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しんこう住宅

私は今部屋の内見に来ている。
この春から気持ち新たに生活を始めようと思い立ち、親しんだ地元を出、遠く離れた所に居を構えようと思ったのだ。

「はー、和室があるんですね」
「そうですね、日当たりも良いですし、ここで瞑想される方も多いそうですよ」
「なるほど。心が整いそうですね」
「ちなみにこの部屋は1階なのもあって、自家菜園される方もいらっしゃいます」
「自家菜園! へぇ、そういう利点もあるんですか。捨て難いな」
「1階ならではの推しポイントです。では次のお部屋に行きましょうか」
「そうですね」

「続いて2階のお部屋になります。日当たりは勿論の事ながら、1階とは違いまして奥側の部屋にはですね……ステンドグラスが嵌め込まれております」
「おぉ〜……これは綺麗だ。意匠が凝らしてあって見応えがありますね」
「そう言って頂けて嬉しい限りです。やはりデザイナーズマンションですので、こういったデザイン性をお求めになられてどなたも入居されますね」
「一つお聞きしたいんですけど、この部屋って皆さんどうレイアウトされるんですか? 例えば寝室にしちゃうと、色味がある日差しって結構難しいなって思うんですが」
「そうですね、やはりご家族ご友人との団欒に使われますかね。真ん中にテーブルを置かれたり、椅子だけだったり、動かしやすいレイアウトの方が使い勝手は宜しいかもしれないですね」
「成程。毎週移動させるならそうなりますよね」
「ですね。あ、余談ではあるんですが、キッチン横にワインセラーも付いております」
「あー、成程成程。道理で」

「続いてがこちらのお部屋ですね。中々空きが出ないんですが、偶然空きが出まして。他のお部屋と違い部屋数が少ない代わりに、今いるお部屋が広い造りになっておりまして、角部屋なのを利用して西側の窓を大きくしております」
「西にですか。かなり西日が入ってきませんか?」
「入って来ます。しかしそれでも西に大きく開いた窓は好評頂いておりますね」
「ん〜、窓が大きいのは嫌いじゃないんですけど、別の所がいいかもしれないですね。自分で色々作れる所ってあったりしますか」
「それでしたら調度良い部屋がございます」

促され着いていくと、エレベーターは【B2】を表示して止まった。そこの廊下にはドアが3つしか無く、1つは非常口の様で、もう1つは既に誰かが入居していた。
ドアを開けると、仕切りやドアが無くがらんとして、今まで見た部屋よりもふた周り程広い。キッチンやトイレはあるようだ。

「こちらのお部屋ですが、見ての通り必要最低限の設備しか備えられておりませんし、地下ですので窓もございません。その為天井にレールがございまして、キッチン横の収納スペースからパーテーションを出して頂き、ご自由な形で部屋を作って頂けるようになっております。御用とあれば追加のパーテーション、付属のドアを足す事も可能です」
「また特殊な部屋ですね」
「そうですね。随分と前の話にはなりますが、例の地下鉄の方でしたり街中でメガホンを使ってらっしゃる方でしたりが入っていた事もあります。まぁそういった背景がありますので、家賃自体も上階と比べかなりお安くはなっております。大変駅近で広さも十二分にありますし、諸々お気になさらなければかなりの好物件かと」
「確かにそうですね……良いですね、ここにします」
「ありがとうございます! それではこの後店舗の方に戻りまして、手続きを進めさせて頂きます」

そして部屋を後にしエレベーターに乗ってすぐ、スタッフが思い出したように尋ねてきた。

「ちなみになんですが、どういった方向性でお作りになられるんですか?」
「え? ああ、そんな大した事無いですよ。幾何学模様とかから得られる知見を皆に知らしめたいだけです。そんな危ない橋渡ったりしませんよ」
「左様でございましたか。失礼しました」

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