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先輩へ

書くだけ書いて、きっとお見せすることはないでしょう。気持ちが駆け回って気がおかしくなる前に、私はとりあえず書くことで客観視を試みるのです。

先輩は、いかがお過ごしですか。もうベルリンから帰国したのでしょうか。東京へは戻っていないのですよね。

さすがとしか言いようがありません。

留学前からドイツ語が堪能だった先輩にも、たった一人で異国の地に行くのですから不安ははち切れんばかりにあったでしょうに、というかあったと言って頂けなければ、こんなに怯えている今の私が報われません。そうだというのに、本当に先輩は弱音一つ洩らさず、むしろ日本で平凡に暮らしているに違いなかった私の些細な悩みごとに付き合わせてしまって、申し訳ないくらいです。

先輩は一年前、留学前の祝福に耐え伸びて、笑顔で手を振ったことでしょう。無遠慮な祝福は怖ろしいものだと今は身に染みてわかりますが、当時の私は先輩の心境を慮ることもできずに、むしろ日本を発つ直前まで頼り切ってばかりでした。

こんなにも、憧れの地への旅立ちが恐怖と不安そのものであるとは思いもしなかったのです。日本に置いていく親愛なる人と離れ離れになることの辛さは、今までのどんな別れにも勝ります。

私と真逆で、明るい今と未来を見る能力に長けていた先輩は、それが永遠の別れになるだろうという馬鹿げた想像は、なさらなかったのでしょうか。

念願だったドイツ留学への出発は、望ましいものだったのでしょうか。もはや留学を終えた先輩なら、持ち前の明るさと、記憶につきまとう過去の美化によって、最高に決まってるでしょ、と私の迷いを一掃してくれてしまうかもしれません。

それでも、入れ違いのように、先輩の帰国と私の出国が絶え間なく訪れてしまうことはもちろん、私は人と離れることが怖いのだと思います。

ご存知の通り、私はデミセクシャルというか、愛着障害と言ったものか、厄介な性質を備えているようです。身近にいる人を好きになり、依存とは言いたくないのですが、怺えようにも難しいような、一方的な愛に似た感情を抱きがちなのです。

私にとって大事なのは、好きな人にいつでも会える距離感なのだと思います。だからもう少し距離感のある相手を好きになれれば楽なのに、好きになってはいけないほど近しい人に過剰な好意を抱いてしまいます。

ドイツにいながら先輩と連絡や情が、これも一方的なものかもしれませんが、一応途絶えなかったというのは、先輩の呼吸がどこにいようがぶれることなく私を強くさせてくれたからだという、奇跡的なバランスによります。ありがとうございます。

そうそれで、私はドイツへ行くのが怖いのです。上述のように、好きな人から離れたくないというのはもちろんあります。

さらに重要なのは、ドイツが私にとって憧れの地であり過ぎたことです。これも一方的な過剰の愛です。というより、私は自分勝手に愛と呼び得るものを膨らませすぎるせいで、むしろその一方性が当たり前になってしまって、相手から向かいいれられようとすると、急に怖気付くのです。それを望んでいたはずなのに。幸福を受け入れる覚悟がないのです。

だからドイツにいると、生の喜びを最上級に感じると共に、絶え間ないタナトスとの死闘にもなるのです。これ以上幸せになったら、私は溶けてしまいます、それを魂が承知なのでしょう。ドイツにいると、あれだけ好きで堪らなかったくせに、同時に死にたくて堪らないのです。

行きの飛行機に乗るとき、帰りはもう雲の上の景色を見ることなどないのだと信じ込んでいます。本当に今まで、なぜ生きて帰ってきてしまったのかわかりません。日本が母国であり、帰る場所だ、などという信仰は私は抱いたことがありません。ホームシックというワードはファンタジーに思えるほどです。

ただ一点、好きな人に会いたい、と思うことを除けばですけれどね。家族、国籍などの大きな所属には、とことん興味がないのです。その状態が私にとっての自然ですから、他にどうにもできません。

前回ドイツに行ったときもそうです。フランクフルトに数日滞在しておりましたから、マイン川に飛び込んでやりたい衝動を抑えるのに必死でした。ドイツの大きな川には大抵、恋人が永遠の愛を誓う施錠があるようですね。私はそこに、好きな人と共に名前を刻もうという、儚い夢物語を持つことはやめました。

代わりに、とことん美しいその橋の上から、広大な川へ飛び去りたい。ただそれだけに支配されて、一時間前に飲んでいたドイツビールの心地よい酔いで、生きていることの素晴らしさを体感したことすら、すっかり忘れてしまっています。タナトスの方が勝るのです。

それなのにどうして、終いにはホテルのベッドに戻って、翌朝を迎えてしまうのか。目が覚めたらまだ生きている、今日も耐え忍ばなければならない、それの繰り返しだとわかっているのに。

そんなときに先輩からの何気ない通知が届いていて、日本に戻ったら次はこの本を読んでみよう、なんてドイツ後のことを想定してしまいます。先輩は魔法使いですか。

私は今度こそ、まだ行きもしないドイツ留学の、その後について語ることはしたくありません。私の覚悟は固いです。

それなのに、おかしなことが起こってしまうものです。好きな人が、ひどいことを言います。帰ってきてください、と私に頼むのです。私がドイツにいる間に、その人は日本で夢を叶えようとしています。そうして私にその姿を見て欲しいのだなんて、なんでこの私に。

全ての関節がぶっ壊れて、ガクガクに泣き崩れたいくらい、私は嬉しくなってしまいました。こんなことがあっていいのか。私の帰りを待つだなんて、望みの薄い言動は控えてほしかったのに。

私はどこにも戻りたくないのだ、誰も知らないところへ旅立ちたいのだ、そうやって渇望し、現状で最も心惹かれたドイツを求めていきます。そうだというのに、好きな人と離れるのは嫌で、今ここにいていいのだ、と信じられるところに定住する幸福も、同居しているようなのです。こんな矛盾は、一人の人間が持つには贅沢過ぎる激情です。

私はせめて、守れない約束はしたくないから、ただそっと笑顔で手を振れる、先輩のような勇者になりたいです。言葉は欺くから、記憶にも記録にも残らないでいいのです。ただあなたに感謝を捧げる人間もいたのだと、忘れないでいてくれたら。


#手紙 #小説

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