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自由研究をしている7年前の僕へ

はじめに

先日、数学の自由研究を迷っているという女の子を塾で担当することになり、ふと過去に自分がしていた自由研究のことを思い出した。

7年前の僕には、理科の自由研究という宿題があった。
自分の興味関心を総動員して作り上げたその研究は、作品展にも出品されるほど評価された。これだけなら良い思い出なのだが、今の僕が自由研究を思い出したのには、大きな理由があった。

僕の実験結果と考察に浮かんだ疑問が、解けずじまいだったからだ。

まだ義務教育を受けていた僕が考えた実験と結果、それは自分の予想とは大きく異なるものだった。もちろんその理由は考察に書かれているのだが、どれだけ調べても、理解が出来なかった。圧倒的な知識量の不足があった。

その頃の僕は、エンジニアになりたくて、高専(工業高等専門学校)に入学したいと考えていた。この自由研究を提出した後も、「高専の先生に聞けばこの考察も解決するかもしれない」と僕は思っていたし、実際に色んな先生に聞いた。しかし、どの先生に聞いても首を傾げられ、やっぱり納得することはなかった。
考察に疑問を抱えたまま、僕は高専の5年間を卒業した。

そして、話は冒頭に戻る。猛暑の中、日本は平成最後の夏を迎えた。
僕は、7年前から時が止まったままの自由研究に終止符を打とうと思った。高専で得た知識と大人になった経験は、きっとあの頃の僕の疑問を解決出来ると思ったのだ。

これは、ちょうど7年前の僕に宛てた、長い手紙である。

拝啓

7年前の僕へ。
今、君は中学生活最後の夏休みの自由研究に取り組んでいると思う。
僕は、7年後の君だ。22回目の誕生日を終え、数年前から東京に住んでいる。今の君には想像つかないような経験もしてきた。もちろん、高専は卒業したよ。君の何倍も知識をつけた。

僕はある日、自由研究に悩む君のことを思い出した。周りの大人は誰にも相手にしてくれなくて、1人でその疑問に立ち向かっている。

これは、君が挑む疑問を崩す、武器になるような手紙だ。
起動の遅いパソコンに苛立ちながら、受験勉強に苛まれながら、合間を縫ってやり続けたその研究は、きっと何よりも大切な宝物になる。

どうか、最後まで諦めないでほしい。

当時の自由研究の内容

君は、ヘッドホンを題材に選んだね。色んなイヤホンやヘッドホンを買い込んで、その音質や音量、音の高低に違いがあるのを知っていた君は、その仕組みを知って、客観的な比較をしてみたいと思ったんだ。

1.ヘッドホンメーカーの普及価格帯におけるカナル型インナーイヤーヘッドホンの周波数特性についての比較
4社の同価格帯のイヤホンを用意して、パソコンを使って周波数特性を測定した。その結果を比較した。
2.ヘッドホンの分解
手元にあった壊れたヘッドホンを分解して、どのような仕組みになっているか調べた。
3.自作スピーカーにおける構成要素による出力音の変化について
磁石と導線とプラスチックケースでスピーカーをつくり、その材料を変化させて音量が変わるか調べた。
4.ヘッドホンの制作
以下のサイトを利用して、自分でヘッドホンを作った。

後に、このサイトを元にした考察で、君は頭を抱えることになる。

君を悩ます1つの疑問

この疑問は、自作スピーカーにおける構成要素による出力音の変化についての実験で得られた結果から考えたことにある。

君が得た実験結果
自分で直接聞いたり、パソコンで録音した結果を元にした表。比較対象も怪しいけれど、導線が細いほど、磁石が大きいほど、音量が大きくなったことが分かったんだよね。

君の書いた考察
結論としては、抵抗を大きくすることによって音量が大きくなるということを書くことにした。

その考察の根拠は、下記に書かれていた文章を読んだからだ。

もっといい良い音で聴くためには、コイルを流れる電流に対する抵抗をおおきくすればそれだけ音量も大きくなります。導線をより細いものにしたり、たくさん巻いてみたりすることで抵抗は大きくなります。またより大きな磁石を使うことでも大きな音になります。

確かにサイトに書いてあるとおり、導線が細い方が、磁石は大きい方が、巻き数は多い方が、音は大きくなった。だけど、君はその理由が納得いかなかった。「抵抗が大きくなれば、流れる電流は減少し、音量が小さくなるはずだ」と思っていたから。

抵抗を大きくすると、音量が大きくなるのは何故か?

