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思春期の子育て~あれは、自我の目覚めだったのかもしれない…~

はじまりは
2年前のSTトークでした。

息子の中学校には
先生と生徒が一対一で話をする
STトークというものがあります。

事前に希望調査のようなものがあり
先生を指名することも
できるようなのですが
1年生での初めてのSTトークで
息子は特に何も考えずに
「誰でも良い」
に○をしたようなのです。

そしたらそしたら、
トークの相手は
先生も先生、
校長先生にあたったのだそう。

さすがに
最初は驚いたようですが、
それなりに楽しい時間を
過ごすことが出来たようです。

色々な話をする中で
将来の夢について
尋ねられたと言います。

息子の夢は、宮大工。

主人の影響もあって
小さい頃から
物作りが好きだった息子は
小学校3年生ぐらいの頃から
将来は大工になりたい
と言うようになりました。

高学年の頃、
偶然テレビで見た
宮大工の技に魅せられ、
それをきっかけに
宮大工を目指すようになりました。

小学校の卒業文集にも
他のみんなが
小学校生活の思い出を書く中
息子だけは
宮大工の技に惹かれたこと
将来は宮大工になりたいこと
を書きました。

文集のタイトルは
「光付け」

光付けとは伝統技法のひとつで
息子が魅せられた技の一つです。

校長先生とのSTトークでも
将来、宮大工になりたいことを
話したと言います。

さて、
このSTトークの後、
この話が
ある先生の耳に届きました。

それは
教師であり宮司でもあるO先生。

そこから
O先生との交流が始まりました。

O先生の神社にも
家族でお参りに行きました。

O先生は
様々な国を
旅してきたと言います。

だからでしょうか。
先生は
型にはまらない
自由な考えを
もたれていたように
思います。

多くの生徒から慕われ
授業も楽しいと評判でした。

残念ながら
息子は
O先生の担当クラスでは
なかったのですが
たった一度だけ
O先生の授業を受ける機会が
あったようで、
その時のことが
今でも忘れられないと言います。

「自らが生ける教材でありたい」
そう語っていたO先生は
その言葉の通り、
自らの生き方を通して
子どもたちに
本当に大切なことは何かを
示していたように思います。


さて、
1年生の3学期のある日のこと。

担任の先生を通じて
校長先生から
ある記事が届きました。

それは
ある有名な宮大工K氏の記事でした。

正直、その時
私たちも息子も
K氏について
詳しく知りませんでした。

ネットにも
その人の現在の情報は
あまり詳しくは載っていなくて。

K氏について
あれこれ調べているうちに
K氏が若き頃に修行を積んだという
1人の宮大工に辿りつきました。

その人物こそ
人間国宝級の日本が誇る宮大工
西岡常一氏でした。

息子は大の読書嫌いなのですが、
西岡常一氏の著書
「木に学べ」をすぐに購入し
早速読み始めました。

西岡氏について
知れば知るほど
息子は
西岡氏の考え方、生き方に
魅了されていきました。

西岡氏は
法隆寺専属の宮大工であり
また一方で
自給自足の生活を
されていた方でもあったようです。

もし、
西岡氏と同じ時代に生きていたら
絶対に西岡氏の元に
弟子入りしたかった
と息子は言います。

もともと
自然や農業も好きな息子は
西岡氏が
農業高校を出ていたこともあり、
宮大工になるにせよ
農業についても学びたい
という気持ちも
芽生え始めていました。

2年生になり
進路希望調査に
初めて
「第2希望 ◯◯農業高校」
と書きました。

さて、
2年生のお正月。

その年も
O先生の神社に
初詣に行きました。

実は、O先生は
前の年に他校へ異動してしまい、
約1年ぶりの再会でした。

「自分のことは覚えていないと思う」
と再会に不安もあった息子でしたが、
先生の方から
「おお、◯◯君!」
と声をかけられ、
とても喜んでいました。

その日
先生からある神社を
紹介されました。

「最近完成したばかりの神社です。
 そういう神社を見る機会は
 なかなかないでしょうから
 ぜひ行ってみてください」と。


さて、それから
3週間ほど過ぎた
ある夜のこと。

私と主人が
居間で寛いでいるところへ
突然息子がやって来て
こう言ったのです。

「進学はしない。
 中学を卒業したら弟子入りする」と。

進路希望調査には
進学を希望しない
弟子入りする
と書かれていました。

どうやら
ネットで宮大工について
色々調べているうちに
関東に
西岡氏のお弟子さんの会社があり
そこで
住み込みで働けるらしいことが
分かったようなのです。
(もちろん、
働かせてもらえる保障など
どこにもないのですけれど)

