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種蒔き花咲き世は美しき

僕が、君を忘れることはないだろう。

桜の花弁が落ちるスピードが秒速5センチメートルだとか、蒲公英は太陽の照りつける昼間にしか咲かないとか、菫の花の形は頭の悪いアブに入られないようにするためだとか、そういう嘘か本当かよく分からない戯言を、君は僕によく吐いた。

僕は君のことが好きで、君も僕のことが好きだった。君はパジャマ姿で窓辺に寄り添いながら、外にいるダサい私服の僕に手を振り、スマートフォン越しに笑いかけた。君はいつの日か、僕に色んな花の言葉を教えてくれるようになり、春になったら綺麗な花畑が見られる場所へ旅行しようと、約束していた。

「あの子が、置いて逝ったの」

目の前にいる、君の母親は涙ながらにそう呟いた。僕は震える手で差し出された、透明なチャックの袋に触った。それは、何かの種だった。

余命半年と告げられても尚、君はそれに越えて3ヶ月も生きていた。小さなお葬式が開かれ、婚約者の僕は参列し、君にプロポーズをする時に着ようと思っていた初めて買った黒のスーツは、そのまま喪服になってしまった。君が好きだった紫色のネクタイは、僕のクローゼットに仕舞われ、代わりに身につけた黒のネクタイは、コンビニで買った。

君からもらった種をホームセンターで店員に見せ、おおよその種類の見当をつけ、植木鉢や肥料や土を買った。だって、花を育てたことなんて、一度もなかったから。

君が亡くなって、それから季節が巡って、僕が植えた君からもらった種が、小さく芽吹き、そしてようやく花を開かせた。僕は図書館の植物図鑑でアレコレと花の特徴を照らし合わせ、ようやくその花が「スターチス」だということを知った。君がどこでこれを手に入れたのか分からないけど、君がよく話していた花言葉を調べた。

堰を切ったように涙が溢れ、僕は子どものように泣きじゃくった。燃やせないからと棺に入れられなかった彼女の婚約指輪が僕の視界に入り、代わりに彼女の遺体に着けた折り紙の婚約指輪が思い起こされ、僕は声を上げた。

もうどうすることも出来ないけれど、もしも願いが叶うなら、僕はもう一度、君に会って話したいと、そう思ってしまうんだ。

種蒔き花咲き世は美しき

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