ぽてと元年-_7_

ぽてと元年 第四回 シェアオフィス日記

フリーのライターをしている。家にいると仕事ができないので、歩いて30分ほどのところに仕事場(シェアオフィス)をかりている。

11月5日

すぐ爆睡するおじさんがいる。せり出したおなかの上に手を組んで、首をちょこんと曲げて寝る。すごくイビキがうるさい。14時あたりに30分ほど眠る。私が徳の高い人間であれば「かわいらしい」と言って許せるかもしれないが、めちゃくちゃに腹を立てている。一週間に一度ならいいが、毎日寝るのはどうなのだろうか。

自分がいかに不寛容なのか知る。しかし私も不寛容なオフィスでは困るのだ。なぜなら私がタイピングする音もうるさいからだ。努力しているが、なかなか静かに打てない。イビキも許し、タイピングの音も許してもらう。これが一番いいはずだ。


11月7日

近くの駅ビルで、ちょっと高いランチセットを食べた。すると爆睡おじさんもそこにいて、同じものを頼んでいた。親近感がわく。人類はお互い様なのだという気持ちに少しなる。オフィスに戻り数時間立つと、またおじさんは膨らんだおなかに腕を置きながらイビキをかいている。


11月20日

いつもいるマスクのお兄さんは、紙パックの飲み物を蛍光黄緑のマグカップに注いで飲んでいる。

私はいつも仕事をはじめる前に窓を少し開け、換気をするのだけど、マスクのお兄さんに「寒いので閉めていいですか」と言われる。ごめん。


12月14日

おじぃが亡くなり、沖縄にしばらく帰っていた。またシェアオフィスへ行き、働き始める。文章はまとまらない。でも仕事があって、手を動かせるのは本当にありがたい。家にいると落ち込むので、毎日オフィスに来ようと思う。今日も爆睡おじさんはイビキをかいてるよ。


12月24日

クリスマスイブも仕事をしている。オフィスではいつもダサいジャズの音楽が流れていて、かなりげんなりしている。今日は「恋人たちのクリスマス」のジャズアレンジが流れ出して、本当に本当に頭にきた。沖縄にいたころは、親戚で集まってクリスマスパーティをしていたことを思い出す。


1月2日

「正月は美味しいものを食べましたか?」と母から連絡が来たので、シェアオフィス近くの寿司屋に行き、2000円の寿司を食べて仕事を始めた。ビールを我慢した。あんまり美味しくなかったので、カレーを食べればよかったと思う。おばぁに電話して年始の挨拶をする。

シェアオフィスでは、いつものメンバーがいつも通り働いていた。爆睡おじさんはまだ爆睡している。マスクのお兄さんは紙パックの飲み物を蛍光黄緑のマグカップに注いで飲んでいる。私はあいかわらず、キーボードを打つ音がうるさい。


1月4日

シェアオフィスには、爆睡おじさんと私の2人だけ。ぷっぷっぷっぷ、と爆睡おじさんはリズミカルにオナラをした。生理現象だから仕方がないが、やり方というものがあるのではないだろうか。だんだん腹が立ってくる。

あとからきた眼鏡のおじさんが、大きなゲップを二回かましたので、本当に腹が立った。私は気が短い。しかし私のキーボードの音もうるさいので何も言えない。

あまりにも腹が立ったので、はてな匿名ダイアリーにその旨を書いたら、4件コメントが来た。不寛容な社会に加担してしまったと反省する。

フリーライターの遠藤哲夫さんは「地域は好きでもないヤツと暮らす場所」と言ったが、シェアオフィスは好きでもないヤツと仕事する場所なのだ。


1月7日

ライターの直江あきさんと、昼ご飯を食べる。場所は違うが、直江さんも同じ系列のシェアオフィスを使っている。彼女のシェアオフィスには、どうやらカウンセラーがいて、その場で電話でのカウンセリングをするらしい。
「迷惑なのもあるけど、あんなに個人情報つつぬけでええんかな」と直江さんは言う。私も心配になる。


1月8日

怪しい職業コンサルの男は、私よりキーボードを叩く音がうるさい。

綺麗な女性を連れてきて、オフィスで面接をはじめた。会話は許可されているが、長時間の会話をするのはどうなのだろうか。会議室があるので、会議室をかりてほしい。

コンサル男性は、その女性と話が弾み、「飲み物買う?」などと言って、隣にある自動販売機から女性が選んだジュースを買っていた。女性は、飲食で働いているけれど、今後の仕事に不安があるとのこと。こんなに個人情報がつつぬけでいいのだろうか。

そして、だんだんとその綺麗な女性と、恋が生まれそうな話の弾み方、あの独特な自己開示のやり取り、などをしていて、「なぜシェアオフィスでラブなのか」と憤りを感じる。
2時間くらい経ったら、女性が帰ってほっとした。

すると今度はぼんやりとした男性が面接に来た。あれだけ、にやけた顔をしていたコンサル男性の顔から柔らかさが消え、声のトーンも冷たい。20分で面接は終わった。飲み物は買ってあげなかった。ぼんやりとした男性ののどは、渇いたままだ。


1月11日

日々コツコツと真面目に仕事に取り組んでいるが、全然終わらなくてウケる。


1月12日

オフィスの壁に、「ご利用マナー」の大きな紙が貼られる。禁止事項に「大きなキーボード音やイヤホンからの音漏れ」と書いてある。ごめん。


1月14日

朝早く起きて、シェアオフィス近くの喫茶店でモーニングを食べる。まだ正月気分なので、オムレツ付きの一番高いセットを頼んだ。阿部公彦『文学を〈凝視〉する』を読む。周りの人たちも、本を読んだり、参考書を開いたりと、勉強熱心な感じだ。早起きする人は素晴らしい。

店から出ようとすると、マスクのお兄さんが入店してきた。お互い遠くを見て気がつかないふりをする。遠くにはなにもない。


1月17日

女性たち4人がケトルを持ち込み、お茶を飲み、談笑していた。

女性のひとりが、「ここはカフェスペースなんだ」と言っているが、カフェスペースではない。会議室があるので、会議室をかりてほしい。しかしこういう自由さは、嫌いではない、というかOLになったような心持ちになる。

「ドロドロ血が酵素でサラサラになるのが顕微鏡で見える」と女性たちは言う。時計回りに、自己紹介とビジネスの近況について話し出す。


1月21日

私だけが風紀委員のように目くじらを立てていて、他の人たちは自由にやっていることに気づく。どちらが素敵かは、明らかだ。


筆者紹介
山本ぽてと (Twitter: @YamamotoPotato)
1991年沖縄生まれ。今年から家での飲酒は週2回までと決めた。お酒はちょっとだけ体にいいと信じていたが、ただ体に悪いと知った。連載に「在野に学問あり」「スポーツぎらい」。

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