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50cmの隙間でいつも一緒に歩いてるのかもしれない

犬を飼っていた。

「飼っていた」ということばのとおり、今はうちにはいない。

3年前にこの世からいなくなってしまった。

私は自分があの世にいったら会いたい人がいっぱいいる。

おじいちゃん、おばあちゃん、お世話になったおじさん、友人、仲の良かった利用者さん、お世話になった相談員さん、恩師、私のお腹に少しだけいてくれた2人目の子、そして、うちの飼い犬だったハナ。

ハナはひとめぼれだった。

私と夫は結婚したばかりで、就職をしたばかりだった。
世間的には新婚さんというやつである。
そんな事も気にせずに、私たちは独身の頃と変わらず、週末はデートを重ねていた。

その日は映画を観た。
映画を観るのはいつも通り。
その日のタイトルは「ブロークン・フラワーズ」
私たちはジム・ジャームッシュの映画は必ず観る事になっている。暗黙の了解。
ビル・マーレイは冴えない役で昔の恋人を探しに行く。
ロードムービー
申し分なし
終わってPARCOに向かう
夕飯を食べる
タワレコでCDを眺める
楽器屋でウロウロする
服屋をひやかす

いつもの通り

ふと、見慣れぬポスターがある
「犬の販売会」と書いてある

ここからはいつも通りじゃなかった。

2人とも動物は好きだ。

最上階のイベントブースに時期限定で設置されたその場所を見てみることになった。

そしてその1匹のトイプードルと出会った。

その子は夫が手を差し出すと、のそのそと腕によじ登ってきた。
愛想がいい子だ。
まだ生後2ヶ月くらいで片手で抱っこできるくらいだ。
色はアプリコット。茶色とレッドの中間位。

お値段が高かった。月給より高かった。そして私は就職してから初めてのお給料が振り込まれたばかりだ。

無謀。普通は飼わない状況だ。

でも気づいたら飼っていた。

ひとめぼれ。

夫はあきれながらも、私に最後まで反対はしなかった。

私たちは段ボールに入った犬を車で運んで自宅に迎え入れた。


まだ幼い彼は本当に赤ちゃんだった。

餌はチューブタイプのミルクとふやかしたドッグフードを与えた。

おトイレのしつけ

予防接種

やることはいっぱいあった。

まるでそれは私たち夫婦に早めに訪れた子育てのようだった。

名前はしばらく適当に呼んでいたが
結局
「ハナ」
にした。

あの日観ていたブロークン・フラワーズから取った。まさか、ビル・マーレイもこの映画から名前がつけられた犬がいるとは夢にも思わないだろう。

オスなので敬称をつけると「ハナくん」である。

このハナくんを私たちは色々なところへ連れて行った。

公園
ドッグラン

職場
犬が入れるショッピングセンター

散歩

散歩は夫がする事が多かった。

大体、散歩コースは海沿いだった。

たまにサーフィンにも夫は連れて行っていた。

ハナは体が小さい割にはパワフルで、風を切ってぐんぐん歩き、海の散歩が好きなようだった。


そして、月日は流れ、私たちに子供が産まれた。

ハナは我が子に興味津々だった。

娘を初めて家に迎えた日に、夫がビデオを回していたから、この時の様子は再生すれば今でも観られる。

ハナは興奮して、娘の匂いをかいだり舐めようとしたり、彼なりに迎え入れようとしている様子だった。

子供と犬。

体重は一緒くらいだったが、どんどん追い抜かしていく。

子供もハナをかわいがる。抱っこしたり散歩したりした。

けれども毎日の散歩はやっぱり夫がしていた。

それか私と夫とハナの組み合わせ。

彼は絶対私たちの間に入ろうとした。

外側になるのを避けて、どんな場面でも必ず私と夫の間にポジションをとりたがっていた。

そして時々、私たちの顔を交互に確認しては「僕もいるよ」とアピールするかのように満面の笑みを向けてくれた。

私はそのハナの笑顔が忘れられなくて、今でも鮮明に思い出せる。

ハナは不意の事故で片目を無くしたり、ジャンプ力が衰えてきたり、日増しに年齢を感じさせるようになった。

ビー玉のようなまんまるとした目を覗き込むと白くぼんやりとしていて、白内障であることはすぐわかった。

けれどもハナはいつでも若い頃と変わらない満面の笑みを最期の最期まで絶やさなかった。

もういないハナを感じる事がある。


それは夫と2人で散歩をしている時だ。

私たちはついついお互いの距離を50cmくらい離し、ハナが入る隙間を自然と開けてしまうようである。

歩いているといつも思う。

あぁ、見えないけど彼は確かにいるのだ。

私たちの間にいて、

はぁはぁと舌で呼吸をしながら

そのうす茶色の毛をくりくりとなびかせて

時々私たちの顔を覗き込むように

その愛くるしい顔を向けてくれる仕草を


私はずっと忘れないようにしたい。

その50cmは彼のスペース。

今日も我らは一緒に散歩に出かける。

それはあの世もこの世も関係ない世界なのだ。


このお話にも出てきます。ハナのお話はいつか書きたかったので日の目を見られて良かったです。

※11月追記写真

画像1

ありし日のお散歩写真はってみました。

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