近代工業社会に固有の生産様式がピラミッド型企業組織を招来した

 ピラミッド型企業組織は柔軟性と創造性の面で限界を露呈しつつあるとはいえ、産業革命から大衆消費社会に至る近代工業社会と切っても切れない関係にあります。未来を考える上で過去の経緯を押さえておくことも大切だと考えるので、この点について論じたいと思います。

 ピラミッド型組織の限界については、こちらの投稿で論じています。

1.近代工業社会とは

 
 私が近代工業社会と考えているのは、時間的なスパンを持った社会の姿です。そのスパンは産業革命を起点に大衆消費社会が実現するまでと捉えています。
 産業革命については後で述べますので、ここでは、先に大衆消費社会の定義を説明します。この投稿でいう大衆消費社会とは、国民の間に自動車、電化製品などの耐久消費財に手が届く中間所得層が分厚く形成され、消費者向け工業製品の生産と消費が経済活動の推進力になっている社会です。
 アメリカでは、はやくも1920年代に自動車と耐久消費財が広くいきわたって大衆消費社会が出現し始めていました。日本の場合、アメリカよりだいぶ遅れて1960年代から70年代の高度成長期にこの状態に到達しました。

2.近代工業社会に固有の生産様式

 
 大衆消費社会は大量の商品を生み出す工業力と、それらの商品を消費する巨大な購買力の両方がそろったときに実現します。近代工業社会は、この両方を実現できる固有の生産様式を持っています。
 この生産様式は、18世紀から19世紀までの産業革命で産み出されたもので、下の図のような構造をしています。それは、人と機械を組合わせて商品を生産し《人と機械の組合せ方の工夫》で利益を出すような生産様式です。

産業革命が確立した生産様式

 産業革命以前にも商品の生産と取引は行われていましたが、それは、言ってみれば”オマケ”の活動でした。社会の大部分は自給自足の共同体で構成されていて、そうした共同体が自給自足した上で、なお余った労働力で商品を作り他の共同体に売っていたのです。そこには、商品生産を優先して機械を持ち込み生産力を拡大するという発想はありませんでした。

 商品生産による利益獲得を第一の目的に、人の労働を多種多様な機械と結びつけるという発想の転換こそが、産業革命の核心です。
 このような発想が生まれてくる前提として、蒸気機関などの技術革新と共同体を離れる人々の増加(本人の意思による場合と本人は希望しないが止むを得ない場合の両方)という2つの現象があるのですが、これについては別の機会に述べたいと思います。

 産業革命の初期には、作り手である企業家が利益を独占する傾向が強く見られました。産業革命が急速に進展した19世紀のイギリスでは低賃金の労働者が長時間労働を強いられ、児童労働も存在していました。
 
 しかし、やがて、企業家は従業員が「作り手」であると同時に「買い手=消費者」でもあることに気づきます。自社の従業員は自社商品を直接は買わないかもしれません。だとしても、他企業の商品を買うことで市場におカネを流してくれます。そのおカネは色々な企業同士の取引を経て、最終的には自社の懐にかえってくるのです。

 こうして企業家は従業員に払う賃金を上げていきます。その結果、従業員が商品を買う購買力が増大します。《人と機械の組合せ方の工夫》で利益を生む企業が増え、そこで働く人の数が増えるほど、社会全体の購買力が増大し、大量生産と大量消費の好循環が生まれます。この好循環が大衆消費社会を生んだのです。コトバンクは、大衆消費社会が実現した時代を「大量消費時代」と表現しています。


3.近代工業社会に固有の生産様式がピラミッド型企業組織を招来した

 
 人と機械の組合せから最大の利益を生みだすためには、その組合せ方がムダなく効率的で、かつ長続きするものである必要がありました。
 この必要を満たすために、企業家は分業制を採用します。原材料を加工して商品にするまでの過程を、手に入る機械の種類と性能に合わせて複数の工程に分解し、その工程ごとに固定した顔ぶれの従業員を配置し従業員が作業に習熟しやすくしていったのです。

 分業とピラミッド型企業組織


 この分業体制を整備するためには、生産する商品の特性に合わせて機械を系統的計画的に配置し、工程を綿密に管理する必要があります。また、従業員を機械の配置に合わせて組織化し、機械の性能を最大限に引き出す働きかたをするよう統制する必要があります。
 
 産業革命が起こった時点で人類が持っていた組織形態のうち、系統性計画性綿密さ組織化統制の5つの要件を最もよく満たしていたのは、教会と軍隊のピラミッド型組織でした。特に、軍隊は古代ローマの時代から、歩兵・騎兵などの分業を統合的に運用して最大の戦力を発揮するノウハウを蓄積していました。

 私の手元に確かな証拠はありませんが、産業革命が進み分業規模が拡大していく中で、企業家たちが教会と軍隊のピラミッド型組織を企業組織のモデルにしたと考えることにムリがあるとは思いません。
 こうしてピラミッド型の企業組織が産業界に広まっていき、今日、私たちの多くがピラミッド型企業組織の一員として働いているという現実に到達したのです。

 したがって、

私たちはピラミッド型企業組織で働いていて本当に幸せなのか?

と問うとしたら、それは、

近代工業社会が、私たちにどのような光と影をもたらしたか?

※近代工業社会に代わるどんな社会の形があり得るのか?

を問うことに他ならないのです。

《参考文献》
このエッセイは、次の3冊の書籍を参考に執筆しました。

真木 悠介   『時間の比較社会学』岩波現代文庫(2022年第16刷)
白井 聡      『武器としての資本論』東洋経済新報社(2020年第7刷)
酒井 隆史   『ブルシット・ジョブの謎』講談社現代新書(2021年第1刷)


以上をもって、
『近代工業社会に固有の生産様式がピラミッド型企業組織を招来した』
を終わりとします。

ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。


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