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今日も私たちはトラペッタをさまよう

「そう!そこまっすぐ行って」

「ああ、その人に話しかけて下さい」

「その人じゃなくってですね。もう少し奥にいる人。」

私はなぜか、60代の男性と彼の部屋でドラゴンクエストⅧをやっていた。


はて。私は何をしているんだろう?


事の発端は、新規のデイケアの利用者さんの家に初めて行かせて頂いた時、同居している姉が担当利用者さんのゲーム機とゲームソフトを入院中に勝手に捨ててしまったことから話は始まっていた。

彼は退院して発覚した事実にたいそう怒っていた。

「何で捨てちゃったの?」と姉につめよる。

「だってぇ、あんたもうやんないでしょ?ゲームなんか。」

「やるよ。やってたよ。」

ケアマネージャーは担当者会議を開きたい様子だが、それどころではない。静かな喧嘩が始まっている。彼がこんなに怒っていたのは、後にも先にもこの時だけだった。私たちが関わる中で、普段は本当に1回も怒ったことのないおだやかな人だ。今、思い出してもこの時の怒りは貴重な場面だった。


そんなこんなで第一印象は「姉とゲームのことで喧嘩していた人」なのだが、途中から訪問リハビリテーションの依頼があり、訪問は私が担当することになった。

改めて久しぶりに訪問してみると、彼の部屋にはいくつか捨てられないで難を逃れたゲームのソフトが転がっていた。「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」シリーズが多く、RPG好きであることが窺い知れた。

「RPGが好きなんですか?」と伺う。

「はい。特にドラゴンクエストⅧが好きです。よくやっていました。」

ソフトは残っていたが、肝心のPS2は姉に捨てられてしまっていた。

そこで、私は姉に交渉し、中古品だがPS2を購入してもらうことに成功した。姉は捨ててしまった罪悪感が少しばかりあったようで、購入には協力的だった。
リハビリテーションの目的としては

「自宅のベッドで横になっている時間が多いので、ゲームをして少しでも起きていてもらうこと」
「昔好きだった趣味を再会することで生活にハリをもってもらうこと」
「ゲームを通じて他者との交流を深める事」
「ゲームを行ない、頭の活性化を図ること」

の4点であった。

久しぶりのゲームに彼は喜んだ。
「なつかしいなぁ。よくやったなぁ。」

「じゃあやってみますか」

2人でゲームを立ち上げてテレビ画面を見つめる。

ちなみに私はドラゴンクエストⅧをプレイするのは初めてであった。
独身の頃はゲームが好きで、よくⅠ〜Ⅶ位まではプレイしていたのだが、結婚して子どもが生まれたりすると、自分のことに使える時間が少なく、時間のかかるRPGゲームには手が出せなかった。

なので、ドラゴンクエストの基本的なことはまあまあおさえているもののⅧに関しては完全に素人だ。

だからプレイしたことのある彼にある程度まかせようと思っていた。

ところが、「えっとどうするんだっけ?」といきなり聞かれた。
「まだオープニングで!?」と思ったと同時に彼の手に注目してしまった。
左手の操作がかなり怪しい。

ゲームをしたことのある人はおわかりかと思うが、プレイステーション機器のコントローラーは、大体が両手を操作しながらゲームを行なう。

彼は脳の病気を発症した後遺症で、左手はある程度動くものの、日常の動作の中で、左手がなかったかのように無視してしまう症状(高次脳機能障害の一種)が現れていた。

なので、右手だけでコントローラーを支えている。

「左手で添えて下さいね。」と繰り返し指導する事で、何とか両手を添えていられる状態になった。

次に立ちはだかったのは、キャラクターの移動である。

ドラゴンクエストⅧは、私も今回プレイしてみて初めてわかったのだが、プレイする時のキャラクターが3D視点になっていた。「今までのドラクエと違う!平面じゃない。2Dじゃない。」と戸惑った私は、彼が操作している場面を見て、頭を抱えてしまった。

彼は普段の生活の中で、脳の病気の後遺症により「空間の位置を認識しづらいこと」「左側の空間が認識しづらいこと」(高次脳機能障害の一種)が残ってしまっていた。そのため歩く時も、左側にある壁や障害物にぶつかったり、何回も通った場所なのに進むべき進行方向がわからなくなることが頻回に見られた。

それがゲーム中にも見事に現れていた。

主人公はさっきから神父さんに激突しまくりである。

へえー高次脳機能障害って。ゲームにもでちゃうんだね!びっくり。

私は訪問リハから帰って早速同僚に相談した。

「ドラゴンクエストⅧの攻略法を教えて下さい!!」


その日からは2人の特訓の日々が続いた。

私は訪問リハビリテーションで使える40分をフルにつかって、彼と最初の街「トラペッタ」を攻略すべく、操作を集中して指導した。主人公はおぼつかない怪しい動きを見せながら、トラペッタを歩き回った。行き先にたどり着けない主人公は、セーブをするにも協会にもたどり着けない。

もはや徘徊老人だ。

小さい頃ゲームが好きだった私はこんな日を想像してだろうか。まさか、ゲームで徘徊することになるとは夢にも思わなかった。

日々の2人の努力と、応援しているうちになぜかゲームにはまってしまった姉の多大なる協力のもと、ゲームはラスボスまで進める事ができた。

当初立てた目標は、ある程度達成された。
日中、起きている時間はゲームをするために長くなったし、ゲームをしている彼は嬉しそうな表情で生き生きとしていた。私のことを友達かなんかだと勘違いしているのか「あの人とは馬が合う」と私のいないところで姉に話すようになり、お互いゲームの話題で盛り上がる事ができた。認知機能の低下や高次脳機能障害があったが、繰り返し練習することで、以前の勘を取り戻し、ゲーム中の操作性はある程度改善した。

でも、こんな日々を繰り返しているとふと思う。

私の仕事、何だかおかしくないか?


でも、なんだかこんな毎日を送っている。

ちなみに、今、彼はハリーポッター熱が再燃しているようだ。

私はまた仕事場に戻り同僚に頼むのだ。「ハリーポッターについて何でもいいから教えてくれ!!」と。

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