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心の筋肉

ヒトが食べたものは、咀嚼し粉砕され分解されて、必要な栄養分が吸収されて生きるための糧となっている。

人が抱く感情も、同じような過程を経て私たちの生きるエネルギーになっているのだろうか。

感情。

『心の筋肉』といわれ、ないものは『馬鹿だ』といわれる始末だ。
身体において精神が未熟だと馬鹿だといわれるけれど、肉体がなくても馬鹿だと言われないのはどうしてなんだろうか。

舌打ち一つ。棘ついた言葉一つ。
それだけ取り出してみても、今でも忘れないくらいの苦々しさや腹立たしさの味わいが蘇る。大切な人の料理の味を思い出せるのは、再びそれを味わった瞬間だけだというのに。

ここで記憶について言えるのは、身体では次々と累積され、感情では無作為な地雷となる、ということ。

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