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『大地の恵み、優しさの恵み』~空腹を満たすサツマイモ~

「御花料」と書かれた封筒をしばらく眺めてしまう。

シンプルな白い封筒にエンボス加工された花の模様。たった数百円なのに少し高級感を漂わせている。

この地域では冠婚葬祭の金額が一律で安価に決まっていて、負担にならず頭を悩まさずに済むのはありがたい。

純粋に、去る人を偲ぶことができる。

9月。

その日は夕焼けがあまりにも綺麗で、写真を撮るため少し高台の広場まで歩いた。
その帰路、道沿いにある畑から声がかかった。

「こんなに大きくなるなんて思わなくてさ」

同じ地域に住むその老人は、元教師というだけあって声掛けが気軽だ。
方言が強くないのも、教員だったからか、もしかしたら地元の出身ではないからかもしれない。

昔このあたりは教員向けの住宅が多数存在していたらしく、同じく教師の奥様とご夫婦で移住してそのままこの地に家を買って定住したとのこと。
それほど親しくなくても、ある程度暮らしていれば何となく耳に入ってくる情報だった。

そして、その彼の声掛けに足を止めた私は、両手で抱えるほどのゴロリと巨大化したサツマイモを受け取った。

「面白そうだから育ててみたら、こんなになって」と老人は笑う。

「すごいですね、しっかりしてるし美味しそう!」
本心から出た誉め言葉を私が発する間も、フカフカとした畑の合間を器用に歩いて、老人はまた一つサツマイモを掘り出す。

「ほら、なんでこんなに大きくなるんだか」
私の手元に、もう一つ、土まみれの巨大サツマイモが追加された。

「さっきミヤモトさんが通りがかって、このツルもきんぴらにすると美味いんだって」

何にでも好奇心を持って、人のアドバイスを受けてチャレンジするところも教師としての素質を感じる。

「良かったら持ってって」と言われて、このままではツルも受け取る羽目になるので「ありがとうございます!また通りがかったら!」と、私はその場を立ち去った。

少し歩いて振り返ると、老人はまだ私を見送ってニカニカと笑っていた。

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さて、大きなサツマイモが二つ。

絶妙な力を加えながら慎重に包丁を入れてみれば、その切り口はしっかりと中まで身の詰まった良質なイモだった。

まずは定番!ポテトサラダ。

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ジャガイモをサツマイモに変えただけで、甘くて柔らかい独特の風味になる。

具沢山みそ汁。

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こちらもサツマイモの甘みが生きて、いつも以上に箸が進む。うまい!

そして、サツマイモを入手したときに必ず作るのは、カレーライス!

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他の食材では絶対に味わえない独特の甘み。ペロリと完食。

だいたいカレーは1日では食べ切れないので、翌日は残ったカレーをだし汁でのばしてカレーうどんにする。

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具材もトロトロ、うんま!!
(このときのポテサラは普通のジャガイモ)

さて、サツマイモ消化料理といえば、天ぷら!

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小さいのは別ルートで貰ったクズイモ。無駄なく消化します。

ここでいうクズイモは、サイズと形状が商品化できないため本来なら捨てられるだけのイモのこと。

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品質も味も問題なく、料理中の味見(つまみ食い)にもバッチリ♪

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お蕎麦と一緒にいただきました!

甘いサツマイモ、甘いおかずに抵抗がなくむしろ好みなので、秋の味覚として目一杯こうして楽しむ。

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高台にある広い敷地に足を踏み入れると、瓦屋根の立派な和風住宅が構えていた。

ここのご家族はクリスチャンということで、作法や勝手が違うことに少し戸惑っているのだろう、地域の関係者らしき喪服姿の人たちが所在無げに庭をうろうろしている。
その合間を抜けて、玄関の引き戸をガラガラと開ける。
板張りの廊下越しに襖の開け放たれた和室が見えた。
クリスチャンだからって西洋風の洋館に住むわけではないんだな、と全然関係のない感想を抱いた。

親族らしき人の誘導を受けて和室を進むと、一番奥の間に、つい先日サツマイモをくれた老人が静かに横たわっていた。

横に座る奥様に、お辞儀をする。
襟にレースのついた白いブラウスを着て、奥様はおだやかな笑顔で会釈を返してくれた。
お香典入れのような木製の箱にそれらしき封筒が積み重なっているので、持ってきた御花料の封筒を重ねる。
床の間らしき場所に大量の百合の花が飾られていた。

キリスト教で死は魂が天に召されるので悲しいことではないのだと聞いたことがある。
焼香もなく、ただ手を合わせて、彼の思い出を偲んだ。

がんだったとどこかで耳にしたものの、見た目ではその深刻度まで判断できない。
畑仕事をして巨大なサツマイモを掘り起こす姿から、実はこんな死の境目にいたのだと想像するのは難しかった。

「お野菜をいただきました」生前のお礼を伝えた。
「まあ」奥様が静かな笑顔でお辞儀を返してくれた。
あまり接点のない私たちの会話はそこまでだった。

帰路の途中、畑の横を通り過ぎる。
誰かが残りの収穫を済ませたようで、土は掘り返され、葉のついたツルの山が畑の片隅に寄せてあった。

きんぴらにして食べることはできたのかな。
ニカニカ笑うあの日の老人の姿を思い浮かべた。

彼からもらった巨大なサツマイモは、まだ食べ切れていない。

今日は何にしよう。
まだ作ったことのない、サツマイモの炊き込みご飯を試してみようかな。レシピを思い浮かべていたら急に空腹を感じた。

生きていればお腹が空く。

私は家路を急いだ。

終(2124文字)

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