正直、私は、
あまり驚きませんでした。

実は
小学生の頃にも
同じようなことを言われたことが
あったのです。

その時
弟子入りしたら
どんな生活が待っているか
一緒に調べました。

私から見ても
厳しいと思えるその生活に
なぜか
息子はとても興味を持ちました。

15歳で弟子入りするということは
相当の覚悟が必要であることを
何度も話しました。

それでも
息子の思いは変わりませんでした。

中学に入学して間もなく
「先生から
 『今の時代、中卒は厳しい』
 って言われた」
と寂しそうに帰って来ました。

それから弟子入りのことは
口にしなくなり
進路希望調査にも
高校進学と書くようになりました。

保護者の欄には、いつも
本人が選んだ道を応援します
と書きました。

表向きは
高校進学を目指していた息子。

でも、本当は
ずっと迷っていたのです。

高校を卒業してからでは遅すぎる

西岡氏のこの言葉が
ずっと頭の片隅にあって。


主人は少し戸惑っていました。

それで、
「気持ちは分かった。
 とりあえずさ、
 先生が教えてくれた神社に
 行ってみよう。
 そして、ゆっくり考えよう」
と言いました。

それに対して息子は
「それはいいけど…。
 気持ちは変わらないよ」
ときっぱり言いました。


それから程なく
例の神社へ
家族で出掛けました。

その神社は
家から車で
2時間ほどの場所にありました。

家族3人での遠出は
久しぶりでした。

「もうすぐ着きそうだよ」

賑やかな国道をそれ
細道に入って行くと、
突然目の前に
きらびやかな神社が
姿を現しました。

す、すごいね…

それは
圧巻の佇まいでした。

私たちの他に
参拝者はいませんでした。

おかげで
心ゆくまでゆっくりと
拝観することが出来ました。

最後に写真を撮り、
社務所で
御朱印をもらうことにしました。

社務所の中には
女性が1人
それから
宮司さんらしき男性が1人いました。

住まいを尋ねられ、
答えると
さらに
この神社のことを、
何で知ったのか
尋ねられました。

そこで、
息子が宮大工を目指していること
OO神社のO先生のこと
O先生の紹介で来たことなどを
話しました。

そしたら、女性が
「ああ、O君ね、この間会ったばかり」
と言うから驚いていましました。

O先生の事を知っていた!

しかも、
なんとその後すぐに
「中にどうぞ」
と本殿の中に通されたのです。

「えっ!いいんですか?!」
突然のことに驚き、
戸惑いつつも
中へ入らせていただきました。

本殿の中は
そこらじゅう、
木の香りが漂っていて、
どこもかしこも
キラキラと光り輝いていました。

「こんな機会滅多にないよね」

まるで夢の中にいるようでした。
と、その時でした。

「当神社は、OO公社に…」

宮司さんの言葉に
私たちは
驚いてしまいました。

OO公社!

それは正に
校長先生からいただいた
あの記事の宮大工
K氏の会社。

驚く私たちに
宮司さんは言いました。
「実はまだ少し工事が残っていて
 何度か来ますから
 見学に来られてはどうですか?」

一瞬にして憧れの宮大工とつながった…

宮司さんは続けて
こう言いました。
「K さんがおっしゃっていました。
 宮大工の成り手が少なくなって、
 今、弟子を探している、と」

帰りの車で
息子は放心状態でした。

一気に夢が目の前に近づいて。

その翌日
息子は神社へのお礼の手紙と
K氏への手紙を書き、
投函しました。

詳しい内容は分かりませんが
K 氏宛には
神社での工事の見学ではなく
会社の見学をさせてほしい旨を
書いたようでした。

それからしばらくして
K氏から返事が届きました。

なんと、
会社見学を承諾してくださったのです。

その後、
電話連絡で日程が決まり
春休みに、
憧れの宮大工に
会いに行くことが決まりました。


そして
いよいよその日がやってきました。

初めて訪れるK氏の会社。

広い敷地のあちこちには
たくさんの木材が置かれていました。

「うわあ、すごい!」
息子は目を輝かせていました。

事務所から
K氏が現れました。

うわあ、本物だ。

私も興奮してしまいました。

挨拶をし、
K 氏やそこで働く宮大工の方と
10分ほどお話させていただき、
あとは息子を託し
私たちは一旦会社を後にしました。

聞けば、会社内の見学だけでなく、
◯◯公社が手掛けた
近くの寺院も
案内してもらったと言います。

3時間後、
息子を迎えに行き
最後に事務所で私たちも交え
色々とお話をうかがいました。

K氏は自身が
これまで辿ってきた道を話された上で
見聞を広めていくこと
人間性が磨いていくことの大切さを
話して下さいました。

宮大工への道
と言っても
中卒、高卒、大卒など色々な道がある。

正解はない。

最終的に決めるのは自分だと。

息子はK氏の話を
噛みしめるように聞いていました。

◯◯公社を訪れた後
息子の出した答え
それは…




高校進学でした。


校長先生とのSTトークから始まった
この一連の出来事。

一時は
中学卒業後
弟子入りを決意した
息子でしたが、
最終的には、
高校進学を目指すことに決めました。


本気で弟子入りを決意したこと。
そこから
突然つながったご縁。
宮大工に会い
現場を自分の目で見、
肌で感じたこと。
そこで感じた不安や迷い。
全てに意味があったのだと思います。

そして今
あの時のことを振り返って、
思うのです。

あれは
自我の目覚めだったのだな…と。

息子は今自分探しをしている…
なりたい自分と今の自分
宮大工になりたい
でも、果たして本当に
宮大工としてやっていけるのだろうか…

きっと今もなお
15の心は
期待と不安で
大きく揺れ動いていることでしょう。

今年
息子は工業高校を受験します。

そして
3年間の高校生活の後
宮大工を目指します。

でも、
もしかしたら
数年後
全く違う道を
歩んでいるかもしれません。

先のことは分かりません。

ただ、どんな道に進むにせよ
その時々で
息子が望んだことを
息子の選んだ道を
私たちは信じ、
応援し続けていきたい…

そう思います。





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