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不幸の花屋【短編】

「いらっしゃいませ。本日はどういった物をお探しですか?」
 店に入るとふんわりと甘い香りを漂わせながら、エスニックな装いの店員が現れた。何処と無く、妖艶とか甘美とかの単語を連想させる見た目だ。年齢は50くらいなのだろうが、瞬間瞬間によってそれ以上にも見えるし下にも見える。
「ちょっと……人に送りたくて」
「花束や鉢植、1輪などございますがお気持ちに併せて大きくしていくのが効果的ですね」
「……ちなみに1番大きいのだとどれくらいですか?」
「それでしたらあちらの壁際のものが」
示された方には開店祝いで見るような特大の物が置かれている。それを送りたい気持ちもあるが、予算との相談もしなければならない。送るだけ送って自分の首を締めては何の意味も無い、私は幸せにならなければならないのだ。
「……じゃああの窓の近くにある、大きいブーケみたいなのでお願いします」
「畏まりました。では早速取り掛かりましょう。多少聴き取りにもお時間頂きますがよろしいですか?」
 私は頷いた。
「まず1番中心になる物から決めていきましょう。今回の事で、貴方が感じた1番大きな感情はどういったものですか?」
「1番大きな……」
思うことは数え切れない程ある。嫉妬、我慢、呆れ……でも1番と言われればこれだろう。
「怒りです」
「なるほど、では怒りの花言葉から作って行きましょう。まずはこの芍薬です。白やピンクのものには恥じらいや幸せな結婚などの意味もありますが、こちらの紫に関しては憤怒、怒りといった意味を持ちます。弟切草には恨み、敵意の意味がありますが、ストレートなのは芍薬でしょう」
「……それにします」
「かしこまりました」
 店員は頷くと芍薬を手に取り、テーブルの真ん中に置かれた寸胴の太い瓶に挿した。
「続いて貴方が他にどんな気持ちを抱えているか教えて頂けますか?」
「悲しみとか捨てられた恨み……知った時の絶望感」
「それならばマリーゴールドは如何でしょうか。歌にもなりましたしご存知かもしれませんが、マリーゴールドは嫉妬、絶望、悲しみの花言葉を持ちます」
「お願いします。あ、あの」
「はい」
「あればで良いんですが……四葉のクローバーはありますか?」
「はい、ございます。では全て挿し終わった後に根元に飾りましょう」
 そうやって質問が繰り返される度、空っぽだった瓶が色とりどりの花で埋め尽くされていく。最後の1本が決まり、私の、私だけの想いのブーケがが形を成した。
 美しい花々ではあるが、改めて見れば何処かに異様さを持っている様に感じる。
 歪に歪んだ強烈な色。
「お手紙は添えられますか?」
「手紙……ですか」
「直接的な言葉を認めて頂いても構いませんし、例えば少し暈しつつ『あなたの将来を思って』なども良いかと。勿論添えられなくても」
「書きます」
「かしこまりました。ではあちらのテーブルで」

「何から何までありがとうございます」
「いえ、お力になれたのなら幸いです。お客様の想いが成し遂げられるようお祈り申し上げます」


 何週かの後お礼を伝えに行ったが、まるで最初から違ったかのように居酒屋が店を構えていた。中からは店員の威勢の良い声が聞こえて来る。
 私は中に入ってビールを注文し、一息に煽った。

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