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処遇改善加算という制度は、全体像は単純なれど本質が理解されにくい

■ 介護職の賃金改善対策


介護職は社会的必要性が高く、業務負担が大きいわりに賃金が低いと言われている。さらに少子高齢化も相まって人手不足は加速している。

その人材確保として、国は賃金改善の一環として「介護職員処遇改善加算」を基軸とした、介護職のベースアップを目的とした制度を打ち出している。

現状「介護職員処遇改善加算」「介護職員等特定処遇改善加算(以下、特定処遇改善加算)」「ベースアップ等支援加算」の3本がある。

介護職員処遇改善加算は2009年に交付金として始まり、かれこれ15年ほどの歴史がある。介護保険サービスとしての事業の特質から見ても、現場で奮闘している介護職員の賃金改善というのはありがたい話だ。

しかし、現場の介護職員は理解は程遠く、それどころか管理者もよく分かっていないことが多い。何なら介護サービス事業者も未だに振り回されており、問い合わせ先の行政も四苦八苦している様子が伺える。

それは処遇改善加算という制度が複雑すぎるからだと思う。
制度の概要も、手続きも、配分の考え方も・・・すべてが複雑だ。

もちろん、私の理解不足も多大にあることは認めるし、介護保険といういわば税金を利用して受給するのだから、手続きや要件のクリアなどで四の五の言うのは甘いと言うことも認める。

それでも、国が公開している概要や通知文の言い回しの難解さ、各加算の支給・配分基準が異なること、申請・実績報告が未だExcelベースで作成しにくいということなど、「どうしたらよいものか」という状態である。

これら複雑な処遇改善加算は1本化される動きがあるらしいが、どこまで簡潔化されるものか・・・。


■ 全体像としては単純


このような複雑な制度は、介護サービス事業者や行政だけの問題ではない。経営や労務に関わる話なので、介護サービス事業所を顧客にもっている銀行や税理士・労務士事務所などもこの複雑な制度に頭を悩ましている。

そこで、そのような介護と縁遠いような業種の方々から「概要だけでいいのでいいので、分かりやすく教えてくれないか」と相談を受けることがある。本来ならば、これは現場の介護職員や管理者に対して制度の意図や仕組みを理解してもらい、要件をクリアするために協力を得る必要があるものだ。
しかし、それがまだ十分に至っていない状態なのに、介護に携わっていない方々から指南を求められる。

そのような相談に応じているうちに気づいたのだが、処遇改善加算という制度はプロセスこそ複雑であるが、全体像としては実はシンプルであることに気づく。そのため、あくまでざっくりとした流れだけは以下の通りとなる。

・目的は、介護職員の賃金改善である

・事業所は、介護保険課などへ計画書(申請書)を提出する

・年1回、期日までに実績報告を介護保険課などへ提出する

・「職場改善等の要件」「キャリパス要件」などの要件を整備する

・受給額は「介護報酬護報酬 ✕  〇%」で計算される
 (〇%はサービス形態によって異なる)

・原則、毎月の賃金のベースアップとして支給する(基本給、手当など)

・受給額以上の金額を、介護職員へ支給・分配する(内部留保は違反)

・介護職員に対して算定計画及び実績を周知する

・・・おおまかな概要というかルールとしては以上だ。申請して、整備して、受給した分以上を配分して、実績報告する・・・という話だけだ。

もちろん、「年440万円以上」とか「3分の2以上を毎月の給与に上乗せ」とかいうそれぞれの条件や制約が加わるし、計画書(申請書)や実績報告などを提出した後に、受け付けた担当部署からのダメ出しに対して修正・再提出という作業もある。

実務的なところはさておき、あくまで大まかな概要だけを抑えておくならば、介護職員の賃金改善が目的であることと、上記の流れを抑えておくくらいで十分だと思う。


■ 介護職員も参加するもの


処遇改善加算は、本当に細かい実務的なところまで話すとキリがない。
だからこそ、計画書や実績報告の書式は簡便化されていっているし、国も1本化することを検討している。

そのような誰が見ても複雑で面倒な制度を、現場の介護職員にも理解してもらう必要があるかと問われれば、別に必要ないと思う。制度の概要は大まかに伝えたとしても、それを現場で活用するわけではないからだ。

しかし、事業所が頑張って手続きしてくれて、賃金改善の対象たる介護職員の賃金は黙っていても上がる・・・と思うのはお門違いだ。

上記の大まかな概要の中に、「職場改善等の要件」「キャリパス要件」などの要件を整備する という項目があったが、これらは介護職員もしっかりと関わる話である。

というか、これが処遇改善加算における重要なポイントである。

そもそも処遇改善加算は「介護職員も参加するもの」であり、職場改善を図ることで自らの職場を向上するとともに、事業所のサポートのもとで自らのキャリアを構築していくという狙いがある。

元来、昇給などの賃金改善は、その職員のスキルや成果に対して会社が評価するものである。黙っていて賃金が上がるなんてことはない。
だからこそ、職場改善に貢献したり、資格取得したり苦手意識のある業務を克服するといった努力をもって、その成果として賃金改善につながる――― というのが本来のあり方である。

賃金改善も含めて、キャリア構築においては事業所はサポートするものの、あくまで介護職員が主体的になる必要があるのだ。そうでないと、「何か知らんが給料が上がった」となりかねない。


■ 報道の仕方から誤解されがち


「何か知らんが給料が上がった」と介護職員が思ってしまう現象は実際にある。その原因の1つとして、メディアによる報道の仕方の問題がある。

介護職員処遇改善加算が出るときは「介護職員に毎月10,000円支給される」と報道され、特定処遇改善加算が出るときは「年440万円」と報道され、ベースアップ等加算においても「月9,000円のベースアップ」などと言う、何とも夢と期待を与えるような伝え方がされていた。

しかし、それはあくまで理想であって、実現できている事業所はどれくらいあるのだろう。確かに介護人材を確保するには賃金が高いほうが良いだろうが、一方で人手を充足させるとなると受給した加算額をそれだけ分配する必要があるので1人あたりの額が減ることになる。

となると、売上である介護報酬のベースアップはされていないまま上記の理想的な賃金改善を行うとなると、事業所が資金を切り崩すことになる。それは一時的にはできても、結局は続かない。

そもそも、メディアの報道の仕方は「介護職は賃金が低い」というネガティブ要素を取り上げて「なんと、このたび10,000円のベースアップが可能になりました!」なんて、まるでTVショッピングみたいな取り上げ方をするから、それを真に受けた介護職員が、その本質を理解しないまま「ラッキー」と思う。

そして給与明細を見て落胆したり、「もっと貰えるはずだ、事業所は横領したに違いない!」などと騒ぎ立てたりする。そこで前述したような全体像を伝えたとしても落胆や怒りが静まることはない。

メディアは面白おかしくしたいのは分かるが、もう少し考えてほしいというか勉強してから報道していただいたいと思う。


――― と、何だか愚痴っぽい話になったが、とりあえず処遇改善加算とは介護職員の賃金改善が目的であり、それは介護職員も自発的に参加するものであるという点さえご理解いただければ幸いである。


ここまで読んでいただき、感謝。
途中で読むのをやめた方へも、感謝。

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