見出し画像

人間、中断


「大きくなったらクラゲになりたい。だってフワフワしてて、きもちよさそうなんだもん」
そう夢を語る当時5才の我が娘の姿を見て、微笑ましく思ったことを今でも覚えている。

「束縛だらけの人間でいることが嫌になったから、自由なヤギになってみようと思うんだ」
もし僕に息子がいたとして、その息子が33才無職だとして、彼がそんなふうに夢を語り出したら、はたして僕ならどんなリアクションをするのだろう。

たぶん、身体的特性のデメリットと疾病の恐ろしさを事細かに説明し、全力でその夢を打ち砕きにかかるはずだ。

本作の著者は真剣にヤギになることを目指した男、トーマス・トウェイツ(33才・無職)。

ヤギになるといっても、ヤギの仮装をしてヤギと一緒にしばらくぼんやりと暮らす、などといった甘っちょろいものではない。
彼は、ヤギ的心理思考に近づくために自身の脳の言語中枢を切り、ヤギと同様の四足歩行をするために人工外骨格を作成し装着、さらには草から栄養を摂取するためにヤギの消化機能の獲得を目論む。
そして完全なヤギとなって、ヤギとともにアルプス山脈を越えることを最終目標として掲げているのだ。

人工外骨格の作成を相談した医師からは「君の体にかかる圧力が、君の体をぶっ壊す」と忠告されても、彼はめげない。

消化機能獲得の相談をした専門家からは「私は、強く、反対します」と同意が得られなくとも、彼はあきらめない。

「無理なら、別の方法を考えるまでさ~」といった思考で、彼は前に進んでいく。

著者の徹底的に『本物のヤギなること』に拘る姿は、読んでいて馬鹿らしくて笑えもするが、「がんばれ!」と心から応援したくもなる。
彼の安全性という言葉とは程遠い構造の人工外骨格プロトタイプを装着する姿や、特殊な方法で加工した草を涙目になりながら食む姿には、笑いなのか感動なのか判別できない涙が出てしまった僕。

この本を読んで、どんなに馬鹿げていると思われることでも、誰かが真剣に取り組む姿には心の底からワクワクを引き出す魅力があると、僕は感じた。


意味不明だけど、意義があることを応援したいひとにオススメの一冊。

ちなみに僕は職業上、ヤギよりも豚になることをオススメしたい。
消化機能は人間と似ているし、重心は後肢にかかっているので再現は容易のはず。
自由かどうかは、別にして。

画像1



この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?