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あの日の魚民にいた僕らは

今日ついさっき、読んでいた本でとあるグラフに出会った。経済や経営について書かれたその本の最初の方に出てきた、3つの曲線で構成されたグラフに、僕は何だか見覚えがあった。

ふわりと、脳裏に映像が映った。
あの日のことを思い出した。

明日も会社だしそろそろもう寝なきゃいけないのに、何だかこの感情はどこかに書き留めて繋ぎ止めておかないといけない気がして、僕は必死にスマホでこの文字を打っている。

多分7年くらい前の話だ。僕が今のパートナーと付き合う前の、そのまた前のパートナーと付き合っていた頃のことだ。その時は僕は20歳くらいで、パートナーの彼は僕よりも6つくらい上だった。

その彼とは、バイト先で知り合った。
下町の小さな塾だった。

当時はたしか今よりもずっとささやかに、されどもしたたかに「機械学習」とか「人工知能」が言われ出した頃だった。彼はプログラミングができなくて、僕はちょっとだけ知っていて、「機械学習で為替の予測できねえかな?」と持ちかけられたのがきっかけで付き合った。無理だったけど。

金曜日はお互いのシフトが被る曜日だった。当時の僕と彼は最寄り駅が同じで、家は自転車で行ける距離だった。僕たちが決まって入るのは、最寄り駅のすぐ近くにある、魚民だった。個室で区切られていて、適当な酒とつまみでうだうだと何時間も喋った。日を跨いで閉店時間になって、外に出るといつも身体が冷えて震えていた。

そのグラフは、彼が魚民の紙ナプキンに書いた物だった。経済学部出身の彼が、お酒が入るといつもより更に饒舌になって、グラフの意味を教えてくれた。その当時の僕は経済になんてこれっぽっちも興味はなかったのだけど、ただ、「経済って数学すげー使うよ」「君に向いてると思うよ」と教えてくれたことだけが、僕の少しばかりの知的好奇心に、軽いノックをしてくれたのだった。何故なら、僕は数学が好きだったから。

あの日の僕は、今の僕をどう思っただろう。

今の会社に転職して、経済とか経営とかを学ぶようになった。先月からは通信制大学に編入し、がっつり授業を取っている。先週はレポートも出したし試験も受けた。ついでに、会社の業務で機械学習を使ってとある数値の予測もしている。今の僕ならきっと、あの日の彼の打診に応えることができると思う。

伏線は、7年後に回収されたわけで。

水と氷が溶けた薄いレモンサワー、白い息と見上げた曇り夜空、湿気た紙ナプキンにボールペンで雑に書き記されたあのグラフ、それらを全てエモいと片付けられない曖昧なこの感情を。

僕は、丁寧に記憶の1ページに綴じ込めておきたいんだ。

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