実験結果と考察から浮かんだこの疑問を解決してくれるような知識は、本にもインターネットにも落ちていなかった。そんなことを教えてくれるような大人もいなかった。そして君は、Yahoo知恵袋で投稿した。

振動板を強く大きく動かせば,強く大きい音がでますよね。コイルに生じる磁力 ( 正確には磁束ですが ) が大きいほど, 力は強くなる。 そのためには巻き数が多く,電流が大きいほどよい。 一方,コイルは,振動板に固定されていると思うので,太い導線を使うと, 重くなりやすい。結局, 電流の強さと,重さのかね合いが大事でしょう。

運良く回答してくださった方はとても親切だった。君は少しだけ理解して、それでもやっぱり分からなかった。「理解出来ました」と書いていたけれど、どうしても納得は出来なかったんだよね。

だけど、今の僕がこの回答を読んだらとても分かりやすいなと感じたよ。

知識を持つというのは、こういうことだと思うんだ。

勉強をして、知識が身につけば、未知に対しての理解力や想像力を、格段に向上させてくれる。きっと、すぐに体感することになる。

君の疑問を解決する

7年後の今の僕がこの疑問を思い出した時、真っ先に考えたのは、このサイトを作っているSony社への問い合わせだった。Sony社は子どもたちのための科学に関する施設を運営していて、このヘッドホン作りもそのワークショップの一環だ。

君はそんなことも考えなかっただろう。Sony社の書いていることは正しいと信じていた。でも、そんなことはない。どんなに賢い人でも、難しそうな本でも、間違っている時はある。だからこそ、自分だけを頼りに確かめる必要があるんだ。

ということでこちらに問い合わせてみたのだけど、担当者が不在ということで後日連絡を頂くことになった。
とりあえず居ても立っても居られなかった僕は、この施設のあるお台場に向かった。東京に住んでいるから、電車ですぐに行けたんだ。そして、「施設のスタッフなら何か知ってるかも」と思った。短絡的でしょう?

受付にいるスタッフに声をかけて、バックヤードから詳しそうなスタッフに質問をさせて頂き、僕なりの検討を述べたりもした。
かなり面倒な客だったと思うけれど、快く対応してくださり、サイトを制作した担当者の方に聞いて頂けるとのことになった。
そして僕が施設を出てから数十分後、対応していただいたスタッフの方からご連絡があり、お話を伺うことが出来た。

結論、君の疑問は正しかった。

より良い音で聴くためとして、抵抗を大きくすることでアンプへの負荷が減り、歪みが少なくなるので音質は上がる。しかしながら、電流は小さくなるので音量は上がらない。

それが、頂いた回答だった。サイトに書かれた説明は間違っており、数年間そのまま載せてしまっていたとのことだった。お礼を言われた。むしろ突然施設に押しかけて質問したのにも関わらず、迅速な対応をして頂いたこちらの方こそ感謝しなければいけないのにね。

抵抗が小さい方が流れる電流は増えるため、音量は上がる。

こうして君の疑問を解決する糸口が見えてきた。
だがしかし、君はきっとこう考えるだろう。「導線が細い方が、磁石が大きい方が、巻き数が多い方が」音量は上がったんだ。「導線が細い方が抵抗が大きくなるのに、どうして音量は上がったんだ?」実験結果と頂いた回答にも差異が生まれてしまう。導線が太さで抵抗が変化することや、巻き数で抵抗が変化することを知らない。だからこそ、混乱してしまうんだ。

そこで、7年後の僕の出番だ。

君に足りない知識を解説する

導線を巻いたものを、一般的には「コイル」と呼ぶ。
君が勉強をした通り、音楽プレーヤーから流れる電気信号は交流で、そこに存在する抵抗は「インピーダンス」と言われている。導線には電気信号が流れ、そこには磁界と呼ばれる物が発生する。その磁界と置かれた磁石が反応して、プラスチックケースや振動板を振動させることが出来る。

