見出し画像

ともだちのむこうがわ

電話越しにかれは、「おれが気になっている人、誰だかわかる?」と聞いてきた。ぼくは少しとぼけたトーンで「わからない」と答えた。内心、こういうパターン、むかしもあったな、とおもった。なんで人はすれ違うのだろう。なぜ片想いばかりなのだろう。すぐにはじまってもいい物語はそこらじゅうにあるというのに。

かれはぼくのことが好きらしい。それをぼくは気づいている。でも気づいていないフリをしている。いつからかとぼけるのがうまくなったのだ。いつからか。

かれから毎日のようにとどくLINEを横目に、今日はひさびさに人に会う予定があった。前日は作家との会食。素敵な時間をすごした。でも今日は利害関係もなにもない、完全プライベートの友人だ。ふと外を見やると、ひたひたと雨が降っていた。めんどくさいな、ドタキャンしちゃおうかなと思いつつも、わざわざ電車で一時間もかけて東京に来てくれたかれに対してそれはあまりにもひどいなと感じ、会うことをきめた。「今どこ?」というLINEに対して、「あと10分でホテルにつく」という返信がきた。ベッドの上で毛布にくるまっていた。そのまま目を瞑ったらついうとうとしてしまい、眠りに入る寸前だった。眠気覚ましをかねて、適当な音楽をながした。部屋の隅々に音が行きわたる。

ほぼ時間通りにかれはやってきたので、玄関まで迎えにいった。肩のあたりが多少ぬれているかれを見て、「まだちょっと降ってるんだね」といった。雨はさっきよりは弱まっていた。傘を差してる人と差していない人がまばらに存在する。「荷物もあるし、一旦部屋にもどろう」という僕の提案にたいし、かれはただ頷くだけだった。今日は朝までのむのかな、とおもうとちょっと憂鬱だった。天気に連動し、その日はかすかに心の曇りをかんじた。日によるのだ、それは。

結局、部屋で10分くらいダラダラしたあと、ぼくらは新宿二丁目にいくことになった。初めてのお店、久々のお店、初めましての人、久々の人。1年半ぶりに会ったマスターは、強いお酒を何度ものみながら、「愛なんて幻よ」と言い放った。愛は幻。僕は愛について考えた。それは実存しているのか、それとも本当に幻なのか。

三軒目あたりで、だいぶ酔いが回っていることに気づいた。話の流れの中で、僕は彼に対し、「ともだちとしてよろしくね」と言ったら、彼は僕の目をまっすぐに見て、でもすぐに逸らした状態で、「無理と言ったらどうするの?」と返してきた。「どういうこと?」と聞いたら「俺が本気になったらどうする?」と言ってきたので、僕はアハハと笑い、動揺をごまかすようにジントニックを飲み干した。そして「ともだちがいいなぁ」と独り言のように言い、天井を見た。幾何学模様がいくつも描かれていた。店内には洋楽が流れていて、その曲名は最後まで分からなかった。

結局、彼とお別れしたのは翌日の12時すぎだった。ホテルの部屋から出るかれは「最後にハグをしてほしい」と言っていたが、僕はそれをアハハと笑って受け流し、駅まで見送った。それからひとりで油そばを食べた。東京は寂しくないようで寂しい。相変わらず不思議なまちだなと思った。

スマホを見ると今度は全く違う人たちからLINEが届いていた。「海外から戻ってきたの?東京?会いたい」というメッセージ。僕は既読にせずにスマホをポケットにしまった。ジャケットを羽織って少し散歩をした。足音がリズミカルに聴こえる。ついタワーマンションを見上げてしまう。今日は晴れてよかったな、とおもった。


−ブログやメルマガに書くまでもない話
(by 20代起業家)

運営メディア一覧はこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?