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短編小説、ショートショート

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短編小説、ショートショートはこちらにまとめています。創作作品はタイトルに『二重カギカッコ』をつけています。
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#エッセイ風創作

『大地の恵み、優しさの恵み』~空腹を満たすサツマイモ~

「御花料」と書かれた封筒をしばらく眺めてしまう。 シンプルな白い封筒にエンボス加工された花の模様。たった数百円なのに少し高級感を漂わせている。 この地域では冠婚葬祭の金額が一律で安価に決まっていて、負担にならず頭を悩まさずに済むのはありがたい。 純粋に、去る人を偲ぶことができる。 9月。 その日は夕焼けがあまりにも綺麗で、写真を撮るため少し高台の広場まで歩いた。 その帰路、道沿いにある畑から声がかかった。 「こんなに大きくなるなんて思わなくてさ」 同じ地域に住む

『大地の恵み、優しさの恵み』~欲望のポテトサラダ~

…あと1分。…あと30秒。 タイムアタックのように残り時間を意識しながら集中して作業を進める。 キンコーン、キンコーン。 卓上のデジタル時計は、日本標準時ではなく職場のチャイムにぴったり合わせてある。 よし、終わり。 今日できる限りの仕事を最後の最後まで追い詰めるように押し込めて、この日の業務を終えた。 PCをシャットダウンして、散らかさないよう心掛けているデスク回りを手早く片付けると、一刻も早く帰りたい私は「お疲れさまでした」と声を出して席を立つ。 目も合わせ

『大地の恵み、優しさの恵み』~夏野菜カレーとラベンダーの香り~

帰宅するとき、最後の曲がり角の正面にあるお宅が必ず目に入る。 春、夏、秋は季節ごとの花木が次々と咲き並び、冬はイルミネーションが庭を彩る。 季節を目で楽しませてくれるこの風景は、帰宅の楽しみの一つでもある。 7月。 買い物も外食も気軽に行くことができなくなった昨今、ポイントサービスデーにまとめ買いをする習慣ができた。日持ちするもの、冷凍できるもの、加工して作り置きするものを中心に、特売品も合わせてまとめて買い込む。 帰宅したらまずはドアの近くに車を止めて、大きな荷物を

『大地の恵み、優しさの恵み』~ズッキーニのブイヨンパスタ~

6月。 「家の前のブドウ畑、消毒するっていうから家にいたくないのよ」 そんな誘い文句で、週末の早朝に友人と待ち合わせた。 果実が育ちつつあるこの時期、梅雨は恵みでもあり脅威でもある。 地表から近い位置で育つブドウの実は、雨によって地面から跳ね返る土とともに病原菌が付着するそうで、梅雨の合間は消毒薬が散布されることが多い。 目の前にある友人の家はその知らせを受けたら窓を閉め切っておかなければならない。 私の部屋の窓から見えるリンゴ畑も時折り手入れをする人影を見かけるけど

『大地の恵み、優しさの恵み』~大根の葉のツナ炒め~

「終わった終わった!」 声に出して言う。 起伏の多い道を駆け上って降りてカーブで軽快にハンドルを切る。 すっかり日が暮れた通勤路を家に向かって走った。 片付かなかった仕事も、嫌味な上司も、おしゃべりで失礼なおじさんも、なんでも人のせいにする同僚も、今日のことはすべて終わった。 明日のことは明日になってから考える。 帰宅すると、玄関先には一本の大根が置いてあった。 畑の泥がついたままで、青々とした葉もついたままだ。 やった! 泥の塊を外で落としてキッチンに運び入れ、軽