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少しの熱と夜の海

思いは届かず

思いは途切れて

思いなんてそもそもなかったのかもしれないと

幻だったのかもしれないと


「僕らは半分夢の中」なんて

どこかの天才が歌っていた事を最近知ったけど


確かな物なんて何もない


そんなことを思いながら夜の海をよく散歩した


クッションの上で体を丸めて休んでいる愛犬は
それこそ半分夢の中だったのか
重力に負けそうな重いまぶたを抱えていたが
ふと私の姿に気がつくと
ビー玉のような黒目が光にきらりと反応して
控えめな大きさの白い尾を大胆にふる。
グリーンの首輪を首に回して
カチッとベルトを締めたあとは
従順に私の少しあとをついてくる。

アディダスのカントリーに足をそっと忍ばせ
もう既に床についている祖母にばれないように
引き戸の玄関を
音を立てないように
ゆっくりと開ける。

少しひんやりとした夜風が私の前髪を押し上げる。

薄手のパーカー越しに秋の気配を感じる。

愛犬は私をみつめていた。

期待と不安とあきらめが混ざっているまなざしは
黒い瞳の奥の方でゆるゆるとふるえていて
それはお互いに私たちが生き物であることを
教えてくれる。
そして、そのまなざしは私を妙に落ち着かせる。

眼前に広がるは見慣れた風景。
朽ち果てた空き家の木造の正面家と
はす向かいの松の頭が壁からにょこっと出ている
2階建ての家の間を通ると


海に出る。


私たちの街の海は

一般的な人が想像するそれとは違って

砂浜もないし

打ち寄せる波も見えない。

見えるのは商船。


港に泊まっているそれは


臨海部に立地する鉄鋼業や木材などに関連した外貿貨物や
砂・砂利等の内貿貨物を中心に取扱っていると

社会の時間に習ったことを思い出した。

古くから物資の集散港として栄えてきたこの街は

カタチを変え、今は街全体に陰りが見える。


船を眺めながら


私はいつも海辺の公園へ足を運んだ。


公園の端っこは海に突き出ていて

垣根に覆われたその狭いスペースは


くたびれたベンチが一脚あるのみだった。


そこからは湾を180°ぐるりと見渡せて

遠い場所にある向こう岸の

都市の光が目に映った。


その光は
私たちの街が
放つことができない
強い光だった。


その光を見ると
私が見も知らぬ大勢の人たちが
それぞれの暮らしを営んでいることを感じさせた。

私はこれくらいがいいと思っていた。


今はこれでいい。

光に近すぎても

遠すぎてもいけない


熱は高くても低くてもいけない。

少しの熱を持って


また朝を迎えるのだ。


ウォークマンで聴いたUAの歌声が

残響のようにいつまでも耳に残っていた。



そこは確かに私の場所で


誰にも見つからないあの場所は


まだ少しの熱を残して

大切なあの場所で


誰かが訪れるのを


待っているのかもしれない。






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