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衝撃が忘れられない漫画「童夢」を語る

こんにちは!
株式会社LOCKER ROOMでWEBTOONのプロデューサーをしている久保田大地です。
僕が敬愛する作品の魅力言語化シーリーズの第一弾として、前回は「風の谷のナウシカ」についての記事を書きました。
今回はその第二弾、偉大な漫画家大友克洋について語ります。
大友克洋先生といえば、世界的に「ジャパニメーション」を普及しSF漫画の金字塔となった「AKIRA」が代表作。AKIRAについて熱弁したい気持ちも山々なんですが、今回は僕が初めて出会った大友先生の作品「童夢」について前哨戦として熱弁したいと思います。


童夢とは

1983年初版版童夢(澱夜書房より)

童夢との出会い

残骸が浮かぶ灰色の表紙に、禍々しい赤で書かれた「童夢」という不気味な2文字。
出会いはナウシカの漫画に引き続き、父の本棚でした。父の本棚の中でも一際古く、半ば朽ちかけていたこの一冊の漫画本は、当時中学生の僕の目に異様に映りました。何か読んではいけない漫画のような雰囲気が漂っていたのです。
好奇心に負けて開いてしまいましたが、実際読んではいけなかったのかもしれません。読み終わった後、たった一巻の漫画だったにも関わらず、日が暮れゆく夕刻の部屋の中でしばらく身動きができませんでした。それほど衝撃的な作品だったのです。

あらすじ

1983年、実に僕が生まれる12年も前に発行された童夢は、同年日本SF大賞に輝き、後に数多くの著名漫画家に影響を及ぼした日本漫画界のマスターピース的な作品です。
たった一冊の漫画が当時の人々にどれだけの衝撃を与えたかは、今読んでも想像に難くありません。

物語の舞台は東京郊外のマンモス団地。この団地にはありとあらゆる世代の人が住んでいますが、ある不気味な「いわく」があります。わずか3年間で25人もの人が不審死を遂げているのです。
警察は自殺か他殺かも判断できず、捜査は難航。とある夜、団地に張り込んでいた刑事の前に、異様な姿をした老人が姿を現します。
それが超能力を持った老人、チョウさんでした。

「童夢」より チョウさん

翌日刑事は遺体となって発見されます。
まるで子供の遊びのように、超能力を使って次々と人を殺めるチョウさんの悪意に唯一気づいたのは、この団地に引っ越してきた悦子という小学生の女の子でした。
彼女はチョウさんと同じく超能力を持つ少女。何も知らない団地の住民達の平穏の裏で、静かに行われる2人の攻防。やがて異能を持った老人と少女の「ケンカ」は団地全体を揺るがし、とんでもない結末を迎えることになるのでした。

大友克洋の偉大さ

まずは大友先生の凄さを抜きには童夢を語ることはできません。
日本漫画の歴史は「大友以前、大友以後」で分けられると言われるほど、後世に多大な影響を与え、漫画の歴史を変えてしまったのです。

大友以前

大友以前の日本漫画の歴史は、漫画の神様と評される手塚治虫の功績がベースになっていました。信じられないペースで傑作を生み出し続け、今日の漫画に繋がるコマ割りなどの発明は、まさしく漫画の神様そのもの。
4コママンガのような作品が主流だった戦後、アニメのようなコマ割りのマンガを発表し飛躍的に日本漫画の可能性を高めました。手塚治虫は「アニメのような漫画」にとどまらず、実際日本で初めて30分枠のアニメーションを毎週放送します。それが「鉄腕アトム」です。
手塚後にその影響を大いに受けた世代が台頭し、その1人が大友克洋でした。

大友以降

手塚治虫の漫画と大友克洋の漫画を置き換えるならば、「アニメ」と「映画」でしょう。ディズニーをモデルにした手塚の漫画はまさにアニメ調。対して大友の漫画は誇張を廃し、緻密で写実的。そして実写映画を見ているかのようなカメラアングル的な構図が特徴的です。
童夢はまさに大友が「一本の映画のように漫画を作る」と決めてから構成に着手した漫画であり、この作品が一冊で完結しているのもそのため。これまでショートストーリーばかり描いてきた大友の実験であり、挑戦だったのです。

