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月例落選 短歌編 2023年5月号

投函したのは2月13日。既に定期購読は終わっていて、投稿もやめるつもりになっていたので、かなり投げやりな雰囲気が漂う歌にしよう、と思っていた。しかし、改めて読み直して見ると普段と変わらない気がする。仕事帰りに迂回して、丸善丸の内店で落選を確認する。

月に差すピコリットルの茜色花粉もついに宇宙に届く

北風の角が丸まる春立つ日雪の態度も弱気になって

家庭にプリンターがあるのはかなり当たり前になっていると思う。インクジェットプリンターで印刷をする際のインク発射のコントロールはピコリットル単位だ。ピコリットルというのは1兆分の1リットルだ。「微量」などという言葉のイメージよりも遥かに微量のインクを調整して「自然」に見える画像を表現するのである。

月の色は日によって違う。自分の立ち位置との距離や角度の違いもあるだろうし、その時々の湿度や空気中の塵などの影響もあるだろう。なんとなく、冬の月は白く見える。それが立春を過ぎると、まだ寒い日が続いていても、その白かった月が、日に1ピコリットルづつ茜色を差すかのように色が付いていくように見える。それは、たぶん、花粉の所為ではないのだろうが、花粉症が国民病のようになっている土地で暮らしていると、ひょっとして月も花粉症になったのではないかと思うときもある。

これは夏の月が秋色に変わるのも同じことだ。何度も書いているように、我が家にはエアコンがない。夏の夜の寝苦しさに耐えながら、月が少し白くなるのを喜び、虫の音の主たちが交代して秋の音になるのを聴いてホッとするのである。東京でエアコン無しで過ごすと、否応なく季節の変化をある程度の緊張感と共に意識するようになるものなのだ。風流で季節の変化に関心を払っているのではなく、私的な我慢大会での気持ちの収め方の一つとして、季節を凝視しているのである。

言葉に「かどがある」とか、「角が立つ」と言うが、風にも似たようなところがある気がする。冬の冷たい風は、その冷たさが硬質なものに感じられる。それが、やはり立春を過ぎた頃からは、その硬さが和らぐ気がするのである。東京では立春を過ぎてから雪が降ることがあるが、その雪が降雪量の割に溶けるのも早く、真冬の雪とはちょっと違うように感じられる。

ところで、夏の風は恩恵だ。昨年の夏は気温だけで見れば過去最高の暑さだったが、レトロ団地の上層階で暮らす身としては、風のない夜がなかった所為で、近年になく過ごしやすい夏だった。これもしばしばここに書いていることだが、今暮らしている団地周辺は鳥が種類、数ともにたくさんいる。このことは、そう遠くないところを多摩川とその支流が流れていることや、土の露出が多いこと、木々が比較的多いことと関係していると思う。つまり、風さえ吹けば、今暮らしているところは気候的に丸く収まるような環境になっている。なかなか結構なことである。しかし、定年を迎えて年金生活になると、今の家賃は負担できなくなるので、どこかに適当な住処を探さないといけない。そういう事情もあって、今の住居にはあまり設備投資をしたくないというのもある。たかがエアコンではあるが、されどエアコンでもある。

「本当は」ねちねち語る夢のこと嘘の自分は消してしまえよ

「歌人です」「そうなんですか。お仕事は?」「歌を詠みます」「昼間は何を?」

角川の月刊誌『短歌』の1月号に「新春133歌人大競詠」という特集があり、その中で歌人の方々には「やってみたかった仕事・やってみたい仕事」というエッセイが課されている。それがつまらないものばかりで呆れてしまった。「本当は」こんなことがやってみたかった、やってみたい、ということを書くのだが、無理矢理に書いた文章のような印象のものが多かった。歌人を名乗るのにそれでいいのか、と他人事ながら心配になってしまった。

ふと、イギリスのマンチェスター大学で留学生活を送っていた頃に聞いたラジオ番組の中で米国のジャズプレーヤーがインタビューを受けていたのを思い出した。何しろ1988年後半から1990年前半にかけてのことなので、細かいところの記憶は無い。そのジャズ奏者が初めて仕事でイギリスに来たときにやはりラジオの番組でインタビューを受けたのだという。それが1960年代のことなのか70年代なのか、そんなことまでは記憶していない。いずれにせよその当時のイギリスではジャズというものが十分に認知されておらず、「昼間はどのようなお仕事をされていますか?」って尋ねられて返事に困ったというような話を笑いながらしていた。

今これを書いていて思い出したのだが、マンチェスターにはRoyal Northern College of Music (RNCM)があって、そこで開催されるコンサートや講演会を破格の値段で聴くことができた。無料のものもあったかもしれない。以前にも書いたが、私はマンチェスター大学のビジネススクールの修士課程に在籍していて、とにかく能力貧困で余裕がなかったので、そういうせっかくの環境を活用できないまま2年間のまたとはない学生生活を終えてしまった。RNCMはビジネススクールの建物と通りを挟んで向かい合っているというのに。

ただ、一度だけ、RNCMでコンサートを聴いた。ジャズのドラマーであるマックス・ローチ(Max Roach)のステージだった。修士課程の一年下にいたK君は大学時代に花巻のジャズ喫茶でバイトをしていたという話を何故か覚えていた。それで彼に「マックス・ローチが来るんだって」とコンサートのことを話したら、「それは聴かないとダメですよ」というのである。私はジャズどころか音楽というものと縁がないので、何も知らないままに何人かの学友とそのコンサートを聴いた。演奏とか曲のことはあまり記憶にないのだが、隣の席でK君が妙に興奮していたことが印象に残った。

それが私とジャズとの出会いなのだが、その出会いが深くなることはおろか、続くことさえなく今日に至っている。人生というのは淡白なものだ。まぁ、性格にもよるのだろうが。ひょっとして、あのときラジオのインタビューに応えていたのは、マックス・ローチだったのだろうか。どうでもいいことだが。

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