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振り向くな【ホラー】

仕事が終わり、いつも通りに電車に乗ろうとしてエスカレーターの列に並んでいた時の事です。

今日の夕飯はどうするかなとネットで調べながら、そういえば冷蔵庫に何があったか思い出そうと、何気なく携帯から目を離して顔をあげました。
「……ん?」
気の所為かもしれませんが目の前の女性と目があった様な気がしたのです。後ろに並んだ人が気になってつい後ろを向いてしまう事もあるでしょう。もしくは歩いて降りる人もいますから、だから特に気にせずまた携帯に目を落としました。
もうそろそろ階段部に来るなぁと、また顔をあげたのですが
「…………」
今度は明らかに私の顔を見ていました。時間にしてコンマ数秒でしたが、間違いなくこちらを見ていて、いえ、睨み付けていたのです。
この瞬間、私の脳裏に過ぎったのは痴漢と間違われてはいやしまいか、という事でした。触ったりなどしていませんが、多少詰まっている事もありそう思われてしまったのかもしれません。やっていない事の証明をするのは大変厄介ですし、どうにか距離を置く他ない。そう思い、前に進みつつも少しずつ空間を空けていきました。段数でいうとたった1段空いているだけですが、よくある、普通の並びになりました。あぁ、これで大丈夫だろう、そう思いました。

しかしながら、その女性はエスカレーターを降り切るまで何度も何度もこちらを睨み付けたのです。親の仇か、はたまた敵国の兵士か。それくらいの鋭い視線に私はどうするべきか分からず、ただ内心ビクビクとしてしまいました。「なんですか?」と聞くことも出来たでしょうが、それで興奮されて冤罪をかけられてはたまったものではありません。とにかく目を合わせないようにするしかない。
何度も何度もこちらを振り返り、エスカレーターを降りてなおこちらを振り返りながら、手提げのカバンを通行人にぶつけながら去って行きました。
「なんなんだ……まぁ、変な事にならなくて良かった」
ムッとした部分も無くはないですが、荒立てる方が恐ろしいですし、話のネタになるだろうと電車を待つ列に並びました。

〜〜♪

電車が到着するアナウンスが流れ、遠目にヘッドライトの明かりが見えます。今日は座れるといいけどなぁと電車がホームに滑り込んで来るのを眺めていると、まるで後ろから走ってくる自動車に負けじと走る小学生の様な様相で、先程の女性がこちらに向かってやって来るのが認められました。
「うわ」
と自然と声が出ていましたが、電車の音に掻き消されその女性には届かなかったようです。
「…………」
パーソナルスペースを無視して間近に立つその女性は、やはり私を無言で睨み付け、周りの目など気にしていません。
これは私から話しかけるべきなのか?いやしかしなぁ……状況が飲み込めずにいる私は仕方なく、かなりの勇気を振り絞って声を掛けました。
「あのー……何か用ですか」
すると、女性は心底嫌だという風に大きく長い溜息をついてこう言いました。

「はぁーーーー……本当に関わりたくなんか無かっただけど仕方なくよほんとに仕方なくあなたの為を思って言うんだから素直に聴いて欲しいんだけどあなた今とんでもないのに取り憑かれてるわ。一応ちょこっとだけ肩払ってあげる。いい?家に帰り着くまで絶対振り返ったらダメよとんでもない事が起きるからね、いい?私は忠告したわよ」

そう口早に言い終わり、言い終わると同時に開いた電車のドアに颯爽と入っていきました。私はショートしたロボットの如くその場に立ち尽くし、周囲からの視線を一身に受け止めるしかありませんでした。

〜〜♪

電車のドアが閉まる警告音が流れ我に返った私は、慌てて電車に飛び乗りました。勿論あの女性とは別の車両にです。またチラチラと見られても嫌ですし、他の乗客の目もやはりそれなりに気にはなるものですから。
それにしても一体何だったんだろうか。スピリチュアル系のヤバい人だったのか、これ以上かかわり合いにならなくて良かった……という事にしておこう。

そして仕事終わりという事もありどっと疲れてしまった私は、電車内で眠りこけてしまい目覚めた時には2駅先でした。
「……最悪だよ、ったく……」
帰りとは言え寝過ごしてしまった焦りとなんだか釈然としない気持ちが胸中を巡り、それらが少しずつ怒りに変換されていきます。
向かいのホームへ移り電車に乗って2駅戻り、数回の舌打ちと貧乏揺すりをしながらやっといつもの風景へと帰ってこれました。音にすればズンズンといった足取りだったかと思いますが、怒りが滲み出ていたのでしょう、すれ違う人が避けていきます。

自宅までは目と鼻の先まで来ているのですが、タイミング悪く赤信号で止まりました。
人間、体の動きが止まると気持ちも収まっていくようで、先程まであった怒りが静まっていきます。冷静になってきた頭で、例の女性が言った言葉を思い出してみました。
「振り向くなねぇ……とんでもない事が起きるからねってどんな事だよ」
と鼻で笑い、後ろを振り返りました。





5mほど後ろにあの女性が裸足で立っており
「ちっ!」
と大きな舌打ちをしてどこかへ歩き去って行きました。手には金属質の棒状の物を持っていたように思いますが、それ以降姿を見ていないので真相は闇のままです。

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