童夢の衝撃3選

ここからは僕がいまだに忘れられない童夢の衝撃を3つ解説します。

生々しいほどリアルな舞台設定

童夢はSF作品でありながら、まごうことなきホラー作品です。
といっても見るからに怖い絵とか、恐ろしい呪いの類は登場しません。まるでにおい立つような不気味なリアリティ、それが童夢をホラーたらしめているのです。
多くの人が住んでいるにも関わらず、どこか閉鎖的な団地という異空間。
現実世界の暗部を映す、何かが欠落した住人達ーーアルコール中毒の父を持つ子供や、流産で精神がおかしくなり人形をベビーカーに乗せて徘徊する母親、家族に見捨てられた痴呆症の独居老人…。
漫画という二次元の物語の中に、あまりにも生々しい三次元空間が存在するかのような感覚を覚えます。
今でこそ「闇金ウシジマくん」や「明日、私は誰かのカノジョ」のようなリアルで心をえぐるような作品は人気を確立していますが、大友克洋の人間の日常描写の巧みさは当時から抜きん出ています。

驚異的な写実描写

大友克洋といえば写実性。そう断言してもいいほど、大友克洋は絵が変態的に上手いです。まるで3Dモデルを使ったのかと見紛う背景が、全て手描きだというから痺れます。

「童夢」より 緻密すぎる団地

背景のリアルさはもちろんのこと、大友の革新は人間の描画にも表れます。
漫画のキャラクターは頭身が妙に高かったり、目が大きく鼻が高い美男美女で溢れかえっていますが、大友が描いたキャラクターはその逆。メインキャラであろうと目は小さく吊り目、鼻が低いザ・日本人顔をしているのです。

「童夢」より 主人公の少女悦子

賛否はともかく、このデザインはまさに衝撃的でした。
さらに最も僕に衝撃を与えたシーンを紹介しましょう。
物語の終盤、チョウさんと悦子の超常バトルはクライマックスに。はやる気持ちでページをめくった瞬間、見開きの2ページでこれです。

「童夢」より チョウさん

この時は思わず僕も同じ顔になってしまいました。
その異常なまでの画力が、漫画をまるで実写映画のように見せることを可能にしたのです。

前代未聞だった超能力の表現

最後に、やはり童夢の一番の見せ所はなんといっても超能力です。
モダンホラーでありながら、ド派手な超能力者としても楽しめる一石二鳥の作品なんです。
そしてこの能力の描写方法が、まさに日本漫画の歴史を変えたと言われる根拠なわけです。
これまでの漫画でも超能力に通じるような設定・表現は数多描かれてきました。ドラゴンボールのカメハメハに代表される光線など、能力は線で可視化されていたのです。
ところが童夢では能力自体が光線などで見えることはありません。はたからみれば何も起きていないかのようにさえ見えます。しかしチョウさんが空中で手をひねれば遠くのガスの元栓が開き、悦子が睨みをきかせば小石が空中で静止します。大友克洋は能力が作用するモノを使って、能力を可視化したのです。
その最たる例がこちらです。

「童夢」より ズン壁

漫画史という授業があれば、確実に教科書に載るであろう歴史的な1コマとされています。
目に見えない能力が、壁が球状に凹むことによって見えてくる。これがどれほど衝撃的なことだったのか、平成の世でこの作品を読んだ僕にとってはあまりピンときませんでした。なぜなら、今ではこのような表現をする漫画は普通だからです。
そして後に、この普通は全て童夢という一冊の漫画のこの1コマから生まれたのだと知りました。

大友以降、数えきれないクリエイターが彼の影響を受けたとされています。「ナルト」の岸本まさしや、「プルートゥ」の浦沢直樹、あのスティーヴン・スピルバーグでさえ、大友表現方法の虜になり模倣したと言います。
今回は、時代を変えるほどの天才・大友克洋と、その出世作「童夢」について語ってみました。

現在LOCKER ROOMではプロデューサー同士でWEBTOONを読んで分析会を実施しており、有名作品のインプットを習慣化し、物語の構造や登場人物について考察する時間を設けています。
LOCKER ROOMのオフィスには童夢だけでなく大量の漫画があります。
気になった方は是非オフィスまで遊びに来てくださいね。

それではまた!

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