ここまでは、きっと勉強していて分かっている範囲だと思う。

実は、コイルのインピーダンスを計算する公式が存在する。そしてこれは、コイルの巻き数・太さだけではなく、コイルの直径や流す電気信号の周波数によっても変わってくる。そして、巻き数を増やしたり、導線を細くすると、インピーダンスは大きくなる。
だから、君が流す音楽によってもインピーダンスは変わるということだ。

プラスチックケースや振動板を振動させるには力が必要だ。その力は、電気信号の強さ、磁石の大きさや材質、コイルや磁石を置く向きや大きさによって変化する。この力の大きさで、音量の大きさは変わってくるんだ。

磁石を大きくすると、もちろん力は大きくなる。電気信号が作る磁界と磁石が作る磁界が影響することで、この振動する力が作られているから、磁石が作る磁界が強くなれば、それだけ力も大きくなる。
巻き数を増やしたり、導線を細くしたりすると、インピーダンスは増えるから、電気信号は小さくなる。すると振動する力は小さくなるように思える。

だけど、巻き数を増やしたり、導線を細くしたりすると、コイルの質量が変わってくる。今回の実験は、コイルをプラスチックケースに貼り付けていた。振動する力によっては、コイルが重すぎると十分に振動出来なかった可能性がある。それに、巻き数を増やせば導線が増えるので磁界が増えることに繋がるし、導線が細くなればコイルを軽量化することも出来る。でもその分、インピーダンスは増えてしまう。

インピーダンスもコイルの質量も、音を大きくしようとするだけで色んな要素が関わってくる。Yahoo知恵袋で得た「かね合い」という回答は、こういう意味だと思うんだ。

本当は数値を出して検証したいところだけど、君にとっては難しい。何より現実の実験から理論上の数値を出すのはとても難しいことなんだ。
それでも、数式で君の実験結果を証明することは可能だ。君はこの先、それをするための数式や公式を学んでいく。君が知りたいことは、いつか君自身で解決出来る日が来る。7年後の僕が、これを書いているようにね。

追伸

僕は今、アルバイトで塾の先生をしている。今の君がちょうど教えてもらっている塾の先生と同じ年齢になった。君が憧れているような、理系の科目を担当する先生になった。そして、君のような中学3年生を担当している。

僕が君に伝えたかったことは、2つだ。
1.君の疑問は間違っていなかったということ
君が疑問に思うこと、違和感を覚えることは、これからも周りに流されずに見つめるべきだ。自分の感覚を信じてほしい。大人や目上の人が正しいとは限らないから。
2.これからもずっと学び続けてほしいということ
この先は、今まで勉強してきた何倍も多い量を学んでいくことになる。義務教育中の勉強とは違って、より難しくなるし、範囲も広くなるし、応用がたくさん出てくる。その分、君が出会う先生は全員が個性的で、君の世界を広げてくれる人たちだ。間違うことを恐れずに、突き進んでほしい。

物理を担当してくれた学校の先生が、16歳の僕に言った台詞がある。
「勉強をすればするほど、原点に立ち返るような疑問が湧き上がってくる。でも、それでいい。それが正しい。」

学ぶことは、何よりも素晴らしいことだ。
君は、その自由研究をやり遂げられる。今は苦しい時期かもしれないけど、どうにか乗り越えてほしい。きっと、学ぶことが君の原動力になる。
7年後の僕は、君のおかげで生きているのだから。

さいごに

中学3年生、受験生だった僕は夏休みは1日10時間以上も勉強をしていた。僕の志望校である高専の合格圏はとうにクリアしていたが、一種の勉強オタクのようになっていたと思う。間違うことが嫌いで、試験や内申点の結果に一喜一憂しがちだったあの頃、普段の勉強の疑問はすぐに学校や塾の先生が解決してくれるのに、自由研究は初めて自分の疑問が解決されないという機会を与えてくれた。
平成最後の夏を迎えた今の僕が、あの頃の僕の疑問を解決出来るような大人になったということを、ここに残しておきたかった。

これは、ちょうど7年後の僕が書いた、長い手紙である。


※このNoteは、Sony社様のサイトに関しての批評ではありません。素人の指摘に対して真摯に対応してくださり、大変感謝しております。僕の愛用ヘッドホンはMDR-CD900STです。
Yahoo知恵袋に投稿したアカウントに関して、現在は使用しておりません。また、アカウント名は本名と関係ありません。

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