鯨山人

I’m not there わたくしは わたくしという まぼろし つまり、なんでもあり…

鯨山人

I’m not there わたくしは わたくしという まぼろし つまり、なんでもありません。 里から山へ 山から里へ。

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  • 垂直の詩

    空       言 間 に 立てる 葉

  • 空間音響拾遺録

    音ーotoー尾途

  • 筆触

    書く/掻く/核 白紙上の実存 物象

  • 幻層寫眞帖

    連逗 越しに 覗き 虚す 多層/一層 鳴る 世界

  • 畑の生活

    LIFE IN THE FIELD 畑仕事=フィールドワークの記録

最近の記事

僕は「それ」以降の世界を生きる。

精神科に通うようになって1年が経つ。 1年前と比べると状態はだいぶマシだといえる。 今でも落ち込むことはあるが、何日も引きずるということは少なくなった気がする。 あらゆる問題や不具合ってものは、必ずしもひとつの因果に集約されるわけではない。すべての事象は、あらゆる事象が流動的に影響し、変化する過程の表出だというのが僕の世界観だ。 僕の育ってきた環境、幼少期の記憶、親との関係性、子供との関係性、妻との関係性、家族という集団、仕事、、そしてパンデミックとプライベートでのいざこ

    • 5月15日(月)P-FUNKファミリーの世代と継承。

      ビルボードライブ大阪で、George Clinton & PARLIAMENT FUNKADELIC(以下、P-Funk)の大阪公演を観た。 開演前に隣の席の外国人のおじさまに「どこでダンスすんの?」みたいなこと聞かれたから「ここでいいよ。」って答えたけど、オープニングから客席総立ちで場内はまさにダンスフロア状態。ぐいぐい押してくるファンクなビートと、おじさまのキレキレなステップに誘われて僕も踊りまくった。 同じ阿呆なら踊りゃな損。 コロナ禍以降、久しぶりにライブで飛び跳

      • 5月6日(土)

        泣くことに対して、怒鳴られ罵倒されて育った人間は、自分の子どもが泣くことに対しても、同じように怒鳴り罵倒する方法しか知らない。 それが最悪の接し方であるということを誰よりも理解し、そうしたくないとは思っていても、子どもが泣いた瞬間、感情はコントロールの外側にはみ出し、自分が知る唯一の方法によって状況を力づくで終わらせる。 子どもに寄り添うこともできず、僕はだだ幼い我が子と自分自身を怒鳴り罵倒しつづける。

        • 4月27日(木)整える

          めちゃめちゃ寝た。 薬もバッチリ効いたみたいで、頭のなかは比較的すっきりしている。 今月に入ってから、整体に通っている。 慢性的な猫背の影響もあり、肋骨が開かず息が上手に吸えていないようだ。多少なりともメンタルへの影響もある気がする。 今は胸式で良いので深く息を吸い込んで肋骨を開く練習。教えてもらった深呼吸とストレッチを繰り返しながら、とにかく水を飲む。 最初の頃はトイレがやたら近くなったがそれも落ち着いてきた。身体が水分を吸収できるようになってきているようだ。 少しずつで

        僕は「それ」以降の世界を生きる。

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        記事

          4月26日(水)歌

          すこし風邪をひいた。 寒気と鼻水。 子どもを送っていって病院へ。 ここのところはタンドスピロンは飲まずに漢方だけにしている。 結局のところメンタルの浮き沈みにケミカルがどこまで効いてるのか、その線引きはとても難しい。この1ヶ月、漢方だけでやり過ごせてはいるが別に状態が良いわけでもない。ケミカルを飲んでたとしても同じような感じだろうと思う。それなら飲む必要はない。セロトニンが足りないのなら、身体を動かす方がよほど身体にいいだろう。花粉の時期も終わりが見えてきたのでそろそろスケ

          4月26日(水)歌

          ファンク、そして坑道という「神話体系」

          ベルクソンの「創造的進化」、ドゥルーズの「差異」、ティム・インゴルドの「ライン(線)」には、生命や自然現象を静的なものではなく、動的なものとしてとらえるという共通の考え方がある。 ベルクソンは、生命や進化の過程は創造的であり、一定の法則に従わないと主張し、ドゥルーズは現象がある時点で一定の状態に到達するのではなく、常に異なる可能性として「差異」の概念を提唱し、インゴルドは「線」の概念を通じて、生命や自然は連続的であり、静的なものではなく、線が絶え間なく形成・変化し続けている

          ファンク、そして坑道という「神話体系」

          3月30日(木)ながい待ち合わせ

          長男が友達の家にお泊まりで、いつもより少しだけ静かな夜。久しぶりに妻と話した。 噛み合わない言葉のやりとり、うまく伝わらない気持ちに苛立ちながらも、自分のなかに詰まり、こびりついているものを少しずつ吐き出していく。 「どうすればいい?」「どうして欲しい?」「解決策はなんですか?」「最善の方法を決めましょう」そういうあなたの言葉、あなたのスタンスが、僕をひとりぼっちにするということ。とても辛いということ。でも、妻にそうした態度をとらせてしまっているのは僕の方で、本当はそうじゃ

