酔う前に〜レッドアイ〜

自分では飲めないだろうと思うカクテルがある。注文時に名前を出すのも罪深い。未だに想い出を、飲み干せない。

そのうちの一つがレッドアイだ。
ビールとトマトジュースを半々注いだ、アルコールの弱いビールカクテル。真っ赤だ。それはまさに鮮血。それに赤は、私が好きな緑の補色だ。

私に初めて煙草を勧めた人は、レッドアイが好きだと言った。弱いからこれくらいで誤魔化すのが丁度いいのだと。本当に酔いそうなときは、単にトマトジュースを飲むそうだ。
レッドアイはそもそもお酒を飲み過ぎて目が赤く充血した状態をいい、このカクテルはそんな二日酔い状態から回復させてくれる一杯だというのに、彼女は序盤から口にする。

そんな彼女は私の前で一度も酔うことがなかった。

ある晩、緩やかに酔った私は、別段一人で立てないほどではなかったけれど、電車で彼女に寄りかかった。他にどうしようもなかった。彼女の鎖骨に触れていた。

それ以上近づけないほど近くまで、私たちはいってしまっていた。後は離れるしかない、絶望と同義の幸福だった。その刹那的な熱りはカクテルと似ている。

レッドアイ好きな彼女と時期を重ねて出会った別の人がいる。
私はその人も好きになった。私はきっとポリアモリーだし、彼女たちがあんなにも魅力的なのだから、複数人に惚れるのは仕方がないことだ。

その二人目と吉祥寺で飲んだ。吉祥寺はレッドアイ好きな煙草の人が好きだと言った街なので、なぜ偶然にも二人目のこの人と吉祥寺に来ることになったのか、怖ろしいような偶然に襲われた。

しかも、彼女もまたレッドアイを頼んだ。

レッドアイなんだ、と私は力なく呟いていた。
想い出でもあるの、と彼女は笑って聞いた。
私は頷いた。貴女までそれを飲むから、もう自分はレッドアイを口にできない気がする、と心の声が言った。

その後、二人とは生きる世界が離れていった。沈黙が返事だった。

そしてひと季節経った頃、バーでレッドアイを飲む人に出会った。

私は彼から煙草を貰った。
初めて彼女から手渡されて吸ったのはマルボロのメンソールだったが、彼が持っていたのはメビウスだったので、少し安心した。

その晩、私たちはタクシーに乗り、中野の飲屋街から一本離れたバーを後にした。キスが甘いねと煽られた。私は直前にカルーアミルクを飲んでいたので、当たり前だ。
レッドアイを飲んだ男性とは初対面だったし、今後会うこともないだろう。

けれども、薄暗い店内で生命力を誇示するレッドアイを忘れることはできない。

#小説 #カクテル #短編小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?