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月例落選 短歌編 2022年11月号

恒例「月例落選」シリーズ。『角川短歌』11月号への投函は雑詠が8月9日、題詠が10日。

題詠の兼題は「ホーム」。「家」ではなく「ホーム」というのがミソなのだろう。今や少なからぬ人々は終の棲家が老人ホームだったりもする。歌を詠むとなると自分の経験に基づかないと何も思いつかない質なので、投函した3首は全て「家」の方だ。

家なき子家は自分でつくるもの「あなた」と「わたし」落ち着き所

マイホームローンに追われあくせくと心安まる暇もなく

マイホーム財産分与ユアホーム心安らぐ本当のホーム

テレビや新聞が身近に無いので実情を知らないのだが、ネットに上がっている報道を読む限り、マスメディアは社会の問題を世間話のようにしか取り上げない気がする。「こんなに問題ですよ」と騒いでも、問題解決につながるような示唆は一切無い。記事のストーリーが厳然とあって、「識者」のコメントもそれに沿うものだけで、対立する見解を併記して読者に何事かを問うというようなことは考えないようだ。いわゆる「貧困」問題の扱いも不思議に思うのだが、人それぞれの事情に応じた暮らしがあって当然なのに、一律にある一定額の収入がないといけないかのような話を聞かされる。一方で、社会の多様性を認め合おう、というような企画もある。マスメディアというものが何をしたいのか、なんとなくわかるのだが、それはこういうところには書かないことにする。雑音に惑わされることなく、粛々と自分の落ち着きどころを確保しておきたいものである。

団地で暮らしているのに住宅ローンの残債を抱えている。離婚の時の財産分与で不動産を相手に譲渡し、それにかかる負債はこちらで被ることにしたからだ。離婚とかそれに係る財産分与の詳しいことは省くが、終わってみればさっぱりしたものだ。金で解決ができることというのは、結局は簡単なことなのである。住宅ローンというものは、自分がそこに住んでいると負担を感じるが、他人事だと金額の見掛けの大きさの割には気楽だ。なぜなら、担保があるので無理して返済しなくてもよいからだ。もちろん、返済義務はあるので粛々と返済するのだが、どうしても逃れられない、と思うのと、いざとなれば白旗を上げる、と思うのとでは心的負担がまるで違う。健康で文化的な暮らしというものは気楽でないと実現できない。

雑詠は以下の4首。

立秋を過ぎて暑さが軽くなるエアコンのない九年目の夏

街路樹の燃えるが如き百日紅秋の気配をものともせずに

居眠りで垂らす涎は溢れても検査の時は口が干上がる

「やぎさん」のおたより見たり古書古筆それでいったいご用はなあに?

今年も百日紅は数日前まで花が残っていた。6月の初旬から咲くので、文字通り花の時期が長い木だ。花の盛りは暑さの盛りとほぼ重なっている。殊に今の住まいがある調布市の花が百日紅なので、街路樹に百日紅が植えられている通りが多い。最寄り駅までの道が夏の暑い最中に赤やピンクの百日紅の花で縁取られている。だから百日紅は暑さと共に記憶に刻まれている。

例年8月の10日頃は新潟県柏崎にある家人の実家に帰省をする。昨年と一昨年は感染症の心配があるので、盆の帰省は自粛した。今年は義父の米寿の祝いもあり、感染症の方も世情が落ち着いたということもあって帰省することにした。但し、万一のことがあってはいけないので、帰省直前にPCR検査を受けた。このような事情の場合、東京都では無料で検査を受けることができる。その検査場に指定されている職場近くのドラッグストアで仕事の合間に受けた。検査容器に1.5mlの唾液を入れて検査機関に送るというものだった。唾液の採取はそのドラッグストアの中にある処方箋薬局のコーナーで行い、薬剤師の監視下で所定の封印作業をした。居眠りをしたときにだらしなく涎を垂れ流していることがあるが、そんな時は1.5mlどころではない。計量したことはないが一見してそう思うのである。ところがいざ人の見ている前で涎を出そうとすると、これが思うように出ない。ずいぶん手間取った挙句にようやく整った。

「やぎさんゆうびん」という童謡がある。白山羊が黒山羊に手紙を書いたら黒山羊は読まずに食べてしまったというのだ。この歌を詠んだ頃、根津美術館で開催していた古筆展を観た。何が書いてあるのかわからないのだが、古筆を眺めるのが好きだ。書道の道具は一通り揃っていて、その気になればいつでも書道ができるのだが、生憎、滅多にその気にならない。一時期、筆ペンで写経セットを何枚かなぞり書きしたことがあった。般若心経だったが、思いの外時間がかかった。その経験の所為もあって、墨をすって、書いて、後片付けをして、という気にはならないのである。暮らしに余裕がないということなのだろう。でも、いつかは、と思い目についた道具類を買っているうちに墨などはだいぶ溜まってしまった。

たまたま同じ時期にアーティゾン美術館で青木繁と坂本繁二郎の企画展も観た。その展示の中に青木と坂本の間で交わされた書簡もあった。根津のは古筆だから読めないのだと思っていたが、明治に書かれた手紙も読めないことがわかった。私も墨で書かれた手紙を読むことができず、そういうものが届いたら食べてしまうのかもしれない、と思った。

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