          3月30日(木)ながい待ち合わせ

          one

          one 強く one もっと one 強く one もっと one もっと one 深い ところ one 次元が交差する 場所 one どこにある one 何かが生まれる 瞬間 one 閃光 one すべて one 生きているという 証 one また そこにもどる one もっと one もっと もっと one もっと もっと もっと one 大きな チカラ one ゆれる one 響く one 音が 重なる one ゆらぐ one ずれる one 鼓動 one 孤独 one

          温める

          花粉症の症状もあり、あまり調子が良くない。なんとなく身体も重たく、感情が上手くコントロールできない。 不安やクソみたいな要因は自分の内側にも外側にも、そのまた外側にも、無限にある。それでも、そんな状況のなかで、自分をどう愛してやるのか。そのことを考えている。 細分化された具体的なものや情報は、心を波立たせるばかり。できるだけスマホは見ないように、とにかく静かそうな場所を探して、音楽を聴く。サム・ゲンデルのサックスはとてもアブストラクトだ。ボブ・ディランの歌も僕にとってはア

          温める

          2月9日(木)父という存在

          田舎から牡蠣が届いたということで、実家に招かれ夕飯をご馳走になる。家族という煩わしくも、温かな集合体。 父と話さないといけない件があり、ほんの少しだけ久しぶりに面と向かって話をした。良いとか悪いとか抜きに、あらためて父は理知の人たと感じた。ルール、約束、筋。父が言うことはいつだって圧倒的正論だ。幼少期の僕は、そんな圧倒的正論に異論を挟める余地などあるはずもなく、ただ従属せざるをえなかった。父はいつだって「筋」に沿うことを重んじ、それを正しさとした。でも、僕はその「筋」に沿う

          2月9日(木)父という存在

          Standing to alive

          積み上げた石は 一瞬のうちに崩れて 熱を帯びる血 連鎖する記憶 吸いたくもない煙草で 気分を散らし 見たくもないタッチパネルに 指を滑らせる 不完全な今日という一日を 不完全な一瞬を 不完全な自分のまま 断ち切る 立ち 生きる

          Standing to alive

          15年前の自分を愛する。

          朝、子どもを保育園に送って行ったあと、仕事の時間までスケボーをするのが習慣になりつつある。ふたりの子どもがいる朝はとにかく慌ただしいし、すみやかに事が運び、穏やかに過ごせることの方が稀だ。今までは子どもを保育園に送って行った後、ほとんど惰性でコンビニに寄って缶コーヒーを買って一服するのがなんとなくルーティーンになっていたが、一息つくのも束の間で、結局はもやもやとした気持ちを引き摺りながら家に戻り、そのままなし崩し的に仕事を始める。コロナ禍以降在宅仕事になってからの数年、ずっと

          15年前の自分を愛する。

          狩猟採集民のアナキズム

          僕は時間の捉え方というものに興味がある。僕らが普段「時間」と読んでいるものは万人が効率よく動くために発明された概念であり「物差し」にすぎない。世界中どこの誰にとっても、1分は1分であり、1時間は1時間である。この西洋近代的「物差し」があるからこそ、僕らは誰かと待ち合わせをすることもできるし、なにか大きな物事を計画し、実行していくことができる。昨今のビジネスパーソンたちが口を揃えて言う「時間は誰にとってもも平等な資源であり、それをどう有効に使うか」みたいな決め台詞。これって彼ら

          狩猟採集民のアナキズム

          1月6日(金)年の初めに。

          年が明けた。ここ数年を振り返ってみても、比較的精神的に穏やかな正月を過ごせた気がする。 年末は数年前からひとりで伊勢の5社参りへ行くのが習慣になっている。夜明け前に出発し、日の出の時間ごろから夫婦岩で有名な二見興玉神社、道ひらきの猿田彦神社、伊勢神宮の外宮である豊受大神宮、日本の神社の総本山伊勢神宮、そして月讀神社を順番に回る。今年は例年にも増して人出が多く、コロナによる外出自粛も緩和されているのだという世間の空気が伝わる。個人的な年中行事も回を重ねると道順や駐車場などもある

          1月6日(金)年の初めに。

          12月20日(火)冬

          子どもを保育園に送り届け、月イチの病院へ。定期的に誰かに話を聞いてもらうことで自分の状況を客観的に認識し、少しずつでも調整していける。その行為自体が薬として機能しているのだと思う。 この1ヶ月、15年ぶりにスケボーを始めたり、それなりに楽しいことをみつけて実践している。できない理由や恥を考えるよりも、やりたいと思ったことはやるほうがいい。続かなくてもいい。やらないよりはマシだ。 だだ、この1週間くらいはなんだか家族との距離が上手くとれずにいる。顔を合わせるとイラついてしまった

          12月20日(火)冬

          11月22日(火)ある一日。

          月一の精神科。この1ヶ月を振り返りながら、医者に話す。突発的なイライラはあっても、致命的な一線を越えることはなく比較的安定してはいる。ただ、ここ数日寒さのせいもあってか毎日頓服を飲んでいるので、これが続くようなら長い目で見た場合の副作用なども考え、即効性よりゆっくり長く効く系の薬に切り替えることも視野に入れる。とりあえず年内は現状維持で頓服対応。年末は心身ともに疲れやすいので以前もらっていた漢方は毎日飲んでおこうと思う。 頓服はアルプラゾラム0.4mgという抗不安薬を服用し

          11月22日(火)ある一日。