馴染みのある彼だった。私は胸を撫で下ろした。委員に立候補したくせに、知り合いでもない人と話すのは億劫だった。

「亡くなった人間が、両思いだった人に会いに行く話」なんてありきたりな物語を提案した私と彼は、これまた快くクラスメイトに受け入れられ、というよりクラスメイトたちは何を提案しても快く受け入れてくれる優しい人間なのだけど、ともかく主人公とヒロインと、それから主要な人物は、スタイルと顔つきとクラス内の人気度合いから決められ、彼はその中心人物となってめでたく主人公になり、私は監督と脚本と演出を担当し、その他大勢のクラスメイトは大道具に衣装に照明に音響に、劇を1つ作るのにこれだけの労力が必要なのかと、私は口をあんぐり開けていた。

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するりと袖に引っ込んだ彼は、脚本通りに照らされた照明と鳴り止まない音響につられて舞台て飛び出す。この舞台の見せ場、早着替えだ。日頃からコスプレをするという裁縫が得意なクラスメイトの女子が作り上げた、至って普通そうに見えるパーカーもTシャツもショートパンツも、さっきのスーツだって、早着替え用に工夫が凝らされている。幼い少年のような出立ちが宙を舞い、ふわりと飾りが散りばめられたドレスを着たヒロインが登場する。コツコツと響くのはファストファッションブランドで買った1980円のヒール。運動部でスタイルの良い彼女ならではの着こなし、魅了するように照明は白から黄色へと変化する。主人公とヒロインが出会い、差し出された手を跳ね除けるシーン。何度も練習を繰り返し、途中でこのシーンを無くそうかとも考えたら、主人公役の彼は譲らなかった。

パイプの椅子に座った私が我に返った時、周りはスタンディングオベーションに包まれていた。観覧は在校生と保護者だったが、高校生の素人の演劇だ、対して期待もしていなかっただろうに、私のクラスはこういう時の団結力は凄まじく、我ながらクオリティが高く出来たぞと思っていたのが、きちんと評価されたらしい。

これをもちまして、第xx回xx立xx高等学校の文化祭演劇の部は終了となりますーーー

体育館に放送部の可憐なアナウンスが響く。そう、この劇は抽選で選ばれたトリを飾るものだった。私はすぐに立ち上がり、舞台袖に向かう。裏側で待機していた彼や主要人物たちは観客の様子をモニター越しに見ており、みんな一様に肩を抱き合い、ハイタッチをしていた。私は思わず彼らに駆け寄り、深くお辞儀をした。「皆さんおかげで、私は今までやってこれました」と。彼らは笑い、一緒に喜ぼうと誘ってくれた。片付けが終わってもなお、興奮は冷めやらず、教室に帰って席に着いた私たちは、「少し喋るのをやめなさい」と久々に担任に嗜められた。

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たまたま帰り道が一緒になった彼と、本番の劇について熱く語り合った。どこも練習では上手くいかなかったところが全て完璧に出来たところ、観客を楽しませることが出来たところ、彼が苦手だった台詞を噛まずに言えたところ、それらが思い出となるまであと少しだというのに、私と彼の話は尽きなかった。

「あの、お前、そういう才能があると思う」
「なんの才能?」
「ああいう、演出する才能」

普段はおちゃらけたキャラが多いくせに、至って真面目な顔で言われた。そんなことは考えてもみなかったが、今まで生きてきた中で一番楽しかった気がする。ふと興味があって委員を引き受けてしまったが、もしかしたら向いているのかもしれない。私は曖昧に笑ったが、大学の志望校に演劇サークルがあればいいな、と思った。

着いた彼の家の前で、彼は玄関先の階段を2段上がり、私に手を差し伸べた。

「最高ってこういうことでしょ」

彼はそうして劇と同じ台詞を、不敵な笑みを纏いながら言う。

「演出してみせましょう」

私は彼と同じように不敵な笑みを携え、その手を取った。

最高を演出しろ

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